麦わら細工(ブリジットクロス)

麦を育てたらもうひとつ作ってみたかったのが、こちら。

”ブリジット・クロス”、つまり”聖ブリジットの十字架”という、アイルランドの細工物です。

青いイグサで編むのが本来の姿らしいですが、何で編んでもいいものだそうで、前にどこかで麦で編んだものを見かけたのもあり、麦で作ってみました♪

 

ちなみに、聖ブリジット(ブリギットとも)とは5世紀のアイルランドに生まれた聖女で、「聖パトリック・デー」で有名な聖パトリック、聖コルンバと並び、アイルランドの守護聖人のひとりです。

 

アイルランドではもともと、ケルト民族のドルイド教などの信仰があり、そこに聖パトリックがキリスト教をもたらしたわけですが、他地域とは違って土着の信仰を全否定せずに布教していったため、アイルランドのキリスト教は二つの信仰が混ざったような独特の形に落ち着きました。

(その証は特に美術品やケルト十字などによく見られるのですが……これを語りだすと長くなるので、ここでは割愛します)

 

そんなわけで、古代からの信仰とキリスト教がゆるやかに混ざって信じられていたという下地があり、そこで聖ブリジットと古代より大地母神(母なる大地や母性が神格化された女神)として崇められてきたブリギットが混同されていきます。

名前が同じだというのはもちろん、出産や癒しに関わる存在であることという共通点もありました。

しかも、聖ブリジットが亡くなったのは2月1日で、この日が“聖ブリジットの日”なのですが、この日はもともと春分を祝う女神ブリギットの祭り”インボルグ”でもあったのです!

そうして、ますます混同されていき、今でもこの日は二人のブリギットを讃え、春分を祝う日となっています。

 

さて、そこに欠かせないのがブリジット・クロス。

これは古代から、ブリジットの祭り”インボルグ”の前日に編まれていたもののようです。軒先に飾り、春の到来を祝い、豊穣を祈るとともに、魔除けともしたのだとか。

そう聞いて改めて見ると、このクロスの回転していくような形はむしろ、キリスト教以前のケルト美術に通じるような。

普通のクロスのような不動・強固な感じはなく、むしろとても有機的でおおらかな印象です。じっと見ていると、ぐるぐると回転しはじめそうに思えるほど……ケルト風の装飾で有名な『ケルズの書』の挿絵が脳裏に浮かんできました。

 

輪廻転生を信じ、季節のめぐり・生と死・再生といったものを、”すべてを巻き込んでいく大きな渦”として捉えていた彼らの死生観が、このクロスひとつから感じられるような気がします。

もうこれ以上そぎ落としようのないほどシンプルで、けれども彼らが感じていることを十全に表現した、ある種の必然的な形として生まれたクロスだったのではないか。これは現代の頭でっかちになった人間たちには作れない形かもしれない……そんなことを考えました。