おせち作り

おせちは、もはやどこでも手軽に買える時代となりましたが、私は作るところから楽しみたいので、毎年手作りしています。自分で作れば、薄味にするなど自分好みの味付けにもできますし、好きなものはちゃっかり多めに作ったりできる(!)という利点もあります。

(そもそもおせちの濃い味付けは、冷蔵庫がない時代に三が日の間、常温で料理を保存するためだったわけですから、もう薄味でもよさそうな??)

 

私が毎年作るのはお雑煮、お汁粉、紅白なます、昆布巻、伊達巻、黒豆、栗きんとん、煮物(煮しめではなく、ここは簡単に炒りどりで)です。

あとのものは多少入れ替わりや新しいものがあったりして、今年は奉書かぶ(蕪にゆず皮の細切りを載せて巻き、昆布で縛って巻物に見立てた甘酢漬け)と、アーモンドスライス入りの田作り(サクサクでナッツがよく合い、田作りのイメージが変わります)などが加わりました。

 

我が家のお雑煮は東京地方に多い、小松菜と鶏肉入りのすまし汁仕立てで、庭で採れたユズの皮を散らします。(庭で採れたと思うとお料理が2割り増しくらい美味しく感じられます!)

年によっては、なると、セリ、ミツバなどをいれることも。お餅は関東らしく四角いものを使います。

一方で、私は京都風のお雑煮、つまり丸餅入りの白みそ仕立てのものも好きなので、数年前からは両方を少しずつ作り、二つの味を楽しんでいます♪ちなみに京都では「やきもちを焼かないように」と、お餅は焼かずに煮て使うそう。

 

お雑煮はお椀に、昆布巻などは重箱に。盛り方や詰め方にはまだまだ修業が足らず(しかもお雑煮はつい急いで適当に注いでしまったり)、一番美しい見せ方とはとても言えませんが、それでも漆器はやはりこうした料理を入れるのがいっとう映えるものだなと、つくづく思います。もちろん、ふだんのお味噌汁や素朴な豚汁なども似合うのですが、お吸い物を入れたときの凛と引きしまった佇まいには思わず見惚れてしまいます。

また、京都ではお雑煮を入れるお椀は男性が赤、女性が黒と決まっていて、大きさも年齢によって変わるのだとか。武家や大きな商家などに限った風習かもしれませんが、もしかしたらそんな風習が今も守られているところがあるかもしれないと考えると、なにか感慨深いものがあります。

 

京都と言えば。2枚目の写真、鏡餅の手前に並んだふたつの陶器の蓋物は、去年、京都の弘法市で見つけました。

左が鶴、右は打ち出の小槌の上にネズミ(大黒様を思わせる組み合わせ)。香合にしてはちょっと大きいですし、そんなに古いものでもないようですが、ちょっと気に入って連れて帰ってきました。ようやく飾れて嬉しいです!

 

3枚目は小さな干支と七福神の飾りです。(鏡があるので斜めにしか撮れず、すみません)

隣に置いた貧乏徳利(昔はしょうゆや酒をこれに量り売りしてもらうものだったそう)に生けたのは庭の蠟梅。

葉は黄色く紅葉しているものの、なんとまだ葉が落ちていません!本来はとっくに落葉しているなのはずですが、年々葉が落ちるのが遅くなっているのが気になります。

葉がきれいなまま生けられて嬉しい反面、気候変動がじわじわと目に見える形になっていく気味の悪さもあって複雑ですが、蠟梅は初めからこうだったかのような顔をして玄関を明るくしてくれています。

謹賀新年 2024

明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いいたします。

 

昨年末も、慌ただしい年越しでした。例年のことながら年賀状になかなか取り掛かれず、徹夜して一晩でゴム版を彫刻刀で掘り上げ、翌日に細かな修正をして版画用絵具で刷り、透明水彩で手彩色。住所を書き、一枚ずつコメントを入れ終えたら、30日の夕方でした。(まったく元旦には届きようのない年賀状で、毎年楽しみにしてくださっている生徒さん方には申し訳ありません)

 

今年は年越しそばを手打ちしようと決めていたので、寝不足でボーッとする頭をふりふり、蕎麦を打ちました。

以前から道具は家にあるのですが、まだこれまで10回くらい打ったかな、というくらい。少しずつ習いながら打ってみますが、粉に水を馴染ませていく初めの手の動きからして難しく、苦戦。水加減や練り加減というものは口で言われてもよくわかりませんし、自分の感覚がつかめるまで、前に打った時の事を忘れないうちに繰り返し打ってみるのがいいのでしょうが、なかなかそう熱心な研究家にもなれず……。

 

でも今回は教えてもらいながら打ったので、まずまずの出来になって満足!

ちなみに、一度だけ一人で打って最高の出来になったことがありましたが、深大寺蕎麦のお店で買った新蕎麦粉がもともとものすごく美味しかったのと、あとの打ち方はまぐれ当たりだと思われます。

 

今回は写真に撮るのを忘れましたが、焼いたネギとカモの燻製のスライスを入れた、鴨南蛮もどきにしていただきました。

この汁は(蕎麦通には怒られるかもしれませんが)、生の鴨肉を焼いて入れるよりもずっと手軽で味も決まりやすいので、最近気に入っています♪

 

蕎麦を打つのは道具の準備から、打って茹でて片付けるまで、結構手間がかかりますし、一度やると「しばらくはいいかな」という気分になってしまいます。

でもいつかは上手になってみたい料理のひとつなので、今年はもう少し頑張って打てたらいいなと思います。ちなみに、同じようにいつかは上手に作れるようになりたい料理はほかに、中華せいろで蒸す肉まん、パエリアパンで作るパエリア、クグロフ、ガレットデロワなどいろいろあり、しかも年々増えているような……??

 

「本を読みつくすのに、人生はあまりに短い」というような言い方をしますが、料理でも同じことが言えそうです。

 

夏のキッチンガーデン

この夏も夏野菜をいろいろ育てました。

庭にはナス2本、オクラ5本、ミニトマト2本、ピーマン1本、唐辛子1本、インゲン豆2本を植え、窓辺にはミニゴーヤでグリーンカーテンを。

畑の端には植えっぱなしのニラが一列、結局根元の部分を太らせるのに失敗したフローレンスフェンネル(種と葉だけでも収穫します)が2株。

まだ収穫はできませんが、プランターには里芋も。

 

農家の人が聞いたら笑われてしまうような小さなキッチンガーデンですが、窓から毎朝、「あ、ナスが採れそう」「オクラがおおきくなりすぎた!」などと野菜の成長を観察して楽しんでいます。

 

バジルやシソ(毎年勝手に生える)は近くに植えた植物の成長を助けるそうなので、ナスやトマトなどの野菜の近くに植えています。トマトとバジルなんてそのままイタリア料理に使えそうな組み合わせが、育てる時の相性も良いというのは不思議な感じがします。

バジルもシソも、夏の半ばまではバッタが葉をどんどん食べて穴だらけにしてしまうのですが、そのうちバッタの食害よりもバジルたちの成長スピードのほうが勝るようになるので、今ではこんもりと藪のように茂っています。(もしかしたら、庭に出没するカマキリやカエルのおかげでもあるのかもしれませんが)

なんにせよ、冷奴に薬味が欲しいだとか、パスタにバジルを飾りたいというとき、思い立ったらすぐに摘んで使えるのがキッチンガーデンの素晴らしいところです。

 

育てた夏野菜はもちろんどんどん料理に使います。

写真はうちの黄色いミニトマト、ナス(千両2号)。巨大なズッキーニと緑色のナス、パプリカは直売所で買ったもの。育ちすぎたこのズッキーニは、もはやコリンキーのような食感でしたが、これはこれでよし。みんなまとめて、夏の定番”ラタトゥイユ”を作りました。

「ラタトゥイユは、夏野菜の何を入れても快く迎え入れて美味しいごった煮にしてくれる、懐の深い料理である!」と、私は勝手に思っています。温かい作りたてもおいしいし、冷たくして冷製パスタ(カッペリーニがおすすめ)のソースにすると、暑くて食欲がないときにもおいしくいただけます。

 

 

いろいろと植えている野菜の中で、ここ数年のお気に入りはオクラ!

手入れが悪くてハマキムシに葉をぼろぼろにされたりしますが、花も大きくて面白いし、どんどん上に伸びて次々と実をつけるので観察が楽しいのも良いところ。

スーパーで買える遠い国からの輸入品と違い、採りたてのオクラはフレッシュな味がして全くの別物だということも、育ててみるまで知りませんでした。ああ、もっと早く植えれば良かった……。

 

収穫したオクラが10本くらい集まるまで待って、”ガンボ”というスープを作るのも夏の楽しみ♪

ガンボはオクラがたっぷりと入ったトマトベースのスパイシーなスープで、具はセロリやピーマンのほか、鶏肉やエビなど、各家庭によってさまざまなのだそう。ルイジアナ州のアフリカ系移民がオクラの料理を伝え、それが各家庭でアレンジされながら広まり、郷土料理にまでなったのだそうで、現地では手軽に作れるようインスタントのルーも売っているとか。

現地のルーがどんな味付けなのかも気になりますが、うちではバターと同量の小麦粉をきつね色になるまで気長に炒めてとろみをつけ、パプリカパウダー、レッドペッパー、チリパウダーなどのスパイスを足したものを使います。

 

ちなみにこちらのレシピは辻仁成さん(フランス在住の作家・歌手)のものを参考にしているのですが、現地の黒人シェフに習ったというこのレシピだけでなく、霊感が強い彼が幽霊に悩まされた宿での一夜のエピソードも面白かったです。

たしかにしつこく付きまとう幽霊も手を引いてくれそうな(?)、エキゾチックで、スパイシー、一言で言うなら「元気の出る味」です。 

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7月4日のケーキ

大変ご無沙汰しております。ものすごく久々の更新となってしまいました。(もしもご心配をおかけしてしまった方がいらしたら、申し訳ありません)

今後はもっと更新していくつもりですので、懲りずにお付き合いいただけましたら幸いです。

 

 

さて、復帰(?)第一弾のブログは、このケーキの写真から。

実は、子供の頃から「一度つくってみたい!」と思っていた憧れのケーキを、今年ようやく作りました。そのケーキとは、ずばり「7月4日のケーキ」!

7月4日はアメリカの建国記念日で、アメリカでは毎年、星条旗カラーで飾りつけをしたパーティーや花火などで祝い、大いに盛り上がるのだとか。

 

このケーキもそういったパーティーで出されるそうで、切り口が星条旗に見えるように3色のスポンジを組み立てたものなど、バリエーションはいろいろあるようですが、これはシンプルなもの。

四角く焼いたスポンジに生クリームとラズベリーを挟んで、上にも生クリームを塗り、絞った生クリームとブルーベリー、ラズベリーを並べて星条旗を作ります。この作業がなんとも楽しい♪

 

今回使ったベリーはどちらも、庭で採れたもの。ただ、この2つのベリーは同時に実りませんし、7月4日に生の果実を2種類そろえることができません。生のブルーベリーは直売所などでも売っていますし、生のラズベリーはコストコでは買えますが、せっかく家で採れるのに、買うのはちょっとつまらない…というのが、実はずっと作る機会を逃してきた理由でもありました。

でも、それではいつまで経っても作ることができないので、今回は、ブルーベリーはそのまま、梅雨時に実ってしまうラズベリーは冷凍してストックしておき、解凍して使うことにしました。

冷凍のラズベリーは解凍すると果汁がにじみ出るので、水気を切って使いましたが、それでも多少はにじんできてしまいました。

 

味も想像通りのシンプルなスポンジケーキですが、それでも使っているのが「うちのベリー」であるだけで心理的なポイントが高いので、私としては大満足でした!

子どものころからの夢がひとつ叶って嬉しいです。

 

後日、教室の生徒さんたちと雑談しているときにこの話になり、写真をお見せしたら、「ブリティッシュ・ベイクオフに出られますよ!」と言ってくださった方がいましたが。さ、さすがにこのレベルでは予選落ちですね……。

来年はもっとうまく作れたらいいなと思います♪

 

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ラベンダー仕事

毎年、初夏になると庭のラベンダーがたくさんの花をつけます。植えたころはほんの少ししか収穫できず、大事にポプリを作ったりしていたのですが、年々株が大きくなってきました。今では花をつけたままの茎を刈り取ると、片腕でようやく抱えられるほどの大きな束に……!

 

その大量のラベンダーを使い切るべく、毎年いろいろなものを作るようになりました。

手始めに、ラベンダーをそのまま束ねてドライフラワーとして飾ります。しばらくは近くを通るだけでもいい香り!

ラベンダーの香りにはリラックスや安眠の効果があるので、ベッドのそばにも飾ります♪

(そういえば高校生のころ、筒井康隆の『時をかける少女』を読んでいたら、ラベンダーの香りを認識した瞬間に意識を失って倒れこむシーンがありました。「そんなクロロホルムみたいなヤバイ効能はないでしょ」と思わず突っ込んでしまった記憶があります。)

 

まだまだ山ほどあるラベンダー、お次はリース作りに。

花をそろえるようにして小さな束にしてひもで括り、短く切って、10センチほどの小さな花束をたくさん作ります。リースの土台にその小さな花束を結びつけるようにして、ぐるりと一周すれば、ラベンダーのリースの出来上がり。

いくつもできたので、玄関に飾ったり、部屋のドアにかけたりしました。

乾燥してくるとあまり香りを発しなくなりますが、湿気の多い日などは思い出したようにふわっと香りを放ったりもします。もちろん、摘んだ時の綺麗な紫色も、いずれ褪せてくすんだ青色になってしまいますが、それでもラベンダーらしい見た目は残ります。

 

ラベンダーだけのリースも素敵ですが、ちょっとした飾りを添えても。写真に写っている家の形の飾り、実はイケアのクリスマスのオーナメント!真鍮のような素材でなかなかゴージャスですが、いかにもクリスマスというデザインでないものはこうしてクリスマスシーズンでないときにも使えて楽しいです。

 

リースを4つ作ってもまだ余ってしまったラベンダー。今度は大きな瓶にどっさり入れて熱湯を注ぎ、冷めたらウォッカとラベンダーのエッセンシャルオイルを入れます。そのまま瓶ごと一週間ほど日に当てると、ラベンダーウォーターに。

ベニシアさんの本では、軽いコロンとして使ったり、めまいや頭痛の時に熱いおしぼりにつけて当てたり、アイロンがけの時にスプレーするなどの使い方が載っていました。私は安眠効果を期待してリネンに香りをつけたり、拭き掃除のときにスプレーして部屋をラベンダーの香りにするのも気に入っています。

 

なんと、それでもまだまだ余る(!)ので、最後はサシェと入浴剤に。

小さな布の袋にドライラベンダーをぎゅっと詰め込んで、防虫剤として箪笥に忍ばせます。袋が足りなければ、お茶パックを二重にして使っても。

同じようにお茶パックにラベンダーを詰め、ついでに余っているドライのカモミールやオレンジの皮などを好みで合わせれば、オリジナルの入浴剤に♪ 配合が毎回適当なので、今回はどんな香りになるかなと楽しみながらお風呂に入ります。

 

大量のラベンダーをさばく、梅仕事ならぬ「ラベンダー仕事」は、すっかりこの時期の私のルーティンになっています。

夜な夜な、テーブルの上にラベンダーを文字通り山と積み上げて、束にしたり花だけをしごいて集めたり……。量が多いので大変ですし、あたりに漂う香りはもはや強烈で、眠気を誘うどころか、かえって目が覚めそうなくらい。それでも、黙々とラベンダー仕事をする夜が、私は好きです。

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明けましておめでとうございます

年賀状
年賀状

明けましておめでとうございます。


コロナ以降、2度目のお正月となりました。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。


流行が長引き、誰もが否応なしにマスクの扱いや消毒の手つきが板についてしまったという異様な日々。

それでもまだまだ流行は続きそうで、いい加減げんなりとしてくる頃合いですが、普段の生活でも教室でも、基本的な感染対策などこなしつつ、それでも気持ちは前向きに、心はなるべく自由にできたらと願っております。


みなさまにとっても、この一年が幸多きものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。

本年もどうぞ宜しくお願いいたします。


さて、今年の年賀状は、絵本"The Tiger Who Came to Tea"をモチーフにゴム版を彫ってみました。

女の子がお母さんと家でお茶をしていたら、お腹を空かせたトラがやってきてお茶の席に加わり、見事に家中の食べものも飲み物も空っぽにして帰ってゆくという、シンプルながらユニークなストーリーの絵本です。


イラストがカラフルで、特に女の子の服がお洒落。青×紫の組み合わせはいかにも外国らしいですし、服と同じ色の青いリボン、そして(この年賀状には入っていませんが)服に合った色をした柄物のタイツ…!

こんなファッションセンスを持ったブロンドの髪の女の子に生まれてみたかったなぁ、なんて思わずしみじみしてしまいました。


原画にはないクッキーと大きなティーポットは、私がこの場にいたら欲しいだろう、と思って加えてしまいました。

もうひとつ、下の英文は、お茶に関する格言やジョークなどを集めていたときに見つけたもの。辞書のように見せかけて、お茶好きならではの感覚で言い切っているのが良いなと。


それにしても、大きな獣と(身の危険を感じることなく)交流するというのは、子どもの夢ですよね!

……いえ、一部の大人にとっては永遠の夢かもしれず。こんなお茶会、私もぜひ参加したいです♪



せっかくなのでもう一枚、お節料理の写真を載せておきます。

今年も張り切ってせっせと作り、気がつけば買ったのは蒲鉾と鳴門だけ(!)でした。いっそ、蒲鉾も手作りしてみようかと思えてきますが、大掃除や年賀状に差し障りがありそうなのでやめておきますか…。


ちなみに、今年は重箱ではなく、陶器の器に盛りました。このまま冷蔵庫に入れられるのも良いところです。


今年のお節料理
今年のお節料理

きみの鏡がここにあるよ

高校生のころから骨董市に行くようになり、これまでいろいろな掘り出し物を見つけてきましたが、時にはあまりに安すぎて愕然としてしまう掘り出し物もあります。

 

この鏡もそのひとつ。先月の骨董市で見つけたものですが、桁が間違っているのではないかと目を疑うような値札が貼ってありました。縦60センチほどの大きな鏡で、周りにはぐるりとどんぐりの浮彫りが施されています。もちろん、どうみても手仕事です。

鏡を探していたわけでもなく、どんぐりのモチーフが好きだからか、たまたま目にとまっただけでしたが、どうしても気になって店主に話しかけると、私が何か言うか言わないうちに、なんと、さらなる値下げを始めました。ただでさえ信じられない値段なのに、躊躇なく4割引き?

おそるおそる、「あの、なぜそんなにお安く?」と尋ねると、「持って行ってよ。もう、それ持って帰りたくないから」とのこと。

 

骨董市に出店している業者さんたちは、商品を満載した車で関東から東北あたりまで各地の骨董市を回っていて、お店を開くたびに車から荷物を取り出して、ひとつひとつの商品の梱包を解いて並べ、市が終わればまた売れ残りを梱包して積みなおして帰っていきます。なので、嵩張るものや重いもの、なかなか売れないものなども当然あちこち持ち運ぶことになるようで、それがかなり面倒なことらしいのです。たまに同業者どうしで愚痴をこぼしているのを耳にしますし、時には商品に当たりそうなくらいにイライラとして見えることもあります。この店主も、「この鏡をもう一度でもどこかへ運ぶなんて、絶対にごめんだね」、とでも言いたそうな顔をしていました。

でも、だからって果物を買う程度の値段で、こんなに手の込んだ鏡が売られているなんて。鏡の気持ち(鏡に心があるかは知りませんが)や作った人の気持ちを考えると到底その場を空手では去れず、鏡を連れて帰ることに。

”どう考えても、あなたにはそれ以上の価値があるわ!とりあえずここから連れて帰ってあげるからね!”と、心の中で鏡に語り掛けてやりながら、言われた値段を支払いました。

 

帰宅して、改めて鏡を観察してみます。何の木なのかはわかりませんが、やや厚めの一枚板に彫ってあるようです。全体に素朴なカントリー調で、ものすごく高そうだとか精緻な彫刻だというわけではありませんが、やはり素人の趣味の作ではないように見えますし、手慣れた職人の仕事であるのは間違いなさそうです。

木は乾燥しきっていて、ひび割れそうなところもちらほら。でも手入れすれば、まだまだ……よし、見違えるほど綺麗にしてあげよう!

 

さっそくお手入れを開始。まずは布でほこりを拭い、それからオイルを染み込ませた布で磨いていきます。小さなシミなどもオイルが染み込んで地の色が濃くなると、ほとんど目立たなくなってきました。

細かいすき間を磨くのは手間ですが、手をかけるほどに愛着もわいてきます。乾燥していた木を保湿するように、葉の一枚一枚、実のひと粒ひと粒を丁寧に磨いていくと艶が出てきて、鏡が喜ぶのが伝わってくるような気さえしてきました。

 

磨きながら思い出していたのは、谷山浩子の『きみの時計がここにあるよ』という歌です。

ある夜、机の上に置かれた時計の文字盤を見ているうちに、『この天使の図案を 描いた誰かが どこかにいる』ということにふと気づいたという歌詞でした。年齢も性別もわからぬ誰かを、『どんな顔をしてるの どんな声で笑うの』と想像し、そのひとがもしも今、淋しい夜を過ごしていても自分は何もしてあげられないけれど……と思いを馳せて、

『僕はただ伝えたい 夜空こえて届けたい

きみの時計がここにあるよ きみの天使がここにいるよ

きみの時計がここにあるよ きみの天使が僕は好きだよ』

というフレーズで終わるのです。

 

作品を見て作者のことを考えることはよくあることですが、直接会うかファンレターを書ける相手でもない限り、ふつうはなかなかその作品が好きだと作者に伝えられはしません。

でも、『世界中の誰とも つながっていないように 思える時』に、誰かが『きみの天使が僕は好きだよ』と思っていてくれるなら、それだけで救いになるだろうな、と考えてしまいます。

もちろん実際に伝わるわけではないとわかってはいても、素敵な想像だと思うのです。

 

この鏡を磨いている間も、考えるのはやっぱり作った人のこと。どんな人が、いつごろ作ったんだろう。売るために作ったのか、贈り物だったのかは知らないものの、丁寧に心を込めて作っているのはわかります。

そして、この鏡の来歴も考えずにはいられません。どんなひとがこの鏡を使っていたのだろう。どんな部屋に飾られていたのだろう。何人も持ち主は変わったのか。引っ越しで、あるいは亡くなってから手放されたのだろうか……。

過去は何もわかりませんが、この鏡は不当に安く売られていたところに通りかかった私と出会い、磨かれながらだんだんと私とも親しくなり、たぶんこれからも永く大切にされることとなったのだ、と思うと少し不思議な感じがします。縁は異なもの味なもの。

 

骨董市で所在なさげに立てかけられていた姿からは想像できないほど、鏡はすっかり綺麗になりました。

壁にかけてみると、「ずうっと前からここに飾られていたの」とでも言いそうなくらい、すました顔で部屋に馴染んでいました。

 

私はどこかにいるかもしれないし、もう亡くなっているかもしれない、鏡を作ったひとに心の中で語りかけてみました。

  きみの鏡がここにあるよ きみのどんぐりが私は好きだよ

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夏越しの大祓

さて、今年も早いことに、半分が過ぎました。

昔の人は節目というものを今以上に大切にしたようですが、この「一年の半分」という節目にあたっても、さまざまな風習が残っているようです。何気なく地域の広報誌を見ていたら、市内の神社での茅の輪くぐりが紹介されていました。

 

「大祓(おおはらえ)」はこれから半年の無病息災を願う大きなお祓いで、正月と6月30日前後には各地の神社で「茅の輪」と呼ばれる、草で作った巨大な輪が設置されます。茅の輪は蘇民将来の伝説に由来するもので、この茅の輪をくぐると、日々の小さな罪や穢れを祓い、むこう半年を無病息災で過ごせるといいます。

茅の輪くぐりには前から興味があったのですが、都内の有名な神社の茅の輪くぐりにいそいそと出かけてみたものの、あまりの行列にあきらめざるを得なかったこともありました。まさか市内でも茅の輪くぐりをしているところがあるなんて、と俄然行く気になってきます。本来は6月30日に行くものだそうですが、ここではもう少し長い期間やっているそうなので、平日を狙って行ってきました。

 

江戸時代にはかなり栄えていたという印西市・木下(きおろし)の街を車で通り抜けていきます。町並みは寂れてしまったところもありますが、昔のままの狭い道や、ところどころに残る古い看板を掲げたお店などに、なんだか懐かしい雰囲気があります。最初は行き過ぎてしまいましたが、ちょっと戻って小さな川をいくつか超え、車がすれ違えなそうな細い道をおそるおそる抜けて、ようやく神社へ。

 

たどり着いた六軒厳島神社は、住宅街の端にありました。境内のすぐ隣に川が流れていて、川には新しいもののようですが小さな橋がかかっています。そして、神社の裏にはもう水田が!

こじんまりした神社は、鎮守の森がないので余計にがらんとして見えますが、そばを流れる川がどこか懐かしさを感じさせる、雰囲気の良いところでした。

 

お目あての茅の輪は鳥居の向こうに、どーんと設置されていましたが、まずは氏子と思われる方々の案内に従って、人形(ひとがた)を受け取って名前を書き、それから茅の輪くぐりへ。

「はい、ここでまず一礼。そんで、左に回って……ああ、もっと大きく回って!」と、張り切って指導してくださる声に従って、左・右・左とくぐってから本殿へ。体を撫でて、三度息を吹きかけて我が身の穢れを移した人形を預かってもらいました。これは後日お焚き上げをして川に流すようです。

 

それから参拝して初穂料を納め、小さな茅の輪の魔除けを頂いてきました。これはさきほどくぐった茅の輪を小さくしたような形ですが、こちらがもともとの茅の輪のサイズのようです。玄関か神棚に飾るといいそうなので、さっそく玄関に飾りました。

 

ふう、これで満足!と思いきや、もうひとつ残っている風習がありました。これはもともと京都の風習なのだそうですが、この日に「水無月」というお菓子を食べるというのをやってみたかったのです。

問題の「水無月」はちょっと探してもこのあたりには売っていなそうだったので(本気で探せばあるかもしれませんが)、今年は自分で作ってみることにしました。

 

水無月は、外郎(ういろう)生地で出来たお菓子です。ういろうの上に疫病除けの意味を持つ小豆を散らして固めてあります。

実は、ういろうを作るのは初めて。材料は葛粉・白玉粉・小麦粉・砂糖・水だけで、これを混ぜて蒸すのですが、電子レンジでも作れるとわかり、試してみました。8分くらい火が通ったら一度取り出して、煮ておいた小豆を載せて、少し残しておいた生地を回しかけて、さらに加熱。全体に火が通ったら完成!あとは冷ますだけ。拍子抜けするくらい、早く簡単に作ることが出来ました。

 

水無月は、暑気を払う氷に見立てたお菓子だそうで、氷(今のアイスキューブではなく昔の割氷)に似せて、三角形に切って食べます。本物の氷を庶民が夏に手に入れるのが難しかった時代に、宮中行事を真似して作り始めたものだそうですが、なるほど、少し透き通っていて氷のように涼し気です。

茅の輪くぐりをして水無月も食べて……年々暑さが厳しくなる夏ですが、ささやかなおまじないにあやかって、今年は元気に過ごしたいと思います。

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異国の料理

このところ、料理に凝っています。

日本の料理としては、(以前にも紹介しました)庭の柿の葉を使った柿の葉寿司を作って初夏の味を楽しみ、また今年は朴の葉を使った朴葉寿司も作ってみました。

他にも、アイルランドやスコットランドの素朴な郷土料理やお菓子を作ったり、ヨーグルトを使ったトルコ料理に挑戦してみたり……。

 

特によく作ったのは、モロッコ料理でしょうか。クミンやパプリカなどを使ったモロッコ風の味付けがなかなか好みであることに気が付いて、また文化的・地理的にも面白そうな国だと思っていたこともあって、「それならまずは、お国の味から親しくなろう!」と思ったのです。そのあと結局、バブーシュ(モロッコの革製スリッパ)も買いましたが。

さっそく、図書館で見つけてきたモロッコ料理の本から作ったのは、オレンジとニンジンのサラダ、ベルベル風オムレツ(スパイシーなトマトソースに半熟の目玉焼きが載っている料理)、モロッコ風のミートボールの煮込み(タジン)や、フライパンで焼く手軽なパンなどなど。

そうそう、春巻きの皮にツナやアンチョビ、刻んだパセリなどをのせて、三角形に包んで揚げた料理もありましたっけ。インドの「サモサ」にも似たこういう料理は、本当に色んな文化圏にあるのですね!見つけるたびに感心してしまいます。

 

そういえば、モロッコ料理の本を読んでいて気が付いたことがあります。それは、材料に「豚肉」が出てこないこと。考えてみればすぐわかることですが、やはり宗教的タブーなのでしょう。

特定の食材を“神聖だから”、あるいは“不浄だから”と、宗教的な理由によって食べないという風習は、頭ではわかっていても、そういったタブーに馴染みの薄い国に暮らしている私にはなんだか不思議に思えます。宗教的意識や配慮に乏しいこの国に暮らす外国人の中には、ハラルのような食材の入手に苦労する人もたくさんいること、また悪気のない無理解に出くわす人も多かろうということだけでも、せめて心にとめておきたいものだなと思いました。

 

海外旅行に行けないと思うと余計に海外への興味が増すようで、気が付けばここ数年は小説もほとんど海外のものばかり読んでいます。読んでいた本に出てきて知った料理を再現するのも、また楽しいものです♪

トルコ料理も、主人公が歴史学者の父と一緒にあちこち旅をする本を読んでいたころに作りました。ちなみに、トルコ料理はオスマン帝国の支配とともにヨーロッパへも広く伝わり、いま我々が「洋食」だと思っている料理のルーツが実はトルコだった!なんてものがいくつもあるそうです。例えばなんと、ロールキャベツもハンバーグもそうだというのですから驚きです。

 

ちょっと前になりますが、100年ほど前のチベットが舞台になったコミックを読んで、見た目は小籠包にそっくりな「モモ」という料理や、大麦粉をお茶とバターで練った主食(バター風味のきなこ棒といったところ)を再現してみたりもしました。

チベットは中国ともインドとも文化圏が重なるので、料理にもその影響が見られるのが興味深いところ。「モモ」は見た目こそ小籠包ですが、中身にはスパイスが色々と入っていてどこかカレーを思わせ、たれもスパイシーで複雑な風味。外見とは全く違う味わいに驚くも、それがまた新鮮。未知の料理を作って新しい味に出会うのは、本当にワクワクする体験です。まだ作ったのは数回で、あんを綺麗に包めないのが悔しいですが、いつか得意料理の一つにして、親しい友人にでもご馳走してみたいところです。「ね?初めて出会う不思議な味だけど、美味しいでしょう!」なんて言う自分が容易に想像できて、笑ってしまいます。

この次は、作中でとても美味しそうに描かれている揚げたての「シャパレ」というミートパイも再現してみたいですし、ああ、そういえば遠出をした場面で、即席の籠に入れて焚火で蒸しあげていた蒸しパンも美味しそうでした……チベット料理にもまだまだ作ってみたいものがたくさんありそうです。

 

小説を読んでは料理の描写に目を光らせ、図書館で世界のあちこちの料理を紹介した本を借りては未知の料理への興味を募らせ、あれこれレシピを調べて、比べて、料理する楽しさ!

もはや、コロナで自由に外出もできない中での最高の気分転換のひとつとなっています。作って楽しく、もちろん食べておいしく、そして思い出にも残る……考えてみると、料理というのは日々消えていくものでありながら、案外奥深いものでもあるようです。

毎度の食事を凝りに凝るわけにはいきませんが、ときどきは凝った料理や変わった料理も作って腕を上げ、コロナが収束したあかつきにはぜひ、会わない間に増えたレパートリーで友人をもてなして、豊かなひとときが過ごせたらいいなと願っています。

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イースター

春らしくなってくると、毎年慌てて確認するのが、「今年のイースターの日はいつか?」ということ。イースターは移動祝日なので、年によって日が違います。それも”春分のあとの最初の満月のつぎの日曜日”という決め方なので、年によっては半月以上も変わる事があるのです。調べてみると、今年は4月4日でした。

 

イースター(復活祭)は、日本ではまだまだなじみの薄いイベントですが、キリストの復活を祝う日として、欧米ではクリスマスと並ぶ重要なイベントです。(イースターの前の金曜日と後の月曜日は欧州の株式市場は休場となるほどです)

また春の訪れを祝うお祭りでもあり、生命力や多産を象徴する卵・ひよこ・うさぎのモチーフや、春の花をたくさん飾ります。

ゆで卵や、中身を抜いた卵に絵付けをした”イースターエッグ”を庭中に隠して子どもたちが探す”イースターエッグ・ハント”も人気です。(ちなみにイースターエッグを庭に隠すのは、その家の大人たちではなく”イースター・バニー”と呼ばれるウサギのしわざだということになっています)

 

我が家でも、ひな祭りとこどもの日の間の春らしいイベントとして楽しんでいて、毎年イースターエッグを飾っています。

本物の卵ではなく作り物の卵に絵付けをしたものや、ドイツのお土産に頂いた木製の卵などを、木の枝にぶら下げたり、かごに飾ったり……。今年は庭木の剪定をしていて手に入れたブラックベリーの蔓とカロライナジャスミンの蔓を、それぞれリース作りの要領で鳥の巣状に編み、中に卵を飾ってみました♪

隣に添えた鶏の置物(大きなヒョウタンで作られたもの。南米から連れて来ました)は、感謝祭に続き今回も登場!コージーな雰囲気を演出してくれています。

イースターのイメージカラーはイエロー。庭に咲いた黄色のフリージアを少し活けて、キャンドルはグリーンを選び、春らしく飾ってみました。

 

また、イースターの時期に食べるお菓子もあります。イースターを象徴する、卵・うさぎ・鳥・子羊などをかたどったケーキやチョコレートなどが定番ですが、伝統のお菓子も国や地域によって色々とあります。

例えば、どっしりしたフルーツケーキをマジパン(アーモンドの甘いペースト。粘土のように形作れる)で覆った”シムネルケーキ”。これはイギリスのケーキで、上にキリストの使徒に見立てて卵形にまるめたマジパンをのせるのですが、その数はなんと11個!

ものすごく半端な数に思えますが(素数だから?)、キリストの12人の弟子から裏切り者のユダを引いて、11個となるのだそう。見た目もかわいらしく、面白そうだなとも思うのですが、ただでさえどっしりしたケーキにマジパンとなると、ちょっとヘビーで気が引ける……というわけで、同じくイギリスのお菓子から、ホットクロスバンズを作りました。こちらは去年も作ったのですが、気に入ったので今年も作ることに。

 

本来は復活祭の直前の金曜日”聖金曜日(Good Friday)”の朝に食べるものだったそうですが、今では年中スーパーマーケットやベーカリーで買えるそうです。別に用意した生地で上に白い十字を描くのが特徴で、見た目には少し宗教色が感じられます。味としては、レーズンとオレンジピールが入った甘いパンで、スパイスが効いてるのがポイント。スパイス好きとしては癖になる味で、「なるほど、これは年中売り出すのもわかる!」と思いました。

ちなみに、ホットクロスバンズはマザーグースにも登場していて、私はマザーグースの本を読んでこのパンに出会いました。本に出てきたお料理やお菓子を再現するのはとても楽しいです♪

 

そういえば大学の頃、イタリア人の先生が「日本では一年の終わり、大晦日に大掃除をするでしょ?イタリアではイースターの日の前に大掃除をするの。」と教えて下さった事がありました。「イースターが春のはじまりだから、みんなその日を楽しみにして、家をきれいにして迎えるのよ」と語りながら、イタリアでのイースターを思い出してか、嬉しそうな顔をしておられました。

また最近のBSニュースでも、ドイツのニュース番組のキャスターがコロナの状況の見通しを伝える時などに、「復活祭の休暇までには……」と言うのを何度か耳にしました。明確な時期というより、”春になったら……”というニュアンスで言っているようなので、日本で言うなら”桜の咲くころに……”という感覚でしょうか。日本人が桜が咲くのを特別に思い、心待ちにするのと同じ感覚で考えると、イースターを大切にするヨーロッパの人々の気持ちがよくわかる気がします。

 

宗教的にも大切な行事であり、また長い冬を乗り越えた人々に春の訪れを告げる喜びの日でもあるイースターに思いを馳せながら、あつあつのホットクロスバンズを頂きました。

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新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。

 

今年はなんとも静かな年末年始でしたが、皆様いかがお過ごしだったでしょうか。

私は大晦日、朝から夕方まで一人で黙々とお節を作っていました。毎年お節は作りますが、今年はきんとん、なます、菊花かぶ、田作り、昆布巻、伊達巻、黒豆、煮物、お汁粉、お雑煮……我ながらずいぶん張り切ったものです。

頼まれてもいないのにこんなに作ったのは、料理に集中してストレスを発散したかったからかもしれません。(純粋な信仰心からではなくて申し訳ないような?)

 

さて、写真一枚目は、今年の年賀状です。今回も黒い部分はゴム版画で、あとは水彩絵具で手彩色です。50枚ほどだけだからこそできる力技です。

モチーフはひねりを加えたくなり、ちょっとした判じ物にしました。お判りになるでしょうか?

 

正解は「牛若丸」!

扇を片手に、五条大橋の欄干にひらりと飛び乗ったところを描いてみました。ちなみに、橋の茶色の上から青色を重ねて、夜の風景を演出しているのですが、まあこれは自己満足なこだわりです(笑)

 

 

振り返れば昨年は、新型コロナウイルスの大流行で、つらいことも多い一年でした。

人類はこれまでいくつもの疫病に襲われては、生き延びた者たちの子孫がまた人口を増やし、そこにまた他の病が流行り……ということを繰り返してきました。それを知識として知ってはいても、これまでは”そろそろまた何か流行るのではないだろうか”と想像してみるくらいで、まさかここまでの大流行を生きているうちに目の当たりにするとは思ってもみませんでした。

図らずも、人類がいかに奢っていたかや、その繁栄のもろさなど、いろいろと考えさせられる機会となりました。。

 

また、他人との何気ない触れ合いや、顔を隠さずに向き合うというような当たり前のことが、ささやかなようで、実は大切なものだったということにも気が付かされました。そして、こういった時だからこそ、人の真心や優しさにハッとさせられることも多いように感じます。

 

また、未知のウイルスの大流行によって、ワクチンや対処療法の開発だけでなく、社会の仕組みや働き方、住まい方などが見直されたり、これまで見過ごされていたようなものから新たなアイディアが生まれたりもしました。もしかしたらそんな中から未来を変える斬新な構想が出てくるのかもしれない、と希望を感じることもあります。(『パンドラの箱』みたいですね)

残念ながら、まだワクチンも普及しておらず、世界中で非常に厳しい状況が続いていますが、そんな中でもまた人間は「ひとつの種(しゅ)」として足掻き、今度はハイテクも駆使しながら、進化して乗り越えようとしているように見えます。

 

消毒や自粛など、制約漬けの生活はいまだ終わりが見えず、つい思考が内向き・マイナス思考になりそうなところですが、今年はちいさな幸せを大切に、また何に対しても普段よりちょっと心を開いて向き合えたらと思っています。

皆様にとっても、今年が佳い一年となりますように!

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クリスマスのオーナメント

こちらも今年のうちにご紹介を、と。

保育園で作った、クリスマスのオーナメントです♪

 

ジンジャーマン・クッキーの形のオーナメントは、こう見えても紙製。材料の紙を探しに画材店に行ったら、うちで毎年焼いているクッキーにそっくりの色のマーメイド紙を見つけて、「これだ!!」と決めました。

色画用紙は手軽ではありますが、人工的でくっきりした色が多いので、ときどき妥協できず紙を探し回ることになるのですが、これはぴったりです。

この紙をクッキーの形に切り、パステルや絵の具をアイシングに見立てて、白のみを使って描いてもらうはずだったのですが、ついついカラーを使ってしまう子も。こういう”知ってはいる気がするけど、頭の中にはっきりとイメージがあるというほどでもない”モチーフは、伝えるのが難しいものですね。実物があればイメージしやすかったかもしれません。

赤と白のモールをひねり、キャンディーケーン(ステッキ型で縞模様をした飴)を作ってジンジャーマン(あるいはジンジャー・ウーマン??)に持たせて、完成!

 

2枚目のリース型オーナメントは、台紙にダークグリーンのモコモコとした毛糸を巻き付けて作りました。

もともと黄緑の台紙を使っているので、毛糸は隙間が空いていてもかわいく見えます。リボン型のマカロニ(金色に彩色済み)をてっぺんに、カラフルなポンポンやスパンコールを好きなところに散らすように貼り付けて、完成!

 

3枚目の星形のオーナメントは、黄色の台紙に、だんだんと色が変わっていくように染められたカラフルな毛糸を、ぐるぐると巻き付けて作りました。毛糸がにぎやかなので、もはやこれだけで十分インパクトがあります。

これを飾るために、段ボールを使ってツリーを作っておいたので、仕上がったオーナメントは自分の手で飾り付けてもらいました♪

前に写っているのは落花生の殻に顔を描いて作った、小人のような人形たちです。絵画の教室で作ったものではないのですが、一緒に飾るとさらにかわいらしく見えます……!

 

今月は2回に分けてクリスマスのオーナメントをたくさん作り、飾って楽しむことが出来ました。

2回とも工作中心となったので、1月はもっと絵を描く課題にしようと考えています♪

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落ち葉の動物たちと、きのこの工作

保育園の教室では、季節感を大切にしたいと思っているのですが、”季節もの”のネタ探しはいつも大変です。

「毎年同じでも、それはそれで成長を見られるから構わないですよ」とも言って下さるのですが、子どもたちには、できればバリエーション豊かに、いろんなものを作る体験をさせてあげたいので、つい欲張ってしまいます。

 

10月はハロウィーンの飾りを作りましたが、11月は目立ったイベントがないので(日本ではマイナーな感謝祭はさておき)、落ち葉やきのこなど、秋の自然に目を向けることにしました。

 

1回目はいろいろな形の落ち葉を組み合わせて、森の動物や虫たちを作りました。

落ち葉は私もあちこち歩き回って採集しましたし、子どもたちにもお散歩のついでに集めておいてもらいました。おかげで枚数もたっぷりあり、形や大きさも様々に揃って、「ここにこんな形と大きさの葉っぱが欲しい」というところに、ぴったりの葉を見つけることが出来たようです。

 

取っ掛かりがないとやりにくいと思ったので、初めに一匹のキツネだけ一緒に作り、それからは”野原や森にいそうな動物か虫”に限るという条件だけ出して、好きに作ってもらいました。

大きなキツネのそばに小さな葉でキツネを作って親子にしたり、綺麗な葉を二枚選んで対称に貼ってちょうちょにしたりと、さまざまなアイディアが出てきていました。

惜しむらくは、いくつか形を作ってから糊で貼るというやり方にしたら、どの葉が動物の一部だったのかを忘れて、他の動物を作るのに使ってしまったり、余りだと思って払いのけてしまったりしたところもあったことでしょうか。

糊をちょこちょこ使うと周りを汚してしまうと思ってのことだったのですが、本当はもっとたくさん作っていたはずの子の作品が、終わってみたら少し動物が少なくなっていたりして……本人は気が付いてもいないようでしたが、うーん、勿体ないことをしてしまいました。

 

 

2回目は、きのこを作りました。

海外のサイトでたまたま似たようなアイディアを見かけ、それをもっと面白くかつ素敵にならないかと、あちこちアレンジしてみたものですが、我ながらなかなかの出来…!(自画自賛)

 

紙皿に、端を切って自立するようにしたトイレットペーパーの芯(子どもの工作ではよく使われるようです)を貼り、紙を丸めて作ったきのこの笠(かさ)を載せています。

この紙を丸めるとき、目指す形(丸くて平たい)をなんと例えようかと悩み、「ハンバーグだと楕円をイメージしてしまうかも?」と困っていたら、「ハンバーガーのパンみたい!!」との声が。なるほど、たしかにハンバーガーのバンズにそっくりです。それでみんなのイメージが固まり、大変助かりました。

 

そのバンズ型の新聞紙をさらに赤い紙で包み、その下に食品用のカップを貼り付けて、笠の裏のひだまで表現。

きのこの笠の裏側がイメージできない子には「細かいひらひらがあるから、今度のぞいてみてごらん」と伝えておきました。いつか思い出して、台所できのこを観察してくれるかな?

 

そして、緑色に塗った紙皿には紙で作った落ち葉を散らし、きのこには白い斑点を描きこんで、完成!

見た目がかわいい上に、ここまでの立体はなかなか作る機会がないようで、少しずつ形になっていくにつれて子供たちのテンションが上がっていくのが微笑ましかったです。

また、この斑点なども、描いた点の大きさや密度などにその子の性格がにじみ出ていたりして、とても面白いのです。他の先生方も、いつも作品を見ては「これ誰の?」「ああ、誰々かぁ!」というようなやりとりを楽しそうになさっています。

 

さて、12月は子供たちもお待ちかねのクリスマスが待っています。

教室でもかわいい飾りをたくさん作って、クリスマスの演出に一役買いたいと思っています♪

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感謝祭

載せ損ねている写真を見つけましたので、年が変わる前に、遅ればせながら載せてみます。棚の上に、感謝祭をイメージして飾っていたものです。

 

"感謝祭"はアメリカの祝日で、文字通り、一年の収穫に感謝をする行事です。ちなみに、11月の最終木曜がこの祝日に定められたのは1836年で、リンカーン大統領によるものでした。

 

感謝祭はアメリカならではの行事なので、日本ではあまり知られていませんが、現地ではクリスマスに並んで大切にされている行事のようです。(今年は図らずも、コロナ関係の海外ニュースでよく耳にした気がします。)

この日には遠くに住んでいる家族も飛行機で集まったりして、にぎやかに食卓を囲み、そして心ゆくまでご馳走をたらふく食べるものとされています。

 

ところで「感謝」といいますが、何に感謝をするのでしょう。

答えにはもちろん、この恵みをもたらしてくれた神様や自然そのものが挙げられますが、忘れてはならないのが、意外にもインディアンの人々なのです。

 

ローラ・インガルス・ワイルダーの『大草原の小さな家』に出てくる料理をエピソードとともに紹介した本、『ローラのお料理ノート』によると、1620年にメイフラワー号で渡ってきたイギリスの清教徒たち(ピルグリム・ファーザーズ)は、アメリカでの初めての冬を乏しい食料でしのごうとしましたが、一年のうちに半数の人が亡くなってしまうほど厳しい状況でした。そんな時、見かねた親切なインディアンが、トウモロコシの栽培や魚や鳥の捕り方を教えてくれ、そのおかげでなんとか苦境を脱したのだそうです。

そうして生き残った人々は翌年、初めての感謝祭を行って収穫を祝い、恩人であるインディアンたちも招いて、お礼をしたのだとか。(1836年にはリンカーン大統領によって、11月の最終木曜を感謝祭の祝日にすると正式に定められました)

 

この話を初めて知ったとき、土地をめぐって激しい争いが絶えなかった開拓民とインディアンの間にも、そんな温かいエピソードがあったとは、と驚きました。

もちろんどうしても折り合えない部分も多くあったわけですが、お互いに良い文化を取り入れるというような交流もあったようで、それが現在のアメリカの礎になっていくのだと思うと感慨深いものがあります。

 

ちなみに、『大草原の小さな家』シリーズでも、開拓民たちの苦難とインディアンへの感謝を忘れないようにと、お皿の横に3粒のポップコーンが添えられている描写があるようです。

今は聞かない風習ですが、素朴ながら心がこもっていて良いなと思いました。

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季節のお菓子

「死者の日」のお菓子、ソウルケーキ
「死者の日」のお菓子、ソウルケーキ

日本では雛祭りに桜餅やひなあられを食べたり、大晦日に年越しそばを食べたりと、イベントや暦に合わせた食べ物があります。

そしてもちろん外国でも、やはり、その国ならではのお祝いの日があり、その日に食べる料理やお菓子もちゃんと(?)あるわけです。

たまに、外国の料理が載ったレシピ本やその国の食文化についての本を読んでいると、よくそんな記述が出てきて、食いしん坊で知りたがりの私などは、

「ほほう、この国にはこんな祝祭があって、こんなものを作って食べるのね!」と好奇心をくすぐられます。

 

そして、作ってみたのがこちら。ごく一般的なものからマイナーな地方菓子まで、イギリスのお菓子を山ほど紹介している本(『イギリス菓子図鑑』羽根則子著)に載っていたお菓子です。その名も、ソウルケーキ!

「ケーキ」という名前がついていますが、レーズン入りのシンプルなクッキーで、生地を丸く抜き、ナイフで十字の模様を刻むのが特徴です。

 

そこで、「ソウルって、魂のこと?お菓子なのに物々しくない?」とか「なぜわざわざ十字架を??」などという疑問が浮かんでくるのですが、実はこのソウルケーキはハロウィーンの2日後の『死者の日』に食べるお菓子なのだとか!

 

日本ではハロウィーンと言えば10月31日の一日しか知られていないようですが、Halloween(ハロウィーン)という言葉は

All Hallows’ Eve(オール・ハロウズ・イヴ。諸聖人の日の前日)から来ていて……つまり、クリスマスとクリスマス・イヴのように、イブ(前日)があるなら、イブの翌日は「当日」であるわけです。

なので、実はハロウィーンには続きがあり、

10月31日がAll Hallows' Eve(All Saints' Eveとも。つまり Halloween )

11月1日がAll Saints' Day(万聖節。全ての聖人を祝う、諸聖人の日)

11月2日が All Souls' Day(万霊節。死者の日)

となります。この3日間を合わせてAll Hallow Tideと呼び、殉教者・聖人・亡くなったキリスト教信者たちを弔う期間となっているそうです。

私も2日目までしか知らずにいたのですが、実は実は3日目があったと知り、ちょっとワクワク。別にこんなことを知ったからといって何かが変わるわけではないのですが、それでもやはり、新しいことを知るというのは楽しいものです。

 

そして、うきうきとレシピを写して11月まで待ち、ようやく作ってみたというわけです♪

イベントに合わせたお菓子にしてはシンプルで地味なクッキーですが、その素朴な味と見た目こそがこのようなイベントにはふさわしく思えてきます。リッチ過ぎない素朴なお菓子の良さを感じながら、アイルランドのハロウィーンに思いを馳せました。

ハロウィンの工作

HAPPY HALLOWEEN!!

保育園での教室では毎年、ハロウィンに合わせた課題を用意しています。

こどもたちもハロウィンをとても楽しみにしているようで、ハロウィンのものを作るとなると、いつも以上の気合の入り方です。

 

今年まず作ったのは、カボチャの飾り。これはスープ用の深い紙皿にカボチャの色を塗り、顔を描いてから、モールを丸めて作ったカボチャのツルを間に挟んでホチキス止め。下部が少し切ってあるので形もカボチャらしく、また台の上に置くことも出来るようになります。

けれども棚の上に乗せずに壁に飾るのもなかなかいいアイディア。カボチャの表情もそれぞれ違ってかわいらしかったです!

 

お次はミイラ男たち。包帯の質感がリアルですが、実はこれはマスキングテープ。人型を描いた紙にテープを張っていき、最後に人型を切り抜いて完成!大きさもまちまちで、ミシュランのタイヤのキャラクターのような太っちょもいれば、文字通り骨と皮のような(ある意味ミイラらしい)やせっぽちもいて、それぞれみんないい味を出しています。

背景の紙は、せっかくなのでムードのある飾り方をしてみたくて、模造紙にハロウィンらしい風景を描いてみました。いかにも不吉な、ねじくれた大きな木とカラスたち、そして墓石らしき石の列。奥には魔女の家があり、おばけもゆらゆら。空には煌々と輝く丸い月……実は最初ちょっとリアルになりすぎてしまい、「これでは泣かしてしまうかも!?」と、おばけやカラスをかわいらしくしたりした、なんていう経緯もありました。

ちなみにもう一枚、ゴシック様式らしきの建物(思いつくまま描いたのでとんでもない折衷様式でしたが)に向かって、道にずらりと大きなカボチャのランタンが並んでいる、という絵も描いたので、そちらの絵はもうひとつの保育園の方に飾っていただきました。

 

次の回では、黒猫を作りました。実は体の部分は、子どもの工作の定番素材の一つ(らしいです)、トイレットペーパーの芯を使っています。これに黒い紙を貼って、耳の形になるように芯を折り曲げれば、だいたいの形は見えます。ですが思い通りのしっぽを作ったり、カーブした筒に顔を描いたりするのは意外に大変!ちょっとバタバタしましたが、かわいくリボンをつけると、全体がまとまりました。

ちなみにリボンの位置は首もとを考えていたのですが、頭につけたいという子が何人もいたので、好きなところにつけてもらいました。耳に飾ったり、中にはしっぽに結んだ子もいて、ちょっと面白かったです。

 

あまった時間でおばけも作ってしまいましょう。白い紙にかたつむりのような形を描き、顔も描き入れてから、はさみでくるくると切っていきます。りんごの皮のようなくるくるのしっぽを持ったおばけの完成!つるして飾ってもらいました。

 

というわけで、今年はなんと4種類も作ってしまいました!

毎年違う課題を考えるのはなかなか大変ですが、喜んでいる姿をみるとやはり「やって良かった!」と思います。

さて、次なる大きなイベントはクリスマス。今年はどんなものにしようか、どう飾ろうか。そろそろアイディアを練りはじめようと思います♪

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キキのケーキ

子どもの頃から、「いつか作ってみたい!」と思っていたケーキを作ってみました。ご存知でしょうか、ジブリのアニメ『魔女の宅急便』に出てくるチョコレートケーキです。

 

主人公のキキが仕事で知り合った素敵なおばあさまが、お世話になったお礼としてキキのために焼いてくれるケーキなのですが、おばあさまに促されて開けた箱からこのケーキが出てくるシーンが昔から好きでした。

キキはうまくいかないことが重なって落ち込んでいたところだったのですが、そういうときでも、これまで頑張っていたキキを見てくれていた人がいて、こうして気持ちのこもった贈り物をしてくれたりするというのがなんとも温かくて愛おしく、いいシーンだなといつも思っていたのです。

そしてキキのためにオリジナルのデコレーションをさらっと施して、こんな洒落たケーキを焼いてしまうおばあさまもまた素敵。うーん、いつかこんなおばあさまになりたいものです。

 

ジブリのアニメにはいろいろと美味しそうなものが登場するので、その再現に熱を上げるファンも多いようです。レシピを公開している人もいるようですが、今回は持っているお菓子の本からガナッシュをかけたガトーショコラを作り、ホワイトチョコレートでデコレーションすることにしました。

 

先にこのケーキの画像を見ながらデコレーション用の型紙を起こしたのですが、これが意外と難しい!

作中では少し離れたところから斜めに見たケーキが描かれているため、遠近法がかかって絵柄が斜めにつぶれているのです。その画像を参考にしながら、真上から見たらこんな感じでは?と想像しながら描かねばなりませんでした。

 

型紙が出来たので、溶かしたホワイトチョコレートをコルネで絞り出しました。赤は食紅、緑は抹茶を混ぜて色付けしたチョコレートを使ってみました。

予想外だったのは、室温が高いのでチョコレートがなかなか固まらないこと。チョコレートのお菓子は寒い時期に作るべきなのかもしれません。

 

チョコレートケーキの方はうまく焼けましたが、崩れやすい生地だったので、型から出すときに崩れてきてしまいました。

おかげで上からガナッシュをかけても、表面の粗が目だってしまいます。こういうときはもっとかたくて扱いやすいケーキにするべきだったのかもしれません。

でも今回はとりあえず無視して、ケーキにガナッシュをかけ、冷え固まったらデコレーションをしました。

表面はいまいちですが、見た目が可愛く、味も濃厚で美味でした。

今度は同じく『魔女の宅急便』からニシンとカボチャのパイにも挑戦してみたいです♪

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柚子胡椒作り

柚子胡椒は家で簡単に作れると聞き、試してみました!

 

材料は青柚子、青唐辛子、塩のみ。

庭の柚子はまだ実が青いのですが、黄色くなった柚子よりも香りが強く出るので、この青いのが良いのだとか。

今年は唐辛子を植えていなかったので、青唐辛子は直売所で入手しました♪

 

作り方はいたって簡単。

青柚子の皮と青唐辛子をそれぞれすりおろし、塩を混ぜるだけ。

青柚子はかなりかたいうえ、まだ小さいので、すりおろす手元は慎重に。そして青唐辛子は手につかないよう、手袋をするのがいいそうです。

 

青柚子をすりおろすのが少し大変でしたが、あとはあっという間に完成!綺麗な色だし、いい香りです。

作ってから1週間くらい置いた方が味がなじんで美味しくなるそう。試食してみたところ、たしかにまだ味はバラバラでしたが、爽やかな辛さと柚子の香りが立っていました。

 

それにしても、すりおろされた後の青柚子たちの姿が、なんとも惨めで哀れみを誘います。

ちなみに、中はまだあまり果肉が出来ておらず、絞って使うことは出来そうにありません。もっとジューシーなら、スダチ蕎麦のように薄切りをたくさん蕎麦つゆの上に浮かべたりしてみたかったのですが。

 

せめて、料理の香りづけや汁物の浮き身などに使えるよう、スライスして冷凍しました。

表面だけこそげとって捨てるなんてあんまりなので、なるべくきちんと生かしてあげようと思います。

麦わら細工(ブリジットクロス)

麦を育てたらもうひとつ作ってみたかったのが、こちら。

”ブリジット・クロス”、つまり”聖ブリジットの十字架”という、アイルランドの細工物です。

青いイグサで編むのが本来の姿らしいですが、何で編んでもいいものだそうで、前にどこかで麦で編んだものを見かけたのもあり、麦で作ってみました♪

 

ちなみに、聖ブリジット(ブリギットとも)とは5世紀のアイルランドに生まれた聖女で、「聖パトリック・デー」で有名な聖パトリック、聖コルンバと並び、アイルランドの守護聖人のひとりです。

 

アイルランドではもともと、ケルト民族のドルイド教などの信仰があり、そこに聖パトリックがキリスト教をもたらしたわけですが、他地域とは違って土着の信仰を全否定せずに布教していったため、アイルランドのキリスト教は二つの信仰が混ざったような独特の形に落ち着きました。

(その証は特に美術品やケルト十字などによく見られるのですが……これを語りだすと長くなるので、ここでは割愛します)

 

そんなわけで、古代からの信仰とキリスト教がゆるやかに混ざって信じられていたという下地があり、そこで聖ブリジットと古代より大地母神(母なる大地や母性が神格化された女神)として崇められてきたブリギットが混同されていきます。

名前が同じだというのはもちろん、出産や癒しに関わる存在であることという共通点もありました。

しかも、聖ブリジットが亡くなったのは2月1日で、この日が“聖ブリジットの日”なのですが、この日はもともと春分を祝う女神ブリギットの祭り”インボルグ”でもあったのです!

そうして、ますます混同されていき、今でもこの日は二人のブリギットを讃え、春分を祝う日となっています。

 

さて、そこに欠かせないのがブリジット・クロス。

これは古代から、ブリジットの祭り”インボルグ”の前日に編まれていたもののようです。軒先に飾り、春の到来を祝い、豊穣を祈るとともに、魔除けともしたのだとか。

そう聞いて改めて見ると、このクロスの回転していくような形はむしろ、キリスト教以前のケルト美術に通じるような。

普通のクロスのような不動・強固な感じはなく、むしろとても有機的でおおらかな印象です。じっと見ていると、ぐるぐると回転しはじめそうに思えるほど……ケルト風の装飾で有名な『ケルズの書』の挿絵が脳裏に浮かんできました。

 

輪廻転生を信じ、季節のめぐり・生と死・再生といったものを、”すべてを巻き込んでいく大きな渦”として捉えていた彼らの死生観が、このクロスひとつから感じられるような気がします。

もうこれ以上そぎ落としようのないほどシンプルで、けれども彼らが感じていることを十全に表現した、ある種の必然的な形として生まれたクロスだったのではないか。これは現代の頭でっかちになった人間たちには作れない形かもしれない……そんなことを考えました。

麦わら細工(ヒンメリ)

春に採れた小麦をドライフラワーにして、ヒンメリという飾りを作りました。

ヒンメリは北欧の麦細工で、この幾何学な形は、切りそろえた麦の茎に糸を通して作ります。基本の形は同じ長さに切りそろえた12本の麦で作る八面体ですが、麦の長さを一部変えるだけでも全く違う形が生まれます。

 

 

ヒンメリはフィンランド生まれなのだとか。

冬が長い北欧の国々には、キャンドルや照明を上手に使って温もりや幸福感を演出するなど、冬を楽しむさまざまな工夫があります。

ヒンメリもそのひとつとして、麦わらを”太陽と豊穣の象徴”として愛で、美しい飾りにして食卓の上などに吊るすそうです。ヒンメリを吊るすと幸運が舞い込むとされていて、今では食卓のほか、ベビーベッドの上に吊るしたり、結婚式の装飾にしたりもするのだとか。日本にも北欧ブームにのって入ってきた、というところでしょうか。

 

古くは冬至のお祭りの時に飾るものだったそうで、古代の精霊信仰の名残が感じられて大変興味深いです。

そして、厳しく長い冬に耐えるヨーロッパの人々にとって、再び太陽の力が強まっていく節目の日である”冬至”がどれほど特別なものだったのか、ということも考えずにはいられません。きっと、人々は太陽や自然の神秘に対する期待と感謝を込めてヒンメリを作り、冬至を祝っていたのでしょう。

 

私が植えた麦はプランターに4つ分でしたが、意外とたくさんの麦わらが採れました。

まっすぐで綺麗なところを選び、まずは節目で切って葉を落とし、それから長さを揃えます。そして作るパーツごとになるべく太さをそろえるようにしながら糸を通しては結び、形にしていきます。

大きなパーツの中に小さなパーツを入れたり、立体の角に他のパーツをぶら下げたりすることも!

何段にも重なった、大きくて複雑な作品は見ごたえがあり、中空の麦の茎からこんなものが出来るのかと驚かされます。

 

出来上がったヒンメリは、窓辺に下げてみました。

籐や竹のかごなどと同じように、麦わらも年月が経つとすこしずつ艶が出てくるようなので、それも楽しみにしています。

 

ちなみに麦の穂の方は、ちまちまと手作業で脱穀してコーヒーミルで挽き、粗い全粒粉に。

そして、普通の強力粉に何割か混ぜて、全粒粉のパンを焼きました!

手間がかかりますが、一度やってみたかったことが出来て、満足満足。

描きかけの小品

先日は久々の大作について書きましたが、その合間に描いていた他の絵についても紹介したいと思います。

 

写真一枚目は、10年ほど前に描き始め、行き詰って放置してあった絵です。

ようやく先に進むヒントが得られて、今少しずつ描き進めています。同じ絵を前にして、あの頃悩んだのとは違うものの見方をしている自分が不思議ですが、何か大きな答えがもらえそうな気がしてドキドキとしながら描いています。

 

写真2枚目も同じころに描き始めたもの。いつもと少し違う表現の回路を使いたくて、同じようなモチーフをデザインっぽく描いてみたものです。イラストか図案のように描くつもりだったのに、つい絵画的になってしまうのに苦笑しながらも、とりあえずは仕上げてみようと思っています。

 

3枚目は以前描いたさくらんぼの小品を、色合いと絵の具の使い方を少し変えて描いてみたもの。

写真はありませんが、他に同じ構図で背景が桃色の絵も描いています。

 

4枚目は、ふと浮かんだイメージを描いてみたものです。闇の中を落ちていくトランプ。

ごくたまに、そういうものが視えたような気がする事があって、絵になりそうなときには描いてみる事があります。

これも長辺20センチくらいの小品ですが、気に入っているので額装しようかと思っています。

 

 

そんな調子で小さな絵をいろいろと描いていると、学生の頃のできごとを思い出します。

クラスメイトの一人が「最近、小さい絵を何枚か並行して描いてるんだけど……」と言ったら、近くにいた面々が一斉に「えーっ!」と叫び、それから口々に「疲れない?」「よくそんなことできるね。」「いちいち切り替えるの大変じゃない?」などと言いだしたのです。私も「そんなこと、できるものなの?」と思っていました。

 

たしかに、一枚の絵を描くのに集中してその世界に向き合っていた直後に、他の絵に手を入れようとすると、頭の中を切り替えるのにものすごい労力を使うものです。

絵画教室を始めたころは、生徒にアドバイスをするために「例えばこうして……」と作品に手を入れるときには、とても疲れました。まずその絵を“取り込む”つもりで、進み具合やバランス、描き方、個人の色彩感覚やクセ、できれば世界観まで、ざっと観察しながら把握するのですが、これだけで頭はフル稼働。それからその絵に合わせた完成形をイメージし、それに沿ってアドバイスを……と数人分こなすと、頭の中がからっぽになったように消耗したものでした。

でもそのうち、“取り込む”のも、本人に成り代わったつもりで絵を見ることにも慣れ、短時間にパッと切り替えて何枚もの絵を見ること(感覚的には”渡り歩く”が近いでしょうか)ができるようになっていました。

 

これが良かったのか、今では自分の絵を並行して描くことは何でもありません。気が付くと5枚くらい描いていたりもします。

もともと日本画は油絵などより乾きが早いとはいえ、乾き待ちの時間に他の絵にかかれるのはやはり便利ですし、時にはいい気分転換にもなります。

でも単純作業や全体の調整の段階ならともかく、もっと絵の世界に深く入り込まなければならないときには、むしろ"頭を切り替えない”ことが大切!

せめて描写の段階に入ったら、その絵だけに心から向き合いたいと思います。

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久々の大作

ご無沙汰しております。

世は新型コロナウイルスの発生で様変わりし、連日暗いニュースばかりです。絵画教室も会場が借りられなくなったり、講師をしている保育園が一時お休みになったりと、思いがけないことが次々に起こりました。

最初に思っていたよりもずっと長い自粛期間となり、うっかり気鬱にでもならぬよう、つとめて気を明るく保たねばならない日々でした。

政府が自粛要請を解いた現在は少しずつ教室も再開してきましたが、いつまた状況が悪化するかもわからず、油断はできません。しかもこの非常事態がいつまで続くものなのか、誰にもわからないというのがまた辛いところですが、せめて前向きに行きたいものです。

ニュースでは自粛中に料理や手仕事、筋トレなど、家でできる様々な活動にいそしむ人々が紹介されていましたが、私もせっかくできたこの時間を無為に過ごすわけにはいきません。普段なかなか描き進められない、自分のための絵を描く良い機会だと思うことにしました。

 

そうとなったら、まず描きたいのは、途中で制作が止まっていた大きな絵! サイズはP100号(162×112センチ。畳をちょっと寸胴にしたような大きさ)です。

モチーフは、ずっと前に、京都は鞍馬山で出会った風景です。貴船へと続く山道を一人で歩いていたら、突然霧が立ち込めて、辺りの風景が一変、今来た道もわからないほどになってしまったのです。まったくの一人きりで、周りには誰もいない。本当なら怖がるべき状況かもしれませんが、「少し待てばまた晴れるだろうし、一本道なので本当に迷うことはなさそう」と思い至った途端、怖さよりもむしろ、にわかに冒険が始まったようでときめいてしまいました。

そもそも霧は子どもの頃から大好きでしたし、柏葉幸子の『霧の向こうの不思議な町』(児童文学)のように、「この霧の向こうが別世界につながっていたら良いのに!」という憧れもあります。しかもここは鞍馬。となれば、「もし天狗にかどわかされるとしたら、こんな霧の中かも」などと想像は広がります。

 

ちなみに民俗学の本によれば、天狗はただの暇つぶしや物見遊山の道連れに人を攫うこともあれば、たくさんの来客がある宴会で給仕の手伝いをさせるためだけに攫うこともあるのだとか。どちらもたいてい、天狗の用事と気が済めば、無事に送り届けてくれます。

ただし、ひとっ飛びしてきて、大きな木や屋根の上に降ろして去ってしまうことも多いようです。どうも、気が利かないだけ、あるいはちょっとからかっただけで悪意はなさそうなのですが、飛べない無力な人間にはいい迷惑でしょう。それでもなんだか憎めないのが天狗です。

 

閑話休題。

でもそんな楽しい空想とは裏腹に、辺りはすっかり霧に覆われて音ひとつせず、次第に固有色もわからなくなっていきます。まるで水墨画の中に迷い込んだかのように現実味がありません。こんなに閑かで幻想的な自然の一場面を、私一人が今ここで体験しているだなんて、いっそ畏れ多いような気さえしてきます。初めのワクワクとした気持ちは薄れ、「これは描くことになるかも」という予感に突き動かされて、とにかく大急ぎで写真を数枚撮りました。

 

そして、写真を撮って資料を確保した後にすることはひとつ、目の前のものに"見惚れる”こと。ただし、ただうっとりしていては絵には描けません。

①心を奪われて何も考えられない、絵の事なんて全くどうでもいいというくらい見惚れること、②よくよく観察眼を光らせること、③目だけではなく心にも刻むつもりでその場の情報や今感じていることを記憶すること。

……これを全て同時に行って矛盾しない、ということは何とも説明しづらいのですが、まあ一種のトランス状態なのでしょう。

とにかく、そうしてその場の美しさが消えるまで見惚れることに集中します。

視覚的な資料として、あとで絵にする際に写真が役に立つのは言うまでもありませんが、その場で感じても形にして残せないものを、いつか描く日まである程度鮮やかなまま心にしまっておかなければならないので、やはり全身でその美に向き合う必要があるように思います。

 

そうして一枚の絵の”素”のようなものを自分に取り込んでもすぐに描けるとは限らず、この絵も描き始めるまでに数年、そこで迷ってまたしばらく置かれ、そして今ようやくここまで描いてあげられたというところです。(本当に絵に申し訳がない)

初めは水墨画のようなモノクロームの画面を岩絵具で描こうかと思っていましたが、結局心で感じた方の色を優先して描くことに。閑かで緊張感があり、幻想的な美しさと僅かな恐さが感じられるような絵にしたいのですが、まだ枝も描き切らず、空間の白が甘く、霧の表現が足りず……足りないものばかり目に着きます。うーん、工程としてはこれで7割くらいでしょうか。

 

大きな絵だけに大変ですが、やはり大きな絵ならではの絵との駆け引きがあって、やらなければならないことだらけで途方に暮れもしますが、とても楽しいです。続きを頑張って描こうと思います!

春、なのに

ご無沙汰しております。

近頃は新型コロナウイルスの騒ぎで世界中が深刻な事態となってまいりました。皆様はお元気でお過ごしでしょうか。

私はというと、感染防止策で施設が閉まってしまって、保育園や個人レッスン以外の教室はお休みとなり、落ち着かぬ日々を過ごしています。

 

例年ならゆったりと花見をしたり、深まる春を感じさせるものに引き寄せられるようにふらふらと散歩し、時にそのただなかに佇んで春愁に耽ったりするのが、私の『春』なのですが、今年はどうにもそんな気分になれません。

いつだって桜の時期には特別な感慨があるものだったのに、どうにも鬱屈としたものが心を占有しているようで、桜に対してさえ、心を傾けることができませんでした。

桜の頃になると必ず思い出す歌に、

 

桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命(いのち)をかけてわが眺めたり   岡本かの子  

 

というものがあるのですが、今年は桜を前に気もそぞろで、ひどく申し訳ない気持ちでした。それと同時に思い出されるのは、

 

年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず     劉希夷 

 

という唐詩ですが、まったくその通り。この騒動で人間が右往左往する傍で、例年と変わらずに花が咲き、散り、新芽が萌えてゆくのは、当たり前のことなのに不思議な感じがします。

「ああ、人間って小さいんだなぁ」としみじみ思い、自然のたゆまぬ流れがいっそ無慈悲なものに感じられる一方、人間の本来の大きさというものがわかった気がしました。時にひとを置いて先を急ぐ季節を「こちらの気も知らず、無慈悲なものよ」と思いながら、それでも確かに廻ってゆく自然の姿に救われてもきたのが人というものなのではないか。そんなことを考えさせられる春です。

 

 

と、難しい話はそれくらいにして、絵の話でも。

今年はまた何か、自分なりの『桜』というものを掘り下げた絵を描きたかったのですが、そんな事情で桜のインプットがうまくいかなかったのでアウトプットも難しくなりそうです。

 

でもそんなときに助けになるものが、ふたつあります。

ひとつは、”誰かが表現した桜”。先の短歌もそうですが、誰かが既に表現してくれたものは、時に目の前の景色より鮮やかな印象を残してくれます。

私は気に入った詩や言葉などを書き溜めたノートを持っているのですが、あまりに桜の秀作が多いので、とうとう桜だけを集めたノートを作り始めたほどです。

それにしても、和歌・俳句・小説、音楽や踊りなど、さまざまな手段で表されたさまざまな『桜』がこの世に残されていること、これからも伝わっていくこと、そして新に生み出され続けていくことというのは、実に感慨深いものです。

 

そして、表現の助けになるもののもうひとつは、”これまで出会ってきた桜”。そう、自分にとっての『桜』なるもののイメージは、これまで出会ってきた無数の桜たちから生まれたものであり、それは記憶の断片、色、気配のようなものとなって、胸の中にしまわれています。

明るく陽光に輝く桜や花曇りに咲く無機質な姿、桜餅みたいな姿でほのぼのと揺れる八重桜や嘘っぽいほどくっきりと暗闇に浮かび上がる夜桜。幻のように舞う花びらと、案外がさついた木肌の感触……。

物心ついてから出会った、種類も時もバラバラな桜たちはとてもひとつになど纏まりようはなく、複雑で多面的なまま、私の中で曖昧な『桜』の像を結んでいます。

 

おそらくそれを自分の制作のために、無意識ながら着々とストックしてしまうのが絵描きの習性なのですが、絵描きでなくてもきっと多かれ少なかれ、誰もその人ならではの『桜』が胸にあるのだろう、と思います。

その『誰かの桜』は見せてもらえるものならそっと見せてもらいたいものですし、私は『私の桜』だってもちろん見たいです。

そういう動機があって、絵を描いているようなものなのですが、桜は特に難しく感じます。現実的な桜の風景から描き始めますが、深みから汲み出して来たいのはもっと幻想的で抽象的な桜なので、どこかで現実を離れなくてはなりません。そこで上手くいけばひどく美しいものを見ることができそうで、でもなかなかそこまで行けない、というのがこれまでの挑戦の結果です。

 

いつか、これだと言う桜が描けるでしょうか。

鬼のお面作り

カラフルな鬼たちがずらり(黒目は後で塗ります)
カラフルな鬼たちがずらり(黒目は後で塗ります)

こども園の今月2度目の教室では、ちょっと早いですが節分に向けて、鬼のお面を作りました。

 

鬼というと、赤鬼か青鬼のイメージが根強いですが、今回は緑の鬼でも虹色の鬼でも、なんでもござれ!

イメージにとらわれず、好きな色でのびのびと作ってもらうことにしました。

 

まずは、「こんな色の鬼にしたい」と思う色の折り紙を選んで、それを適当な大きさにちぎっていきます。はじめははさみを使うことも考えましたが、折り紙ならばちぎった方が味が出るとわかったのでちぎることに。

 

紙がちぎれたら、あらかじめ目の部分に穴をあけた紙皿に糊を塗り、紙を貼り付けていきます。たとえ夢中になっても、間違えて目の穴まで紙で塞いでしまわないように……。

顔全体に紙を貼ったら、色のバランスを考えながら口や鼻のパーツ(こちらもいろんな色が用意されています)を選んで貼ります。ごちゃごちゃと色の混ざった顔の中でもそれぞれのパーツが目立つように、たとえば口のパーツでも青や緑などの色まで用意しておきました。

口と鼻を貼り、金色の折り紙でできた牙も貼ると、すっかり鬼らしくなってきました。

 

金色の厚紙で出来た角も貼りますが、これも1本にするか2本にするかを本人に選んでもらいました。一般的に2本角の鬼のイラストが多いので、むしろ1本の角を新鮮に感じるようで、あえてそれを選ぶ子もいれば、「もらえるならなるべく多い方がいい!」といわんばかりに2本の角を選ぶ子も。

最後に、モジャモジャとした3種の毛糸から好きなものを選んで貼り付けて、完成!

(本当は穴の周りをマーカーで塗って黒目とするのですが、湿っているとぬりにくいので、後で描くことに。かぶるためのひもも、乾いてからつけます)

 

今回は初めに「どんな色にしたいか」をイメージしてから折り紙を選びに行ってもらったためか、いつも”自分が好きな色”として選ぶような色ではなく、ちゃんと「今日はこの色にしてみよう」という感覚で選んでいたようなのが素晴らしかったと思います。

また、一見同じような仕上がりに見えても、よーく見ると、色使いや紙の貼り方、顔のパーツの並べ方などに個性があるのも面白いところ。子どものお迎えにいらしたお母様方は、並んだ作品だけを見て、”どの作品がどの子のものか”を当てて楽しんでいらっしゃるのだそうです。

 

さて、今年の節分は2月3日。このカラフルなお面をかぶって、豆まきを楽しんでくれるといいなと思います。

オーロラのお絵かき

月に2回、こども園で子供たちと絵を描いたり工作をしたりしています。

 

今回は冬の景色ということで、オーロラの絵を描いてみました。

まずは「オーロラ」というものを説明せねばと思って、星野道夫の写真集を持って行ったのですが、なんと子供たちは全員「オーロラ」を知っていました!

おそらくは『アナと雪の女王』に出てくるからなのでしょうが、びっくりしました。

 

すでにオーロラのイメージがあるようなので、さっそく製作開始。まずは、紺色の紙にいろんな色のチョークを使って波のような模様を描いていきます。コツは粉が出るようにぐいぐいと力を入れること。そして、この粉を指で上に向かって延ばすと……あら、不思議!もはやオーロラにしか見えません!あちこちで歓声が上がります。

 

さらに、綿棒の先に白い絵具をつけたものをスタンプのようにして大きな星を散らし、絵具をつけた歯ブラシをはじいて細かなしぶきを飛ばして、小さな星々を散りばめます。

あとは、黒い絵具で木々のシルエットを描いて、完成!!

ひとつひとつの工程はそれほど難しくないので、年少の子たちでもそれなりに上手に仕上がり、みんな満足そうでした。(めでたしめでたし)

 

追記:

参考のため、私も事前に描いてみましたが、これは大人でも楽しめるお絵かきでした。オーロラには決まった形がないので、「正しく描かなければ」というプレッシャーもありませんし、鉛筆や筆を使って精妙に描いたり書いたりすることに慣れた大人にとって、指を使っておおらかに描くのは新鮮な体験と言えるかもしれません。

ただ、大人が描くのであれば、チョークでなくオイルの入っていないパステルを使ってオーロラの色に深みをもたせ、木のシルエットにもこだわりたいところです。

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お正月

明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いいたします。

 

 

さて、毎年悩む年賀状のデザインですが。去年までの12年(干支一回り)は民話や童話、絵本などを出典とする縛りをかけていました。それもようやく終わり、今年からは自由に干支を描いていこうと思います。

 

そして、今年の干支は子(ねずみ)。調べてみると大黒様とのつながりが深く、それというのも大黒様と大国主命との混同が元で……などと、いろいろと背景があって面白い動物でしたが、今回は深く考えずに楽しく描こうと決めました。

 

一枚だけ手描きしたものを印刷するという方法にした方が楽なのはわかっているのですが、やはり手作りのぬくもりには代えがたいもの。そもそも年賀状を出す人も減っているのに、こうして手をかけようという人など絶滅危惧種であるような気もしますが、毎年楽しみだとおっしゃる方がいると思うとついつい力が入ります。

かといってすべて手描きは酷なので、今年は消しゴムスタンプを彫りました。文字スタンプだけは市販品ですが、開いた本やねずみのシルエットも手製スタンプです。そしてモノクロだけではさみしいので、色だけは水彩で、ささっと塗りました。

 

山積みの本とねずみ、というおおまかな案が決まってからは、細部でいろいろと遊びました。ねずみのそばのマグには紅茶をいれ、本にはしおりを挟みました。

ねずみが読んでいる赤い本は、ミヒャエル・エンデ著の『はてしない物語』の色のつもり。子供の頃、初めてのめりこむように読んだファンタジーです。個人的には表紙のウロボロスの文様も組み込みたかったけれども、スペースと時間の都合上そこまではできませんでした。物語の中でも、読書の際にもこの装丁がカギになる物語なので、読んだことのある人の中にはもしかしてこの赤がピンときたりしないかな、と。

もちろん、ただの赤い本と思ってくださって全く構わないのですが、実はそんな裏の設定がありました♪

 

 

次の写真は玄関飾り。クリスマスのリースを再利用して、ちょっとモダンな飾りとなりました。

(鶴と亀を組み合わせるアイディアは私のものではありませんが、こんな風に使えるなんて!と感心)

 

最後の写真は、切り紙の本に載っていた紙垂(しで)で、一枚の半紙で出来ています。中央は宝袋の形。かわいらしいし、なんともめでたい。宮城県のものだそうで、ほかに馬の形の紙垂なども作りました。古い風習なのでしょうが、おしゃれで、現代人の目から見るとかえって新鮮です。

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かわいいターキー?

Merry Christmas!!
Merry Christmas!!

少し遅くなりましたが、クリスマスの写真を載せておきます。

 

テーブルにどーーんと盛られているのは、ターキー(七面鳥)です。

昔、アメリカ帰りの方からターキーのレシピを習って以来、我が家ではターキーが手に入ればターキー、入らなければ丸ごとの鶏でローストを作っています。

 

ターキーの味わいは、見た目に寄らずあっさり。ただ、鶏よりは少しパサついているので、ひと工夫が必要です。今年はハーブ入りの塩水につける方法で焼きました。

中のスタッフィング(詰め物)は、はじめに教わった、玉ねぎのみじん切りとサイコロ状に切った食パンなどをベースに、今年はリンゴも足しました。

 

ターキーは、なるべく小さいものを選んだにも関わらず、6.3キロほどありました。「ここまで用意しておいて、中に入らなかったらどうしよう」と不安になる大きさですが、オーブンの天井すれすれでなんとか入りました。

 

この大きさでは焼くのも3時間ほどかかるので、その間に付け合わせの野菜を料理します。イギリスでは芽キャベツと栗を合わせたソテーなどが定番のようですが、日本では芽キャベツもあまりなじみがなく、高価なのが残念!

「普通のキャベツで作っても味は一緒だよね?」との思いが脳裏をよぎりましたが、見た目のことも考えて止めました。今年からは芽キャベツも栽培すべきかも?

 

芽キャベツをあきらめ、ローズマリー風味のローストポテトと、ニンジンをバターで炒めてショウガを加え、オレンジジュースで煮込んだものを作りました。こちらも、イギリスでは定番の付け合わせなのだそうです。ニンジンの方は初めて作りましたが、ニンジンとオレンジの自然な甘さにショウガが良いアクセント。気に入ったので来年も作りたいと思います。

 

ターキーは30分おきにオーブンから出し、乾燥防止のため、滴り落ちた肉汁をすくって表面にかけてやらねばなりません。付け合わせを作るのに集中していると、ターキーの世話を忘れそうになるので要注意。チラチラと時計とターキーの様子を窺いながら、さらにカブのポタージュも作ります。

 

さて、今年のターキーも美味しく出来ました。ターキーにはグレービーソース(肉汁で作ったソース)の他、クランベリーのジャムを添えるのが定番です。うちではそのときにあるベリー系のジャムを合わせていましたが、今年は紅玉のアップルソースに。たまたま先日作ったものなのですが、合いそうだという直感に従って大正解!甘酸っぱくて爽やかで、ターキーの風味を引き立ててくれました。これは来年も採用!

 

思えば、ターキーは意外に手のかかる料理です。

そもそも冷凍で売っているので丸一日かけて解凍し、ハーブ入りの塩水につけてまた一日。スタッフィングを詰め、形を整える。焼き始めてからも30分ごとに汁をかける……。

ひとつひとつの作業はシンプルですが、すべて通すと意外と大変。やっと焼きあがるころには、手をかけたせいか、なんだかかわいく思えてくるほどです。もはやただのターキーではなく、”私の作ったターキー!”、という感じ。

料理するだけでもこうなのだから、ターキーを育てている農場の人の感慨はいかばかりか。”私が育てあげた、見事なターキー!!”ぐらいには思っているのかもしれません。

 

ターキーもこれだけの大きさだと、もちろん一度には食べきれません。クリスマス後も、サンドイッチにしたりパスタに使ったりとしばらく楽しみます。骨からはいい出汁がとれるので、スープも作ります。

そして「はぁー、満喫した!」と思う頃、なんと、お店で売れ残りのターキーがぐっと値下がりしているのに出会うのです。去年は迷ったものの、また買ってしまいました。

今年は??うーん、どうしましょう。……やっぱり買ってしまうような気がします(笑)

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散歩と、魔法の眼

水彩で描いたアケビ
水彩で描いたアケビ

わりと田舎の方に住んでいるので、家からちょっと足を延ばすと里山に出ます。最近はあまり行けていませんが、以前はしょっちゅう散歩に出かけていました。

 

今では低い山になっているところが大昔の海辺で、田んぼになっているところが海だったのだそうで、古い地層が露出しているところには貝の化石の層も見られます。子供の頃には夏休みの自由研究で貝の化石を集めたりもしました。

田んぼの畔をたどりながら、「今歩いているこの道は、海の中だったのね」と、当時の光景を想像してみるのもロマンがあります。

 

でも、植物に関してちょっとマニアックな人間はみんなそうだと思うのですが、散歩はただの散歩にはなりません。藪でも畔の雑草でもなんでも、そこらじゅうの植物の観察となってしまうのです。「変わった植物はないか?」「これは季節外れだな」「お、むかご!」などなど、歩くペースで目まぐるしく観察が続きます。

しかも、この観察は「さあ観察を始めよう!」というふうには始まらず、植物が目に入った瞬間から無意識に始まります。しかも、風景の一部として目に映っただけでも自動的にこの機能が働くうえ、どうやら自分でスイッチをオフにできないようなのです。

 

たまに「なぜ、近寄らなくても一目で何の花かわかるんですか?」と訊かれることがありますが、おそらくこういう人間たちは、植物にだけピント(あるいはチャンネル?)が合っている眼を持っているのではないかと思います。もちろん知らない植物もまだまだたくさんあるのですが、知っている植物に関してなら、たとえその木の特徴となるような姿(例えば花が咲いているとか)でなくても、「あれは何の木?」と考えるまでもなく見た瞬間にわかります。

なんて言うと、なんだかすごい魔法の眼(!)のようですが、人混みの中でも知人の姿だけはパッと目に飛び込んでくるだとか、またその人が何を着ていてもそれが誰か見分けられる、というのと変わらないように思います。

ちなみに私はと言うと、人間の顔と名前を覚えるのがどうにも苦手で、いっそ植物を覚える方が早かったりします。これは何かの代償なのでしょうか??

 

さて、そんな観察をしながら里山を散歩をしていると、どこにどんな植物があったか、頭の中に植物の地図がなんとなく出来てきます。特に食べられる植物やきれいな実がなるものなどは覚えやすいものなのですが、たまに「え、ここにこの植物があったの?」とびっくりさせられることも。先日はそこにアケビがあることを見落としていたのですが、高いところにあったにも関わらず、実だけはちゃんと見つけました。食い意地でしょうか。

 

すでに割れて、中の種がのぞいているアケビの実は、「まさに今が描くチャンスよ」と言っているかのよう。とはいえ、植物画として描くほどの時間がなかったので、今回は軽くはがきサイズの水彩にしました。

植物画でないので、アケビの実の紫も少し強調して、影もウルトラマリンブルーでちょっと洒落た感じにしてみました。背景も白無地ではなく、淡くイエローやオレンジをのせて秋の黄みがかった光をイメージ。秋の絵にこういう色を利かせる描き方がこのごろ気に入っています。

 

同じ日に見つけた渋柿(こちらは里山ではなく、空き地の端に勝手に生えたようなもの)はふたつだけ採って、家で干し柿にしました。

もう寒さも増してきて、里山でも収穫できるものは少なくなってきましたが、今度は部屋にちょっと飾れるような赤い実でも探しに行きたいなと思っています。

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こども園のハロウィン

昨年度からこども園で月に2回、年少から年長の子どもたちに絵や工作を教えています。このくらいの年の子どもたちは出来ることや出来ないこと、興味があるものやないものなどの違いが大きいので、みんなで楽しめるよう手探りしながら計画しています。

中でも、季節やイベントに絡めた内容は、やはりこどもたちも親しみやすい様子。今月はハロウィンを満喫すべく、おばけや魔女などを作りました。私はよく知らないのですが、ディズニーランドで流れているハロウィンの曲があるらしく、それをBGMにしていたので子どもたちはいつも以上にノリノリでした。

 

写真の魔女の人形は、すべて紙で出来ています。円錐形にした黒い紙を魔女の服と帽子に見立てて、顔と髪を貼り付けました。顔は好きに描いてもらいましたが、魔女の鼻は鉤鼻が定番ですから「高くてとがった鼻にすると魔女らしくなるよ!」とアドバイス。

だんだん魔女らしくなってきましたが、服まで全身真っ黒では少しばかり怖いし面白くないかな、と。そこで、服や帽子には折り紙を貼ってカラフルにし、髪は棒でくるくると巻いて茶色い巻き毛にしてみました。紙がくるんと丸くなったというだけで、こどもたちは目を丸くして面白がり、本体に貼り付ける前には飽きずにいじって遊んでいました。

 

腕も作って貼り付け、帽子の輪っかものせると、もうすっかり魔女の姿になりました。もうこれで終わりにしてもいいようなところですが、せっかくならもうひと手間!紙のストローに、切れ込みをたくさん入れた茶色い紙をぐるぐると巻きつけて糊付けし、ほうきを作りました。

こういう小道具があるだけで、魔女に台詞をつけ始めてお人形遊びを始める子も出てきたりします。こどもの遊びはこうして深まっていくものなのかと私も興味津々で、他の子の手伝いをしながらさりげなく聞き耳を立てていると、その子は魔女の手にほうきを持たせながら、「わたし、このほうきでおそうじするの」と言っていました。

年少さんでもなんとなく、魔女とほうきがセットであることはイメージできているようでしたが、この子にとってはほうきはあくまで掃除道具で、飛ぶ道具という発想はまだないのかもしれません。なんと微笑ましい。

 

もうひとつ作ったのは、おばけの飾りです。透明なプラスチックのコップに穴をあけて紐を通し、逆さにつるせるようにしたものを土台にしました。コップにはやわらかいアルミの針金をテープでつけて、針金をおばけの手の形に曲げておきます。この上にごく薄い和紙をかぶせて、洗濯のりを薄めた液をスプレーして形を作ると、乾いたときにこの形で固まるのです。

別に用意した色紙で目と口を作って貼り付ければ完成!(残念なことに、こちらは写真を撮り忘れました)

 

今月の工作は色んな紙を使いわけ、そして紙を切ったり、貼ったり、丸めたり、巻き付けたりと色んな方法で組み合わせての工作でした。”紙”という素材のもつ様々な表情や、平面から立体的にも仕上がる面白さなどを、なんとなくでも感じてもらえたのではと思います。

 

2回目の日は少し時間があったので、工作だけでなくハロウィンのイラストも一枚描きました。まず、平筆にオレンジ色の絵の具をふくませ、片方の端にだけ朱色の絵の具をほんの少し付けます。こうすると簡単にグラデーションができ、立体的にカボチャを描くことができます。カボチャが乾いてから目や口などを描きこみ、ねじった2色のモールを丸めて作ったペロペロキャンディーを好きなところに貼り付けて完成!

こういったイラストでは少し不揃いな方がいい味が出たりもするので、どう描いてもそれなりにかわいらしいカボチャができます。小さい子どもたちも出来栄えに満足した様子でした。

 

完成したおばけや魔女は、園で行うハロウィンのパーティーの時まで飾られる予定だそうです。子どもたちがとっても楽しみにしているようなので、先生たちの演出だけでなく自分たちで作ったものも飾って、さらにムードを盛り上げられたらいいなと思います。

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旅日記~洋館めぐり3~

読者の皆様には大変お待たせをいたしまして、申し訳ございません。

かなり間が空いてしまいましたが、久々にブログをアップしたいと思います。

 

神戸の洋館巡りの第三弾、下書きを大半書いて保存しておいたので、時系列としてまずはそれをと思ったのですが……な、なんと文章が消えていました。(ハリー・ポッターの世界ならこんな時、「マーリンの髭!」と叫ぶところです。)

このホームページ作成のシステムが大規模なアップデートをして以来、どうにも使いにくくなり、たまに小さなバグが起こるようになったのですが、今回ばかりは唖然としました。マーリンの髭!

と、気を取り直して新たに書きたいと思います。

 

神戸の洋館は北野地区に集中しており、公開しているものだけでも20館近くあります。中でもちょっと面白かったのがプラトン美術館というところでした。

家が丸ごと装飾美術の博物館のようになっていて、イタリアを中心とした装飾品が、これでもかとばかりに飾られています。あえて追記しますと、この『これでもかとばかりに』という言葉は誇張ではなく、本当にこれでもかとばかりに、所狭しと飾ってあるのです。

調度品のひとつひとつも装飾の全くないものはなく、すべてのものが装飾的。それぞれがぐいぐいと自己主張しているので、空間としては少々濃くて息が詰まるので、全体より細部、一度に一品ずつを鑑賞していくのが正解でしょう。

装飾美術は好きですが、私の趣味よりかなり濃いのは、まあ好みの問題として。家具なども、少しごつく感じるほどの彫りの深さ、くっきりとした曲線と力強い意匠がいかにもイタリアらしい印象です。

 

室内にあふれる装飾品に交じって、有名な画家の素描などもさりげなく飾られています。そしてそういうものを説明してくださるのは、なんと本物の執事さんでした。この家に昔から執事としてお仕えし、ここが美術館となってからはお客さんの案内をしているそうです。執事の制服を着た、本物の執事さんが案内してくれるとは贅沢!

ただし、この館が共通パスの対象ではなく、別に少し高めの入場料を払わないといけなかったり、少し外れたところに建っていたりするせいで、お客さんの流れがこちらにあまり来ないというのが大変遺憾らしく、説明の折々にその愚痴がつい顔を出してしまうのはご愛敬でしょうか。「こんなに素晴らしいのに、素通りするなんて勿体ない」「もっと来て下さるべき」というようなことを何度も聞いた気がします。

 

装飾品は壁や棚にとどまらず、床の一部にモザイクタイルでライオンが作ってあったり、外の通路にもステンドグラスがかざってあったりと、本当に飾れるだけ飾ったとでもいうような様子。

昔は本館にご主人が住まい、離れが使用人の寝泊まりと作業の場だったそうですが、今では本館はすべて展示スペースとなっていて、離れにはご主人が住んでいらっしゃるようです。離れは地下室のみ見学可で、ここはもともと、主人の食事を用意したりした台所なのだとか。ワインセラーもあると執事さんに聞き、さっそく行ってみました。

 

地下室と言っても半地下ですが、それでも少しひんやりとして、冷蔵庫のないころには重宝されていそうです。地下室と聞いて暗いイメージがあったのですが、白い壁のおかげかそれほどでもありません。昔ながらのキッチンの奥に、ガラス窓のついた小部屋があり、布のようなものに包まれたワインの瓶がたくさん見えました。施錠されているのはもちろん、壁や扉の頑丈な造りを見ても、中のワインの貴重さが伝わってくるようです。

 

館を一周した後は、テラスを利用したカフェでティータイムと洒落こみます。今度は本物のメイドさんのご登場!

執事さん同様にこの家にずっとお仕えしているらしいご年配のメイドさんは、制服をまるで体の一部のように、ごくごく自然に着こなしていました。コスプレなどとは次元の違う、例えるなら”夏祭りの夜だけ浴衣を着た女の子”と”茶道の先生”の着物の着こなしの差、みたいなものを感じました。さすがに板についています。

庭にはさまざまな彫刻が置かれていましたが、こちらもやはりコレクションが多すぎて飾る場所がないのか、密度が高め。もし彫刻に自我があったら、パーソナルスペースに関して小言を言いそうです。そんな庭を眺めながら、小さなケーキがいくつか載ったプレートと紅茶を頂きました。

 

メイドさんは母屋のキッチンをフルに活用してスイーツを手作りし、給仕のスタッフに指示を飛ばしているかと思えば、館内をさりげなく巡回し、またいつの間にか門の横の小屋で入場券を販売していたり。本当は二人くらいいるのではないかと思うくらい、あちこちで見かけました。

リュックを持て余した客(つまり私ですが)にも目ざとく気がつき、「良かったらこちらでお預かりしましょうか?」と声をかけて下さるあたり、目配りが行き届いていることに驚きます。

館内を見終わった後でリュックを探したら、庭の休憩スペースのベンチに置いてありました。よく見ると、サテンの白いナプキンがそっとかけてあります。リュックが目立たないようにでしょうか。そのご丁寧な気遣いに脱帽しました。

 

洋館を公開して観光地化しているところでは、その洋館の持つ歴史を「展示」という形で見せるにとどまるところが多いですが、ここでは思いがけず、長年この館に関わってきた使用人の方を通して往時の様子が想像できて面白かったです。

これまで函館、長崎、神戸と古い洋館の残る街を巡ってきましたが、最後はやはり……横浜でしょうか。

近いし、いつでも行けるからと後回しにしてきましたが、横浜の洋館も今度じっくり見て回りたいと思います。

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柿の葉寿司

あっという間に青葉の季節となりました。例年、この時期は春愁にとらわれがちで、それもまた春の風情の内だと思っていたのですが、なんだか今年はセンチメンタルに浸るひまもなく、気がついたらもう辺りは初夏の景色でした。

 

この時期は、野山も庭もどんどんと様変わりしていきます。ちょっと前まで、ペリドットのようにつややかな黄緑色した、初々しい若芽を吹かせていた柿の木も、もう立派な若葉をつけています。まだ夏の葉に比べると厚みが薄くてしなやかな葉ですが、大きさはもう一人前に近くなってきました。

柿の葉がこんなふうになってくると作りたくなるのが、柿の葉寿司です。「そうそう、これを待っていたのよね!」と、ご機嫌になって若葉を摘みます。

 

柿の葉寿司にはたくさんの柿の葉を使いますが、せっかくなので剪定を兼ねて、内向きの枝や、枝が混みあった部分についた葉を活用します。何十枚もの葉を集め、洗って拭けば、葉の用意は終わり。

ご飯は堅めに炊いて、お酒をかけて蒸らします(酢飯にはしません)。参考にしている檀晴子さんのレシピでは中塩の荒巻鮭をネタに使っていますが、うちではしめさばやスモークサーモンなどを薄切りにしたもので手軽に作っています。

 

ご飯が冷めたら、手水の代わりに酒を使い、塩をすこしつけて、握り寿司より少し大きめに握ります。そこに魚をのせて柿の葉でくるりと包み、桶に詰めていきます。寿司の下にも上にも柿の葉を敷き詰め、上から板などをのせて平らに押さえて、重しをして半日以上おきます。

2日くらいもつようですが、食べごろは翌日でしょうか。葉は食べませんが、お寿司には柿の葉の青い香りがほのかにうつり、味も香りもよく馴染んでいて美味しいです。

 

このお寿司は、あえて柿の照葉で作るのもオツなのだそうですが、うちではもっぱら初夏の味覚となっています。春一番にふきのとうなどの山菜を食べる時の、体が春を感じて目覚めるようなあの感覚に近いでしょうか。

強くなってきた日差しに向かって生き生きと伸びていく柿の葉で包まれたこのお寿司を頬張ると、体の中から青さが立ち、この時期の草木が持つ力強さを分けてもらえるような気がします。初夏の恵みに感謝です。

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旅日記~洋館巡り2~

次に向かった、「洋館長屋」と呼ばれている建物は2軒の家が左右対称につながって建てられていて、もとは外国人向けのアパルトマンだったそうです。アールデコ調の部屋があったり、アールヌーボーのガラス工芸のコレクションがあったりと、どうやらここはフランス風がテーマのよう。

 

のんびりアンティークを眺めて回っていたら、なぜか唐突にフランス映画『アメリ』の主人公アメリの部屋が再現されていました。一目見て既視感を覚え、それから赤を基調にした壁紙とおしゃれなベッド、壁にかかったミヒャエル・ゾーヴァのシュールな絵、大きなノームの人形、電気スタンドの根元の人形(これもゾーヴァ作)まで見回して、やはりアメリの部屋だと確信。何の解説もなく、時代も新しいものなので驚きました。

 

主人公アメリは人と関わるのを恐れて、現実世界に自分の空想を混ぜた独特の世界に閉じこもって生きてきた女性で、その世界ではゾーヴァの作品のキャラクターたちは動いたり、ものを言ったりして、現実の人間よりも親しい存在として描かれます。ゾーヴァはこの映画で一気に知名度が上がり、たしか私が高校生の頃だと思いますが、東京でも展覧会が開かれたので行きました。シュールで風刺が効いたモチーフを無機質に淡々と描いていて、そのギャップがまたおかしいというような絵がたくさんありました。

 

そんな事を考えながら隣の部屋に進むと、なんと次はゾーヴァの世界でした。ということは今度はドイツ?フランス風はうっちゃっていいのだろうかとも思いましたが、アメリからのつながりなのでまったく関連がないわけではありません。

インテリアは、ゾーヴァ独特のくすんだ色合い、中でも特によく使われている灰色がかった緑色が基調となっています。無味乾燥な印象のおじさんがぼうっと虚ろに座っている窓の外には、ペンギンが空を飛んでいるという珍事が起きていて、テーブルの上ではスープの中でブタが水浴し、ちいさなちいさな王様が癇癪を起こしてコーヒーに角砂糖を投げ込んでいました。わお!

 

いくつもの絵本の場面を詰め込んだ面白い部屋になっていましたが、「この部屋は何だろうね」と訝しげに通っていく人も多く、まあ、誰もが知っているような絵本ではないものね、と思いながら他の部屋も見ていき、出入り口の窓口に詰めている女性に「2階はアメリの部屋とミヒャエル・ゾーヴァの部屋なんですね。ゾーヴァつながりで展開しているのが面白かったです。」と話しかけると、短い沈黙の後、「えっ!!あれがわかったんですかっ?!」と勢い込んで訊き返されて、こちらが驚きました。

なんでも、デザイナーさんの発案であの部屋を作ってみたものの、アメリに気づくお客さんはたまにいても、ゾーヴァはわかってもらえないのだそう。「ここにいらして、ミヒャエル・ゾーヴァとおっしゃったお客様は、私が把握している限りいませんよ。他の係りの者にも聞いていません」とまで言われてしまいました。そのデザイナーさんに親しみを感じる一方、わかってもらえないのは私も残念です。

アメリのブームが去って久しいとはいえ、そんなものでしょうか。映画の曲を流せばもっと多くの人がアメリの部屋だと気づくでしょうし、そこでもゾーヴァをぜひ紹介してほしいものです。そして次の部屋には作品の解説や手に取れるようにした絵本などを置いたら、きっとゾーヴァを知らない人でも楽しめるはず。ゾーヴァ好きとしては、少々惜しい気がしました。

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旅日記~洋館巡り~

【今回のお話はシャーロック・ホームズのネタバレを多少含みます。『まだらのひも』を未読で、ネタバレは困るという方はお読みにならない方がよろしいかと存じます。】

 

実は今回の旅で一番楽しみにしていたのは、洋館巡りでした。神戸は外国との窓口であったため、古い洋館がたくさん残されているのです。函館でも長崎でも洋館巡りを楽しみましたが、洋館好きとしては、ここ神戸も見逃せません。

洋館が集中している観光地・北野に着き、案内所へ。ここでは思い切って、主要な洋館を8館見学できるパスを購入し、また個別に入館料を取っているところも含めると、2日間で13もの洋館を巡ることとなりました。行ったところ全部のご紹介は出来ないので、印象的だったところに絞って書きたいと思います。

 

洋館とひと口に言っても建物の様式も資材もさまざまです。コロニアル様式があれば、フランス風やチューダー風のデザインもあり、ひとつひとつの建築がどれも異なります。内部も、その洋館の歴史に合わせた展示になっていたり、ゆかりのある国をテーマにインテリアを統一したりなどしていて面白いです。

 

まずは、テーマ展示が面白かった英國館という洋館について。パンフレットによると『明治の建築当時をそのままに保存されているコロニアル様式』だそうで、窓が多くて明るい作りの白い家でした。ここの2階は、なんとシャーロック・ホームズをテーマにした展示となっているのです。

気分も大事ということか、コート掛けにはインバネスコートとおそろいの帽子が色違いでいくつも用意されていて、それを身に着けて探偵気分で館内を見学できるようになっています。私も、古き良きイギリスらしい、茶色のチェック模様のものを手に取りました。実際に着てみるといかにも”探偵”すぎて、こそばゆい代物でした。でも、知人に会うことはまずないだろう観光客の身、たまにはこんなのも悪くないはずだとあえて着ていくことに。

 

2階に上がるとすぐに『ホームズの七つ道具』が展示ケースに飾られています。「そうそう、こんなのあったな」と思いながら次へ向かおうとすると、脇の壁には開かないドアが作りつけられており、『221b』と書いてあります。シャーロック・ホームズの熱心なマニアをシャーロキアンと言いますが、そこまで詳しくない私でも「出たな!」と叫びたくなるくらいには知っている、ホームズとワトソンの下宿の住所です。横には呼び鈴があり、押すと音声が流れます。音がくぐもっていてよく聞こえませんが、英語であのお決まりの台詞、「ワトソン君、どうやら誰か来たようだ」と言っているようでした。

 

メインの部屋に入ると、そこには下宿の内部が忠実に再現されていました。重厚な家具と赤い壁紙のその部屋は隅々まで物がいっぱい。その中に二人の等身大の人形がいるのですが、何か思案気に座っているホームズと、食卓近くに立って何か飲み物(たぶんホームズの分まで)の支度でもしようとしているようなワトソンとに、なんだか二人の関係性が見えるような……。

物は棚やテーブルに置き切れず、暖炉の上まで散らかっているものの、彼らなりの秩序はありそうです。よく見ると七つ道具があったり、趣味の科学実験のためのスペースがあったりします。けれども物騒なものも平気で置かれていたりして、検証のためには辺りかまわずナイフや銃を試したりするホームズの奇矯な性格が思い出されます。

 

ワトソン自身も軍医として戦地から帰り、鬱病気味という設定ですが、切れ者ながら時に理解しがたいほど奇抜なふるまいをするホームズとの暮しは怖くなかったのでしょうか。かくいうワトソンも、もともと好奇心旺盛な性格なうえ、学者としての冷静な目で記録をつけたりしていますから、時に振り回されるのも楽しんでいた節があります。

ホームズがもたらす迷惑や恐怖よりも、ホームズ自身や事件への興味が勝ったのでしょうか?原作を読み返して、確かめたくなりました。

 

さて、映画のセットかのようなこの部屋は、「日本シャーロック・ホームズ・クラブ」の協力を得て、シリーズ20作目『マスグレイブ家の儀式書』の描写に基づいて再現されたものだそうで、本家イギリスの団体の監修も入っているとか。細部へのものすごいこだわりようにびっくりします。まさに、マニアの情熱。

ミステリ好きの私も、ホームズのシリーズは子供の頃読んだきりのものもあれば、おそらく未読のものもあるはずで、シャーロキアンとはとても言えません。シャーロキアンの方たちがせっせと仕掛けてくれたもの、できれば全部理解してその情熱に応えたいと思いつつも、私にわかるだろうかと少し心配でした。

 

でもそれは杞憂で、私でもわかるくらいの仕掛けばかり!わかりにくいものには小さく解説もついていました。

寝室のベッドのそばにはわざわざ換気口が作りつけられ、へびのぬいぐるみが顔を出しています。「あっ!これは!」と一気にテンションが上がりました。すぐ横には、どこにもつながっていない呼び鈴まで再現されています。

うきうきと見上げている私の後ろを、インスタ映えしそうな撮影スポット探しにしか興味がない若い女性の一団が通り過ぎていきます。どこに行っても、インスタ映えという価値観以外でものを見られないとは、つまらない。人生の評価を他人に求めて、今この時の自分がおろそかになっているなんて、ひどく勿体ないことしてるなぁと呆れつつ見送りました。

 

でも、私は私。多少はホームズに親しむ者として、他の仕掛けもぜひ楽しみたい。

他には『赤毛同盟』で赤毛の男が通った建物のドアがあったり、天井近くの小窓には『黄色い顔の男』の顔がぼんやりと浮かびあがっていたりなどの仕掛けを見つけました。

もっと見たかったので、「もういっそ、家を丸ごとホームズの世界にしてくれても良かったのに!」とも思いましたが、大掛かりなものは難しくても、わかる人が気づいてくれればと必死に考案してくれただろう仕掛け人たちの熱意が感じられ、館の一部のみにも関わらず、濃い展示でした。

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旅日記~神戸~

北野にある、洋館を活かしたスターバックス・コーヒー。
北野にある、洋館を活かしたスターバックス・コーヒー。

お正月の記事を優先したのでお話が前後しますが。12月に神戸へ行ってきました!

春からずっと「旅をしたい」と言いながらも実現できず、11月になって「はっ、無理にでも行かないと今年が終わってしまう!」と焦り、とうとう宿と飛行機の手配をしたのでした。

 

今回も、前日の深夜に準備をし、早朝に羽田へ向かうというスケジュールになりました。しかも今回は始発電車で行かないと間に合わない時間です。

冬の4時台起床はつらいものがありますが、なんとか起きだして支度をします。さすがに朝ごはんは食べられませんが、ミルクティーを少し飲んだら、ぼんやりしていたピントが急に合ったように世界がくっきりと認識され始めました。

寝た気がしないのに動き回らなければならないこんな時でも、いつものように私を元気づけてくれるのは、やはり一杯の濃い紅茶!しゃきっと目が覚めた私は、しっかりとマフラーを巻いてまだ真っ暗な夜の中へと歩き出し、始発電車にも無事に乗りこみました。

 

そうして着いた久々の羽田空港ですが、楽しむ余裕もなく大急ぎで保安検査を受けて搭乗ゲートへ。タイトスケジュールなのはわかっていたのでドキドキしましたが、なんとか飛行機に間に合い、ほっとしました。

いつも思うのですが、飛行機だと本当にあっという間に目的地に着いてしまい、とても便利だけれど、旅情や旅の実感などが損なわれているような…。本当は新幹線くらいまでが旅に適した移動の速度なのかもしれません。とはいえ、窓から空や雲、はるか下の大地などを眺めるのはわくわくして本当に飽きないし、飛行機自体は大好きです。

 

 

一時間と少しで大阪に着き、そこからは電車で神戸市街へ向かいます。数年ぶりに降り立った大阪の街は、ざわざわと賑やかで活気があります。すれ違う人の雰囲気も東京より原色っぽくてパワフルで、大阪に来たと実感しました。

「そうそう、こんな雰囲気の土地だったな」と思い出しながら歩いていると、なんとなく自分だけ浮いているような気がしてきます。そして本当に浮いていることに気が付いたのは、エスカレーターの左側に立ってしまい、後ろから上ってきた人が私を避けたときでした。関東と関西でエスカレーターの追い越す側が違うことは知っているのに、関西に来るとつい何度かは反対に立ってしまいます。そして関西のマナーに慣れたころ、また関東へ帰ることになるのです。

 

乗り換えを何度かしてようやく神戸の街に着きました。

神戸の街は明るいグレーとベージュのすっきりとした建物が多い印象で、ビルの間にところどころ古びた西洋風の建物が残る町並みは、近代的ながらもどこかレトロな雰囲気。東京都心はやっきになって「現代」か「近未来」を志向している印象ですが、この町はあまり近未来に興味がなさそうで、それよりはむしろ、海外に開かれた港町であるという歴史に誇りを持っているように見えます。以前行った長崎でもそんな印象を受けましたが、長崎の方がおおらかで南洋の雰囲気があり、神戸の方が西洋的で都会風、そして横浜はさらに現代的、といったところでしょうか。

異文化が早く入った港町の、歴史や文化があって和洋折衷とりどりのところに興味があり、ここ数年は函館や長崎などを旅先に選んできました。旅をしてひとつひとつの街を知るのもいいですが、似た街にいくつも行くと、それぞれの街を比較できるという面白さがあります。

 

 

いつも、着いた日はまず歩き回って街を把握することにしているので、荷物を預けて身軽になるとすぐ、ぶらぶらと歩きだしました。そのうちビルの間を歩いていて海など見えなくても、強まっていく海風のおかげで自分が港に近づいているのがわかってきました。風はびゅうびゅうと吹き荒れて寒いほどでしたが、スマートフォンのナビなどでなく、あてにするのは標識くらい。少しくらい迷ったり無駄足を踏んだりして時間を食っても構わず、ただ目先の興味に身をまかせ、あとは風を体で感じてあたりをつけながら進むというのは、なんだかいい気分。

眺めが良さそうなところを探したり、目についた見慣れない植物を確かめに行ったりしながら、知らない街を気ままに歩き回っていると、周囲の情報がどんどん自分の中に入ってきます。

 

たとえば、この街のファッションは全体的に上品で、女性は自然な髪色のロングが多いこと。大阪はもっと主張が強くてジャンクな感じの若者が多かったですし、東京の黒やグレーを基調としたモノトーンで都会的な感じともまた違います。

モノトーンでも明るいグレーやベージュが多くて、都会的でおすましているけどどこかレトロな雰囲気があって……。「!これは町並みの印象とも重なるのでは?」と、ハッとしました。

街とそこに住む人との間にはお互いに作用しあう影響があり、それが街の雰囲気や特色、ひいては文化を作っていくのだろうと思うと感慨深いものがあります。もしかしたら、自分に合った街に住むことは非常に重要なことなのかもしれません。

 

 

また、歩いているとパン屋さんの多さに気がつきました。ヴェネツィア本島におけるお菓子屋さんほど頻繁ではありませんが、神戸の街を歩いているとパン屋さんをよく目にします。一軒一軒は小さい店舗が多いですが数は多く、にぎわっている様子。「美味しいのかな?」と横目で見ながら通り過ぎ、しばらく歩くとまた一軒見つける、という具合。

そういえばいくつもの全国チェーンのパン屋さんが、第一号店や本社を神戸に置いていますし、昔ながらの洋食屋さんを謳う店もたくさんあります。それも、港町だったおかげでいち早く西洋料理が伝わった結果なのでしょう。

 

そんなことを考えながら行き当たりばったりに歩き回っていると、普段の自分がいる世界が、外から入ってくる刺激に塗りつぶされてどんどん遠のいていきます。

知らない土地に潜り込む感覚。何者でもなくなって、ただの旅人になる感覚。知らないものを見たいという好奇心。

「そうそう、旅ってこうだった。こうなりたくて来たんだったわ」と嬉しくなります。

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年賀状づくり

年賀状づくりは毎年大変な作業です。今回もクリスマス頃になってバタバタと支度する破目になりましたが、無事に仕上がりました。

 

この干支ひと回り(12年)は、年賀状のモチーフを小説や昔話から採取するという縛りをかけていました。思えば、簡単にいくつもアイディアが浮かぶ年もあれば、ネタがなくて大変な年も。

 

さて、今年の干支は亥。日本ではイノシシですが、本場の中国ではブタを意味するのだそうです。ブタは金運をアップしてくれる縁起のいい動物なんだとか。

そういえば西遊記の猪八戒もブタの妖怪でしたっけ。近年の年賀状ではブタのイラストもちらほら見受けられますし、イノシシの出てくる童話や伝説はあまりない(ギリシャ神話などにありますが、マイナーすぎて誰にもわかってもらえなそう)なので、今年はブタにしました。

 

というわけで、トリを飾るは『3びきのこぶた』です。他の兄弟たちが作ったわらの家も木の家もオオカミに簡単に壊されてしまいましたが、最後に残った煉瓦の家はオオカミの侵入を許さなかったという場面です。せっかくならおしゃれな家を建てたいと思い、家のデザインに凝りました。階段を設けたり破風に飾りをつけたりするのは楽しかったし、調子に乗って、風見鶏ならぬ風見豚(?)や郵便ポスト(長く住むつもりなのでしょう)までつけてしまいました。ドアには蹄鉄(ヨーロッパで昔よく使われた魔除け)まで!

 

ブタたちの「ふふん、どんなもんだい!」な顔に対して、煉瓦に歯が立たずすっかりしょげているオオカミのなさけなさ。垂れた耳や尻尾からしょんぼりしているのが伝わるでしょうか。オオカミ好きの私としては、オオカミがかわいそうになってもきてしまうのですが、ここで精悍なオオカミを描いてしまうと今年の主役たちの身が危うく見えてしまうので、今回はかのオオカミもこんな姿です。「ごめん!いつかかっこよく描いてあげるから今回は許してね」と念じながら版を彫りました。

 

 

ついでにおせちの写真も載せておきます。うちのおせちは手作りと決まっていますが、今年は人数も少ないので少し手を抜かせてもらいました。

 

作ったのは、鏡餅(上に庭の柚子をのせて)、お雑煮(小松菜、鶏肉、三つ葉でシンプルに)、お汁粉、煮しめ、紅白なます(酢の代わりに庭のスダチで)、伊達巻(はんぺんを使って手軽に)、黒豆、栗きんとん、煮豚(五香粉を使った中華風)のみ。菊花蕪はちょうどいい小ぶりの蕪がなかったので作らず、他にもいくつか割愛。

これにかまぼこと昆布巻を買っただけなので、市販のおせちより品数は少なめかもしれませんが、この時とばかり出してきた重箱に詰めてみたら、ちゃんとお正月の顔をしてくれました。

欲を言えば、緑色のものを入れればもっと彩りが良かったでしょうか。絹さやがないのが敗因か…。せめて盛り付けに葉ランか南天でも使うべきだったかもしれません。

 

写真の伊万里のお皿、右上の酒器(?)は骨董市の戦利品です。伊万里のお皿はたしか大学生の頃に買ったと思います。大正か昭和初期くらいのものでしょうか。年代物の古伊万里のような貫禄と繊細さはありませんが、むしろ少しアールデコっぽい、モダンできっぱりとした雰囲気と色づかいがとても気に入っています。ご馳走の時にはもってこいの一品です。

酒器の方はどこの焼き物かもよくわからないのですが、形が面白く、かわいらしいけれど甘すぎず、端正なのにどこかひょうひょうとしているところが気に入っています。湯飲みとして使うこともありますし、少量の珍味などを入れても良さそうです。

赤い漆器の汁椀と煮物椀も骨董ですが、こちらは普段から使っています。漆器は使った方が艶が出て色も深くなり、手にもよくなじんでいくのがいいところ。これからもどんどん使っていきたいものです。今年の骨董市も楽しみ!

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謹賀新年

このあと、雲に空いた穴から初日の出が見え、すぐまた隠れてしまった
このあと、雲に空いた穴から初日の出が見え、すぐまた隠れてしまった

 明けましておめでとうございます。

 この一年が佳い年となりますよう、心からお祈り申し上げます。

 

去年の個展の後、ずいぶんスケジュールが押してしまい、結局ブログも更新できないまま新年を迎えてしまいました。その間にあった出来事いろいろは、今後少しずつブログで紹介していきます。また、今年こそはもっとマメに更新していきますので、どうぞ宜しくお付き合いのほどを。

 

さて、皆様は元旦をいかがお過ごしでしょうか。

私は今朝、成田空港のすぐそばにある、航空科学博物館へ初日の出を見に行ってきました。私は初めて行きましたが、元旦は展望台から初日の出と初着陸の飛行機を見るというのが、この博物館の恒例イベントなのだそう。元旦だけは朝の5時オープンとのこと。私は最近、飛行機に少し興味を持ったところで、ちょっと調べ物をしている時にたまたまこのイベントを知り、行ってみることに。調べると日の出は6時半くらいだったので、その少し前に着くように出発しようと決めました。

朝5時に起きて支度し、コートにブーツ、手袋、耳あて付き帽子までかぶり、「いざ出発!」と思ったら、なんとフロントガラスに霜がびっしり!

このところ冬の朝に運転する機会がなかったので、霜のことをすっかり忘れていましたが、これでは走れません。きらきらと光る霜の模様は綺麗で、つい観察を始めたくなりましたが、そんなことをしていては確実に初日の出を逃すので、あわててぬるま湯を用意しに部屋に戻りました。なんとか霜を溶かして、車を出します。この時点ですでに予定時間を少しオーバー。初日の出に間に合うでしょうか。

 

霜は溶けても、今日の最低気温はマイナス5度、また凍ろうとするのを暖房で溶かしながら進みます。車の中も冷え切っていてなかなか温まりません。それでも、こうして人気のない真っ暗な街を車で走っていると、なんだか非日常の感じがして冒険心をそそられます。大人になって良かった、運転免許も取って良かった、と思うのはこういう時です。おかげでこうして、ちょっとした冒険ができるのですから。

そういえば、まだ免許を取りたての頃、ある夜突然、無性に夜の海が見たくなったことがありました。「今から行ってしまおうか」とさえ思ったのに、その時は一時間半くらいの距離があまりに遠く、夜の運転も怖くてとても一人でその冒険には出かけられませんでした。どうしてだか湧いてきた「夜の海が見たい」という気持ちを、そのときの私は大事にしたかったのに、あきらめなければならないことが切なかった記憶があります。別に最近は夜の海に飛んでいきたくないけれど、もし同じ気持ちになっても、今ならきっと叶えてあげられるなと思うと、少しばかり胸を張りたい気分になります。

 

成田市街は新勝寺もあるので混んでいるかもと思いましたが、すんなりと通り越し、空港方面へ。だんだん道路が太く、近代的になってきました。飛んでいる飛行機が大きくて、空港に近づいてきた実感が湧いてきます。空が白んできたので焦りますが、運転だけは冷静に。空港を過ぎて少し行き、博物館に着く頃、ちょうど日の出の時間となりました。駐車場はもうほとんどいっぱい。展望台にも人だかりができているのが見えます。こんなに人が集まるイベントだったとは。

 

展望台に到着。日の出の時間は過ぎたのに、太陽はまだ顔を出しません。上空は晴れ渡っているのに、地平線近くに山脈のような雲が広がっていて、その雲に隠れてしまっているのです。おかげで間に合ったものの、ここからが長く、30分以上も待ちました。太陽が高度を上げるのと同じくらいのペースで雲も成長してしまい、太陽が見えないのです。

遅い太陽を待ちながら、空を眺めます。5日目くらいの月を反転させた形の月がまだくっきりと浮かび、星もちらほら見える中に、さらに光の点が見えてきます。だんだんと近づいてきて、機影だとわかるくらいになると、カメラを構える人がちらほら出てきて、もっと近づいてくると大半の人が写真を撮ります。せっかく近づいても、他の滑走路に行ってしまう飛行機もありますが、博物館のすぐ隣の滑走路にも2機の着陸がありました。

 

群衆に向かって、おしくらまんじゅうの参加者を募りたくなるような寒さの中、さらに待ちます。こんなに人がいるけれど、本当に飛行機好きの人はそこまで多くないのではないかと思っていましたが、だんだんとそうでもなさそうに思えてきました。右隣のカップルは、スマートフォンでフライト情報を調べて「シンガポール航空の後はしばらく来ないよ」と確認しています。前にいるおじいさんは、ようやく飛行機らしいとしかわからない大きさの機影を観察して、「あれはジャンボだな」と孫に教えているし、左隣の高校生くらいの男の子はなんだかすごく工学オタクっぽい雰囲気をしている……。うん、このあたりでは私が一番素人かも。やたら詳しそうなおじいさんの話はこちらにはほとんど聞こえないし、口数も多くないけれど、水を向ければいくらでもうんちくが出てくるタイプと見ました。飽きたし寒いしで建物に戻りたがっているお孫さんの代わりに、いっそ私に聞かせてほしいと思いながら、もう少し待ちます。

 

更に何機も見送った後ようやく太陽の光が差してきて、観衆がちょっと沸いたものの、太陽は厚い雲に窓のように空いた穴からしばらく覗いただけで、また雲隠れ。「え、これって初日の出って言えるの?」という困惑があたりに漂います。これで初日の出を見たことにしようか、それともちゃんと顔を全部出すまで待つべきか。ざわざわと相談して迷う声が聞こえる中で、私はもうこれで十分と判断して屋内に戻りました。

博物館はちょうどリニューアルのため工事中で、見られないエリアも多かったですが、引退した小型飛行機の実物が置いてある庭はなかなか壮観。実際にコックピットに座れる飛行機やヘリコプターもあり、小さい子たちが大はしゃぎ。学生の訓練用のもの、朝日新聞の取材に使われたもの、救助に使われたもの、個人所有のもの(大変うらやましい!)など、十数機はあるでしょうか。

私も小型機に入ってみました。昔の飛行機はコックピットもアナログな感じがして親しみが持てます。古びたレバーの感触もなんだか面白い。でも車と同じく、窓には霜がびっちりとついて真っ白、視界はすこぶる悪く、飛べそうな気分にはなれませんでした。残念!

 

もう日が高く昇り、霜の心配もなくなった車を運転して、帰途へ。運転中も車の窓から次々に飛行機が行き来するのが見え、またどこかへ旅に出かけたくなりました。いつも羽田からの方が安いから羽田ばかりだけど、たまには成田から国内線に乗ってみたくなります。

家に帰って、お雑煮を作って食べると、ようやく体が温まりました。冒険を終えて帰ってきたという満足感も、じんわりと心を温めてくれるよう。

振り返ってみると、去年は結局一度しか旅をしていないし、外出さえも少なかったな……。

ならば、今年は旅に出たり、こんなちょっとした遠出をしたり、あるいはいつも読まない分野の本を読んで”知の冒険”をするのでもいい。なんでもいいから、そのときの自分の気持ちを大事に、なるべく冒険をして自分の世界を広げ、感性を刺激できたらいいなと思いました。

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個展が終了いたしました

個展が無事に終了いたしました。今回の個展は4日という短い期間でしたが、思っていたよりも多くの方に来ていただくことが出来ました。心配だったお天気も、少し小雨が降った日があったくらいで、台風などもなくて良かったです。

 

会場は照明が暗めで、しかも逆光にならないように自然光を取り入れるのが難しく、少々苦戦しましたが、スポットライトやスタンドライト、行灯などを追加するなど工夫して、だんだんと見やすくなりました。

 

植物画は飾ってみてから気が付いたのですが、ミョウガ、チェリー、イチジク、カキ、クリ、ヤマモモなど食べられるものが多かったようです。作者の食い意地が表れている(?)というのもあるかもしれませんが、野菜や果物などを描いた絵は見ているだけで豊かな気持ちになるので、私は描くのも鑑賞するのも好きです。日本画の果物の小品シリーズも、眺めて豊かな気持ちになれるような絵を目指して描いたつもりです。

 

日本画というものに馴染みのない方もいらっしゃるので、今回は富士山や桜などのいかにも日本的でわかりやすい日本画も数点出品しました。(日医大近くにある日本料理のお店『花の家(はなのや)』さんにも同じ絵が飾ってありますので、もし機会がありましたらご覧ください)

月の絵は明恵上人の歌から浮かんだイメージを描いたもので、下にススキをあしらって展示してみました。文学であれ絵であれ、私は月が出てくるものが大好きで、もっと極めてみたいモチーフのひとつでもあります。今後もきっと月を描いた作品が登場するのでお楽しみに!

 

水面と花筏を描いた日本画『波紋』は、以前別の場所でも展示したのですが、壁も床も天井も真っ白いギャラリーで鑑賞するのと、自然光がメインの和室で鑑賞するのではまったく印象が異なるということがわかりました。両方の会場でご覧になった方々からは「本当に同じ絵?それとも描き足した?」などと訊かれるほど。どうやら、和室の方がしっとりとなじみ、水が透き通って見えたり、水が揺らいでいるように感じられるようです。

日本画ならすべて和室がいいというわけではないでしょうが、この絵は本当にぴったりでした。こういうことは実際に飾ってみないとわからないことで……いい勉強になります。

 

 

展示作品の中から何点か、お買い上げいただけることになった作品もありました。どの作品もひとつひとつ心を込め、時間もかけて描きあげていったものであるだけに思い入れも強く、少しさみしさも感じます。でもその絵をどなたかが気に入ってご自宅に飾りたいとまで思って下さるということが本当に嬉しく、別れを惜しみつつも、ワクワクとしながらお届けの準備をしています。その絵がお届け先のお宅でどなたかの目を楽しませたり、お部屋の素敵な装飾になっているところを想像しつつ…。

 

今回の個展も多くの方々にお越しいただき、さまざまなご意見やご感想を頂戴することが出来ました。ひとりで描いているだけではやはり視野が狭くなってしまうので、こういった機会に成果や成長を見ていただけるのはとても有難いことだと思っております。これを励みに今後も頑張って描いていきたいと思いますので、温かく見守っていただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。

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搬入してきました!

本日、個展の搬入をしてきました。

この会場は初めてなので、配置してみないとわからないことも多かったのですが、考えていたよりも多くの絵を飾ることができました!

植物画18枚と日本画8枚を用意していきましたが、開始までに日本画の小品をもう数枚追加することに。

 

また、前のお知らせでは書きそびれましたが、お食事はせずに展示だけをご覧いただくこともOKだそうです。(とはいえお食事も美味しいので、もしお時間が合えばぜひ♪)

 

4日間という短い展示ですが、多くの人にお楽しみいただけますよう、頑張ります!ご感想などもぜひお聞かせください。

 

 

(日本画や植物画、ポストカードは販売もしております。もしお気に召した作品がありましたらお気軽にお声掛けください。)

 

 

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個展のお知らせ

10月に個展を開催いたします。

 

 

小林奈々 絵画展

 

日時:2018年10月16日(火)~19日(金)

   11:00~15:00、170022001517時は店舗休憩中のため)

                     ※最終日は15:00まで

 

 

場所:さわ田茶家(さわだちゃや)   276-0044 千葉県八千代市萱田町595

          

                  TEL047-486-3311  

                  http://www.sawada-chaya.jp

 

「さわ田茶家」は、八千代市役所のすぐ近くにあるお蕎麦屋さんです。ホームページによりますと店舗は、戦後初代首相の東久邇宮稔彦殿下が昭和初期に市川真間に建てられた別邸を譲り受けて移築したものだそうで、入母屋造りの立派な外観をしています。内部も手のかかった重厚な造りで、太い梁や黒光りする床に歴史を感じます。

地域で活動する作家やアーティストを応援したいとお考えの店主のご協力により、お店では音楽やダンスのショー、展示会などのイベントが開かれていて、この地域のさまざまなジャンルのアーティストたちの集まりである『アート・フレンドリー・クラブ』の拠点ともなっています。(ちなみに私も、メンバーのひとりにお誘いいただき、今年初めて会員になりました。)

 

私が今回お借りするスペースはお店の2階の和室です。ギャラリー用のお部屋ではないのですが、床の間や違い棚にも好きに絵を飾って良いとのことで、かえって恐縮してしまいます。

和室に至る階段脇の壁などにも絵をかけられるので、日本画の大作を2~3点と、もう少し小さい絵を数枚、それから植物画を20点くらいは飾れそうです。

 

お店のご都合もあり、展示期間は火曜から金曜までの4日間となりました。15時から17時までは休憩時間となっていますのでお気をつけください。また最終日は15時までとなっております。私は毎日、11時から15時まで会場にいる予定です。

もちろんお蕎麦も美味しいので、ご都合がよろしければ、お昼ご飯のお時間にいらっしゃるのもおすすめです。

 

何をどう飾ろうか頭を悩ませたり、チラシを作ったり、まだ仕上がっていない絵を描いたり…。展示をかたちにしてゆくのは大変ですが、小さくても充実した展示になるよう、頑張りたいと思います!

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残暑お見舞い申し上げます

まだまだ蝉の声がにぎやかな今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。

 

この夏は、6月中の梅雨明けから始まり、耐えがたい猛暑が続いたと思えば、なんと季節外れに台風が来て、しかも進路を東から西へと取ったり……何かと『観測史上初』が多い、妙な夏となりました。

西日本の豪雨による災害も非常に衝撃的なニュースでした。まだ避難中の方も大勢いらっしゃいますが、一日でも早く復興が進むよう願っております。

 

世界中で異常気象が起こり、右往左往する人々の様子が報道されるのを目にすると「人類は、この先生き延びられるのだろうか」と心配にもなります。そろそろ私たちは、地球という星のことを真剣に考えるべき時期に来ているのでしょう。ナショナルジオグラフィック誌の記事などを読むと、もうすでに待ったなしの状態にあるということをひしひしと感じます。

私も、できることから少しずつ、地球にやさしいことをしているつもりですが、「まだできることがあるはず」とさらに気を引き締めて参りたいと思います。

 

さて、シリアスな話は少し置いておいて。

前に作った涼し気なお菓子の写真が出てきたので、載せておきます。夏にふさわしい、涼やかで美しいケーキはその名もずばり『ラ・メール』。『海』という意味です。

渡辺みなみさんがピナ・コラーダというトロピカルなカクテルをイメージして作ったというケーキで、ビスキュイ(スポンジ)の上に、パイナップルジュースやココナッツミルクを使ったムースを流して固め、生クリームを塗り、碧いゼリーを飾って仕上げます。このゼリーはなんと、固める前に4つに分けてそれぞれ青さが異なるようにブルーキュラソーを入れるという凝りようで、ケーキは美しい碧のグラデーションで彩られて完成するのです。

 

とても美しくて夏らしくて美味しくて、食べてしまうのが惜しいくらいのケーキですが、手がかかるので一度作るとしばらく作る気分になれません(笑)

家族の誕生日に合わせて、夏に一度だけ作る特別なケーキということになりました。

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コンサートのチラシ制作

原画。写真ではくすんでいますが、空はもっとさわやかな色合いです。
原画。写真ではくすんでいますが、空はもっとさわやかな色合いです。

コンサートのチラシ(兼プログラム)の背景を描かせていただきました。

 

ヴァイオリンとヴィオラのデュオという珍しい編成でのコンサートと聞いて、ヴァイオリンとヴィオラを画面の両端に配置する構図がぱっと思い浮かびました。やわらかで瑞々しいイラストにしたかったので、画材は水彩絵具にしました。

楽器はアンティークに見えるよう、木がすり減っているように描いたり、木目を描写するのも楽しかったです。

 

背景は空だけにしようかとはじめは思いましたが、せっかく海外から演奏者をお招きするのですから、ヨーロッパの風を吹かせたくなりました。

かといって、古城ではやりすぎですし、特定の街にしてしまうと見る人(今回は聴く人でもあります)のイメージが固定されてしまいます。

そこで画面の下の方には、どこというわけでもない、ヨーロッパの田舎をイメージしたイラストを入れることに。写真集や洋書からアイディアをもらいながら、森や街道、ラベンダーなどの花畑、石垣と放牧地などを好きなように構成して描き入れていきます。(羊の数が7匹なのはちょっとしたサイン替わりです)

もちろん、コンサートの情報の方が大切なので、イラストは目立ちすぎてもいけません。さりげなさが肝要です。

 

イラストが出来上がったら、スキャナーで取り込み、加工ソフトを使って文字を入れました。ここからはアナログ派の私には”アウェイ”の領域です。Photoshopやillustratorはまだ使いこなせているとは言えないので、冷や汗をかきながらおそるおそる編集。

 

途中で、「できたら弦をガット弦に替えてくれませんか」とご指摘が入りました。やはり演奏家、見るところが違います。大変ならそのままでも、とのことでしたが、せっかくアンティークの楽器なのに、現代の弦ではちぐはぐでもったいないので、修正を決意。

もうだいぶ編集が進んでいたので、原画はとりあえずそのままにし、画面上でだけガット弦に描きかえました。なれないペンタブレット(ペン状のマウス)で慎重に作業していきました。

そしてようやく出来上がったデータが印刷会社に回ったところで、私の仕事も無事終了!

 

完成したチラシの実物は手元にまだないのですが、私の心配をよそにかなり良く仕上がったようで、配った先でご好評をいただいていると聞き、嬉しく思いました。(早く実物が見たいものです!)コンサートも楽しみにしています。

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襖絵の制作(後編)

襖は小上がりになった和室をおおう二面あり、それぞれ内側と外側の両面に、春夏秋冬の流れになるよう花を配置しました。

和室の中にある吊戸棚の戸にも襖と同じ紙を貼ってもらったので、こちらは上の方に桜の枝を描いて花びらを少し散らし、下の方にすみれやクローバーなどを描き入れて、春の野原のようなイメージにしました。

ちなみに、和室内の花は日本的で少しひかえめなものを、外側(リビング、ダイニング側)の花は園芸植物もたくさん取り入れてカラフルで楽し気に、と考えてあります。

 

いろいろと、あれもこれもと計画してきたものの、下地作りには思いがけず時間がかかったので、着彩は急がねばなりません。三日目ともなると気持ちに焦りが出てきましたが、絵には出さないように気を配りました。見学のお客様も意外にたくさんいらしたので、人の声や気配に気を取られないようにするのも一苦労です。

一度は走り回っていた子供が向こうから襖に手をついたので、襖が内側に倒れてきて、あわやということもありました。私は少し離れて別の襖を描いていたのですが、筆を持ったまま駆け寄り、無理な姿勢のまま倒れてきた襖を必死に支えました。バレーボールですべりこんで無茶なレシーブをしたような状態になり、心臓にも悪かったですが、何とか襖は守れたので胸をなで下ろしました。駆け回っていた子供の方は怒られたらしく泣いてしまい、ちょっとかわいそうでしたが、ううん、仕方ないかな?

 

朝から夜までせっせと描き、一番描いた日は休憩を除いても11時間描きました。(大学の頃、批評会直前になってもまだ絵が終わらず、守衛さんがアトリエを閉めにくるまでみんなでものすごいペースで絵を描いていたのを思い出します。あの頃はそれなりに真剣でしたが、今思えば勢い任せでなんとかしてたような??)

長時間描いていると、脳が疲れて思考がスポンジのようにスカスカになってきます。ちょっとしたトランス状態なのに神経は鋭くなっていて、気分はこのままいつまででも描けそうなほどなのですが、脳の処理が追い付かなくなってきてしまうのです。こうなったらもう「いい仕事」はできません。もっと描きたくても引き揚げて、温泉にでも浸かるのが正解でしょう。

温泉はぬるめなせいもあって、うっかり寝そうになることもありましたが、何日も入っていたら肌がなめらかな石のようになり、感動しました。(温泉から離れると数日で元に戻ってしまうのは非常に遺憾)

 

一応は四日間で仕上げて、最終日は近くを観光する予定でいたのですが、残念ながらその余裕はなくなり、五日目もせっせと描くことに。たまに見学の方が絵にご興味があって質問などなさったりするので、その対応などはさせてもらいましたが、その時以外の私は絵のことしか考えておらず、きっと目を据わらせ鬼気迫る様子であったろうなと思います。

でも襖が立てかけてある奥なので、誰のことも怖がらせてはいない……はず。

 

時間がなくてもやっつけ仕事にはしたくなかったので粘りに粘り、最終日も「もし終わらなかったら、今日はここに泊まって夜中まで描いて、明日の朝帰ろうか」とまで思いつめたのですが、なんとか夕方遅くに完成!

友人はとても喜んでくれたので、なんだかいろんなものが一気に報われるような気持ちになりました。それからあわただしく荷物をまとめ、新幹線で帰宅しました。

 

今回は制作に追われて余裕がありませんでしたが、いつか、がらんとした展示場でなく、あたたかな「住まい」となった友人の家で、あの襖がどんな顔をして溶け込んでいるかを見にいきたいなと思っています。

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襖絵の制作(前編)

襖絵を描きに八戸へ行ってきました!現場である友人の新居は内装が終わり、見学会が開かれている最中でしたが、お客さんがいらしても描いていて構わないとのこと。四泊五日の日程なので、その中で描き切れるかが勝負です。

 

数泊の旅なら、たいていリュックか肩掛けカバンひとつで出かけてしまう私ですが、今回は大荷物。絵具だけでも重箱3段と少し、刷毛や筆いろいろ、絵皿10枚くらい、絵具用の乳鉢、スケッチブック2冊などをスーツケースに詰めて、いざ出発!

 

八戸には昼すぎに着き、夕方まで依頼主である友人と下図を並べて配置決めをしました。大きさや位置をランダムにして、シャボン玉のように散らすことは決まっていましたが、あとは実際のふすまを見てみないと決めがたかったので、とりあえず下図は同じ大きさ(直径25センチくらい)で用意。季節ごとに分けて、配置やどの花を大きく描くべきかなどを話し合って決めていきました。

おおまかなところまで決めただけで、あっという間に夕方に。友人宅へ行き、保育園から戻ったお嬢さんと一緒に遊び、南部せんべいが入った「せんべい汁」をご馳走になりました。宿(温泉でした)へ帰るとくたくたで、少し下図を手直ししただけで眠り込んでしまいました。これでは四日で描き切れるだろうかと心配になります。

 

バスもあるのですが、知らない街に滞在するときは歩き回って地理を確かめたいので、翌朝は宿から現場まで歩いてみました。現場は駅から近いのですが、宿は街はずれの方なので40分弱かかります。運動不足解消にはちょうどいい距離です。歩道がないところもありますが、さすが地方というべきか道自体が広いので怖くはありません。関東ではとっくに咲いている花がこちらではまだ芽吹いたばかりなのを見ると、「東北に来ているんだなぁ」と実感。ほかにも関東にない植物がないかなど探しながら歩いていきます。スーパーにも寄り、その土地ならではの食材やお惣菜、お菓子などを軽く見て回り、お昼ご飯を買いました。

現場に着くと、鍵が開いていて、工務店の方と見学者がいらしてました。平日は見学者はほとんどいないと聞いていたのでびっくり。挨拶をし、音を立てないよう気を付けながら作業を始めます。

 

襖は普通の和紙でなく、丈夫さを優先して選んだので、寒冷紗のような質感でした。そのままでは絵の具がのらないので、方解末(方解石の粉でできた日本画の絵具)を膠で練り、表面の粗い目の中に塗り込んでいきます。一度では済まず、かなり濃いものを3回塗り重ねてようやく平滑な面を作ることができました。大きな円や小さな円をランダムに(というよりランダムに見えるように計算しながら、ですが)散らし、その円に合うように縮小・拡大コピーした下図をのせて写していきます。

この作業にかなり時間を取られてしまい、今後の進度が早くも心配になってきました。これは巻いていかないと!

 

二日目からは、朝ごはんを食べてから歩いて出かけ、休憩をはさみながら夜まで描き、また歩いて帰って(最終バスが16時半と早すぎたので)、夕食をとり温泉に入って就寝というパターンに。ストイックではありますが、描けばそれだけ絵が進んでいくのは楽しいし、それで疲れても心地よい疲れなので苦になりません。

 

友人は何かと私の食事を気にしてくれましたが、私からすれば、普段はお惣菜と無縁なせいで、こうしてスーパーで食べ物を調達するのがかえって楽しいくらいでした。

青森といえばリンゴか南部せんべいくらいしか知りませんでしたが、クルミの産地でもあるらしく、クルミを使った料理やお菓子も美味しいことを知りました。スーパーで何の気なしに買ったくるみゆべしも予想外の美味しさでしたし、クルミをすりつぶして甘くしたものを塗ったお団子は特に気に入りました。

また、友人が八戸の郷土料理だという、ウニの卵とじをのせたごはんを差し入れてくれたりもしました。テレビで紹介されたとき、「ウニは生が一番なのに、火を通して卵とじなんて!」と他県の人たちから非難ごうごうだったらしいですが、ウニから染み出した海の味が卵によく合い、これはこれでとてもおいしいと思いました。

 

温泉には毎晩入りましたが、八戸の温泉は少し塩気があり、バスソルトを使ったかのように肌がすべすべになるし、ぬるめなので長湯にはもってこいでした。地元の人たちがマイお風呂セット(プラスチックのかごにボトルのシャンプーなどを詰めたもの)を持って通っていて、自宅のお風呂のようにすっかりくつろいでいる様子もちょっとしたカルチャーショックでしたが、面白かったです。  (後編へつづく)

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起きてちょうだい、デザイン脳!

最近、一番優先的に取り組んでいる作品。今はまだ案を練っている段階ですが、襖絵(ふすまえ)の図案です。

友人宅の襖絵なのですが、春夏秋冬の花をたくさん散りばめるという凝ったものになりそうです。散りばめ方、構図のバランス、何の花を使うか、どこまでデザイン的にするか、色使い……あれこれと考えなくてはならない要素が多くて難しいですが、久々の大作に楽しく取り組ませてもらっています。

 

文様のアイディアを練ったり、配置を考えたりしていると感じるのですが、やはりこういうデザインに近い領域の作業をしているとものすごく疲れます。普段、絵を描いているときとは違うセンス・違う思考回路を使って取り組んでいるせいでしょう。

うまく説明できないのですが、「ファインアート(絵画や彫刻)とデザインとでは脳の使う部分が違うのではないか?」とよく思います。慣れないデザイン領域の作業をしていると、いつもより早くスタミナが切れて、頭の中がスカスカになるし、脳の疲れる箇所も違う気がします。きっと慣れればもっと疲れなくなるし、デザイン領域も回路が洗練されていくのだろうと思うのですが、今はまだまだのようです。

でも、細々としていたデザインの回路が少しずつ補強され、広がりつつあるという感触はあるので、それが今後どう育ってゆくのかが楽しみでもあります。

 

再来月くらいに数日泊まり込みで描きに行くことになっているので、その数日できちんと終わるように下準備は万端にしていく必要があります。「本当に終わる?もし、終わらなかったら?」と心配になることもありますが、眠っていたデザイン脳を叩き起こして、完成度を落とさずに無駄を省き、限られた時間でいい仕事ができるよう、しっかり準備したいと思います。

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Valentine's day

昨日はバレンタインデー。ちょうど教室が重なったので、絵を描くほかに、バレンタインらしい工作も取り入れてみました。ノートより少し大きいくらいの大きさの画用紙に、スタンプでハートを作るだけ、というとても簡単なものです。

 

ところで、このスタンプはバラのようですが、何を使ったかお分かりでしょうか?

ヒントは『野菜』です。

 

正解は……『小松菜』!!

料理するときに菜っ葉の根元を切り落とすと、切り口がバラのようになっているのがいつも気になっていて、「いつか何かに使ってみよう」とずっと思っておりました。ぴったりの使い道を思いついて嬉しいです。小松菜も、ただ捨てずに別の形で愛でられることを喜んでくれているといいのですが。

 

教室の生徒さんたちも、バラの正体が菜っ葉の根元と分かれば「なあんだ、あれか!」と合点するだろうと思いきや、「えっ!切り口がこうなってるんですか!?」「いつも全然見てなかったわ」とのことで、びっくりしました。気になっていたのは私だけだったようです。蕪を切れば繊維に見とれ、桃を剥けば桃の皮を光に透かして見とれるのは私くらいでしょうけど、菜っ葉の根元はもう少しメジャーかと思っておりました。

 

ちなみに、菜っ葉によって多少花の形が違い、茎の細いホウレンソウのような菜っ葉だとバラらしくは見えません。(それはそれで面白い形になりますが)小松菜とチンゲン菜が特にバラらしく見えるようです。

根元から2~3センチのところで切り落とし、アクリル絵の具か濃く溶いた水彩絵具をつけるだけで、簡単にバラ模様ができて楽しいので、おすすめです。教室の子供たちもポンポンと手軽にバラを咲かせていました。

 

 

バレンタインというと、小学生くらいの頃に何時間もかけて一人でトリュフを作って家族で食べたことや、高校生の頃には生チョコを作って行き、部活のメンバーで盛り上がったことなど、いろいろと思い出もあるのですが、最近のバレンタインはもはや『チョコレートまつり』といった様子で、ちょっと乗りきれないものを感じます。少し商業的になりすぎて、単純に楽しめなくなってきているものの、「嫌い」というわけでもなく、今は距離を測りかねているところでしょうか。

 

チョコレートを贈るというのが日本独特のものだというのはご存知の通りですが、バレンタインの習慣も国や時代によって様々だったようです。簡単なメッセージを一言書いただけの匿名のカードを贈り、もらった方は「誰からだろう?」と想像をめぐらせてドキドキするなんて、なかなか夢があると思うのですが、この習慣は日本に入ってきていないので残念です。

また、ヴィクトリア朝時代の人々は手作りのカードに自作の詩を添えて贈るものだったそうで、これまたロマンティック。字の美しさや詩の出来もきっと恋の行方を左右したのでは、などと想像がふくらみます。

中世まで遡るとだいぶ様子は違い、2月13日の晩に村中の若い男女が集まってくじを引き、数日だけの恋人を決めたりなどしていたようです。今の感覚ではあまりロマンティックとは言えないし、本当の恋愛に発展することは少なかったかもしれませんが、おおらかな時代の空気を感じます。日本の歌垣にも似ているように思えて面白いです。

 

これほど長い間、バレンタインデーはさまざまな習慣を持つ、特別な日であり続けているというのに、実は『聖バレンタインは、その存在が証明できない』ということで、教会によって聖人の祝日から外されてしまっているのだとか。

それでも聖人としての知名度も人気もとびきりですし、キリスト教国でさえない日本でもこれほど普及しているのは不思議。それでもテーマが『愛』という普遍的なものに設定されている限り、これからも形を変えながら世界中で愛され、祝われつづけていくのだろうなと思います。

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恭賀新年

明けましておめでとうございます。

本年が皆様にとって幸多き年になりますよう、お祈り申し上げます。

 

今年も新しい年を迎えることができました。本当に一年などあっという間ですが、その時その時を大切にして、充実した一年にしていきたいと思っております。

 

毎年12月になると、年賀状の事で頭を悩ませます。年賀状は早くから売っているのだから、さっさと買い求めて書いてしまい、年末はゆっくりと大掃除に集中すればいい。そんな正論は毎年なし崩しにされるのがお決まりで、今回も案の定、師走の忙しさに振り回されているうちにクリスマス頃になってあわてて書き始めました。

 

この干支一回り(12年)の年賀状は、絵本や伝説・民話などを題材にすると決めていて、これまでも卯年に『不思議の国のアリス』のうさぎを登場させたりなどしてきました。今年の干支は戌。犬が出てくるお話がたくさんある中、ぴんときたのは『花咲じいさん』。ご存知の通り、このお話において犬はかなりかわいそうな役ですが、隣のわるい夫婦による理不尽な仕打ちを何度も受けつつ、しかしそのたびに隣のわるい夫婦にはきちんとやり返し、飼い主のいい夫婦にはいいことがあるようにしているところがむしろユーモラスに思えてきて、犬が死んでしまうお話なのに不思議と悲しくなりすぎません。

とは言っても、戌年なのに犬の灰を撒いて枯れ木に花を咲かせているおじいさんを描くのは気が引けたので、犬が元気に「ここほれワンワン」をしているシーンに。

”いい人にいいことがあった”ということを素直に共感して喜び、ほっと和むような、でもうそみたいなシーンにくすっと笑ってしまうような絵になればいいと思いながらデザインしました。

描いている間も「ズルをしたり人を出し抜こうとしたりする人が世にはばかっているけれど、いい人にいいことがある世の中にはならないだろうか。ぜひそうあってほしいものなのに」などと考えていました。

 

年賀状のイラストは絵画教室でもリクエストがあって毎年扱っていますが、「全部手描きなんて無理!」とおっしゃる方には、「イラストを簡単にしてもいいし、一枚だけしっかり描いてそれを印刷するのもいいと思いますよ」と勧めています。

そして自分はオリジナルデザインで版画を作ることが多いのですが、今年はどういうわけか全部手描きで描き始めてしまい、途中で何度もやめておけばよかったと後悔しつつも、そのまま仕上げてしまいました。省略できるものは省略したつもりですし、最後のほうはさすがに手も早くなりましたが、予想以上に時間がかかりました。

でもやはり手描きならではの味とぬくもりはありますし、一点ものというのもいいものです。イラスト部分は筆遣いの勉強にもなりました。ちょっとしたことでおじいさんの表情が俗っぽくなったりするので、顔などは気を遣います。赤い字の部分は、左利きのために上手く描けず残念でしたが、ご愛嬌とさせていただきたく……。

ちなみに穴の中の小判の数は7枚です。”7”は私のラッキーナンバーかつサイン替わりなので、こういうところにさりげなく潜ませるのが好きです。誰も気づかなくても自分が楽しいので、時々、こういうことをこっそりとしています。

 

来年はとうとう民話や絵本から題材を選ぶという縛りも最後。イノシシの出てくるお話では思いつかないので、ブタの出てくるお話で考えようかなんて、終わったばかりだというのに、つい考えてしまいます。

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MERRY CHIRISTMAS!!

クリスマスのごちそうといって、私が真っ先に思い浮かべるのはターキー(七面鳥)です。丸ごとの七面鳥を買ってきて、パンと玉ねぎをサイコロ状に切ったものやハーブを混ぜたスタッフィングをお腹に詰め、オーブンで焼きます。手軽に入手できる鶏肉で作る年が多かったのですが、今年は運よく小さめのターキーが手に入りました。

 

“小さい”と言っても、それは”ターキーにしては”のお話。お店で並んでいる中で一番小さいものを選びましたが、それでも5.2キロ!一応は大丈夫だろうと判断して買ってきたものの、スタッフィングを詰めながら、オーブンに入らなかったらどうしようかと少しばかり不安になりました。

もし入らなかったら、ぐっと押してどこかの骨を折って体を低くするか、表面の肉を少し削ぐかしなければいけなくなるかもしれません。お肉の上でペッパーミルをガリガリと引いて、景気よく黒コショウの雨を降らせながら、「ええい、ままよ!」と覚悟を決め、ターキーの載った天板をオーブンに入れてみると……良かった、入った!!

 

入ったけれどオーブンの天井まではあと2~3センチほどしか空いていません。焦げないようにアルミホイルを上にかけ、ブイヨン(ターキーの使わない部分や野菜を煮出して作ります)を30分ごとにお肉に回しかけてやりながら、3時間ほど焼きます。

オーブンから漂ってくる香りも、鶏肉によく似ているもののどこか癖があり、「ああ、これぞターキーね」とさらにクリスマスムードが高まります。

 

例年、ブイヨンをかけずにこんがり焼くレシピを使っていたのですが、今回はイギリス出身の方の本に載っていたブイヨンをかけながら蒸し焼きのようにするレシピで作りました。そのため、いつものように太めに切ったジャガイモを天板にのせて焼くつもりが、下にたまったブイヨンの中で煮たようになってしまい、仕上がりがだいぶ違ってしまいました。これはこれで美味しいから良しとしましたが。

 

3時間ほど経ち、串を刺しても肉汁が赤くなくなれば完成です。天板に残っている汁を煮詰めて塩と胡椒で味付けし、コーンスターチでとろみをつけてグレービーソースを作り、クランベリーのジャムの代わりにブラックカラント(黒すぐり)のジャムを用意します。ふと、「しゃくしゃくした食感を残した、甘くないりんごのジャムもあったら合いそう!」と思い付き、それも作りました。具だくさんの野菜スープと、シンプルなケーキも作ってあります。

 

ターキーを載せるために、大きなお皿を探し回るというアクシデントもありましたが、ターキーは無事に食卓へ。さまざまなソースを少しずつつけながら、淡泊だけれども独特の癖のある風味を楽しみました。うん、りんごソースもわるくない。

そしてもちろん、一度ではとうてい食べきれないので何度かに分けて食べることにしました。トルティーヤを焼いて、ほぐしたターキーにマスタードやマヨネーズを和えたものをレタスといっしょに巻いたりと、工夫して目先を変えながら、一羽のターキーを長いこと楽しみました。大満足です。

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クリスマスコンサート

去り際に撮った一枚。オルガン以外に装飾なし。 環状の照明も面白い。
去り際に撮った一枚。オルガン以外に装飾なし。 環状の照明も面白い。

本格的な冬の寒さがやってきました。庭も菊の花が少し残っているくらいで、すっかり寂しく風景になりました。柚子やレモンが実っている姿だけが輝いて見えます。来年はもう少し常緑の植物や冬に咲く花をうまく取り入れて、冬でももっと楽しめる庭にしてみたいものです。

 

あれやこれやと忙しくしているうちに、あっという間に12月が来ていて呆然としてしまいます。もうクリスマスも近づいてきました。

でも、この時期ならではの楽しみもたくさんあります。クリスマスが近づくと、まずはツリーを飾り、クリスマスのお菓子を焼きますが、そのお供にはクリスマスキャロルが欠かせません。どういうわけか、こどもの頃から「いっそ一年中聴いていてもいいかもしれない」と思うくらいクリスマスキャロルが好きなのです。そして、これまたどういうわけかパイプオルガンの音色も好きで、普段からときどき無性に生演奏を聴きたくなります。そういうわけで「キャロルとパイプオルガンの両方が聴けるいい機会」として、一昨日、東京基督教大学のクリスマスコンサートに行ってきました。

 

市内にあり、ときどきこのような一般の人でも気軽に聴けるコンサートを開催しているので、こどもの頃から数えるともう何度来ているかわからないくらい来ていますが、いつ来ても会場はいい雰囲気です。コンサートはチャペルの中で行われ、教会らしい長いベンチに座って聴くのですが、座席がひとつひとつ区切られた普通のコンサートホールと違って会場に一体感があり、なんとなくアットホームに感じます。チャペルはドームをいくつかつなげたような形をしていて、外から見ると灰色っぽい外観ですが、内側は天井まで白く塗られ、窓が天井近くまで大きくとられた開放的な造りになっています。

出口の上のステンドグラスは抽象的なデザインで、またチャペル内の大きな十字架も磔刑像などの装飾が一切なく、チャペル内で装飾的な要素といえばパイプオルガンについている唐草の飾りくらいのものです。やはりプロテスタントの教会だからなのでしょうか。美術史の本などでカトリックの教会の写真を見慣れているせいか、少し物足りないようにも感じてしまいますが、これはこれで無駄がなく、知的でモダンな印象が斬新です。センスがいいなと思って見ていましたが、今回の理事長のあいさつを聞いて初めて磯崎新氏の設計だと知りました。「なるほど、やっぱり一流建築家の仕事だったのか」と、今更ながら納得。何度も来ていたのに全く知りませんでした。

 

プログラムは教会音楽を担当している教員の方々のピアノや声楽、パイプオルガンの他、有志の生徒によるトーンチャイム(手で持って振ることでハンマーが動き、鉄琴のような音がする楽器。ハンドベルのように、ひとつの楽器が一音を出すので、両手を使って一人で二音まで担当できる)の演奏とクワイヤ(聖歌隊)によるクリスマスキャロルなどが続きます。

何度も来ているだけあって、「そうそう、この先生はこういう人だったな。相変わらずアツいなあ」などと音楽以外の部分でも楽しみながら聴いていました。

先生方の演奏もいいですが、やっぱりクワイヤのクリスマスキャロルになると会場が盛り上がりました。『さやかに星はきらめき』など数曲を聴いたあと、最後は観客も一緒に讃美歌を歌います。今回は誰でも知っている曲(『神の御子は』と『きよしこの夜』)なので、楽譜はなく歌詞のみがプログラムに印刷されていましたが、有名な曲だけあってクリスチャンでない方々も自信をもって歌っている様子。でもそこここから聞こえてくる、いかにも歌いなれたような伸びやかな歌声はやはりクリスチャンの方のものでしょうか。

なんにせよ、パイプオルガンの伴奏(!)で讃美歌を歌えるなんて、なんという贅沢でしょう。とても豊かな心地になります。

それに、こうして美しい音楽をともに楽しんでいるときは、クリスチャンでも無宗教でも何でも関係なく、一体となれるというのは素晴らしいことだと思います。音楽の力を感じました。

 

コンサートが終わるとまた開催者側のあいさつがありましたが、このようなコンサートがあるたびに2000本もパイプがあるこのパイプオルガンを調律してもらっており、かなりの維持費がかかるとのこと。出口に募金箱があったので、もちろん募金をしました。これからもぜひとも続けてくださいという気持ちを込めて!

 

会場を出ると、クワイヤのメンバーがずらりと並び、クリスマスキャロルをお見送りに歌ってくれていました。ステージよりずっと近くで聴けるので迫力があり、お客さんも喜んで聴き入っているので足も止まってしまっていましたが、嬉しいサプライズでした。

星空の下、寒さに肩をすくめながら駐車場に向かっていると、同じように歩いている人たちがキャロルを口ずさんでいるのがあちこちから聞こえてきました。女性の声があり男性の声があり、若い人の声ももっとお年を召した声もあります。別に大きな声ではないけれど、楽しさや幸せな気分をそのままメロディにのせたような陽気な歌声を聴いていると、「音楽って本当にいいものだな」としみじみ思いました。

生きているだけでも、忙しさや痛ましい報道などに触れるにつけ、知らず知らずに傷ついたり心をすさませてしまったりしているものですが、この夜は人間のあたたかい一面を見た気がして、私の心まであたたかくなりました。

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雨の日の愉しみ

もう何日雨が降り続いているかもわからないくらい、雨ばかりの日々です。

明るい自然光の下で彩色するつもりでデッサンまでは済ませた、ダリアの花の植物画があるのですが、いざ色を塗ろうと思ったら光が足りず、塗れませんでした。明るい色の花ならなんとか塗れたかもしれませんが、暗めの赤い花の色はやっぱり明るい自然光の下でじっくり実物の色を観察しながらでないと、納得がいく色ができそうにありません。鉢植えのダリアですし、数日で晴れの日が来るだろうから平気だと高をくくっていたら、この雨です。ごくゆっくりと形が崩れていくダリアを心配しながら、窓から見える空を恨めしく見上げています。季節こそ違いますが、百人一首にも編まれた、小野小町の和歌が頭に浮かびます。

 

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに   小野小町

 

春雨でも秋雨でも、長い雨は人を鬱々とさせますが、そう言っていても仕方がありませんし、家の中に愉しみを求めるのもよいかもしれません。

最近、うってつけのものを発見しました。写真に写っている「ストームグラス」です。

「天気管」「ウェザーグラス」とも呼ばれていて、デザイン系のインテリアショップなどでもたまに見かけます。うちにあるのは黒い木枠がついたものですが、しずく型のガラスがむき出しになっているタイプもあります。もともとは17世紀のヨーロッパで作られ、19世紀には気象予測のために使われていたそうですが、その原理ははっきりしてはおらず、現代ではインテリアとして楽しむための道具となっています。

 

ガラス管の中身はエタノール、樟脳、硝酸カリウム、塩化アンモニウムが主成分で、気温の変化やその速さなどによって、結晶の様子が変わります。このストームグラスがうちに来て数日は好天が続き、もやが沈殿しているだけで変化はなかったのですが、天気が悪くなって結晶が育ち始めると面白くなり、近くを通るたびに眺めていました。

天気予測の道具としては実際的と言い難いけれど、たしかにこんなふうに観察できるというだけでも面白いです。誰がどうやって発明したのかは不明のようですが、錬金術師ではないかと想像します。手当たり次第にいろんな物質を試していた錬金術師のひとりがたまたまこの組み合わせを試し、結晶していくのを熱心に見つめ、生命の木やホムンクルス生成のヒントになる物質を見つけてしまったのではないかと興奮するさまを思い浮かべて、思わずにやりとしてしまいます。

 

シダそっくりの形に結晶したり、ふわふわの羽毛のようになったり、水中に細かいちりが舞ったり、水面に氷のような結晶が浮いたりと、ストームグラスはさまざまな表情を見せてくれます。形の変化はごくごくゆっくりで見ていてもわからないのに、半日ほどで激変していてびっくりさせられることもあります。

 

晴れが続いていると下に沈んだもやのようになって何日もそのままなのですが、天気が悪くなってくるといろいろな形に結晶してきます。説明書を読むと一応、結晶の状態と予測される天気とが書いてあるのですが、原理がはっきりしていないというだけあって、なぜ今この状態なのかわからないというときもあります。でもそれはそれで面白く感じますし、天気が悪い時の方が変化に富んで、見る人を楽しませてくれるという点が大変よろしい、と思っています。

 

霜のようになった結晶を見ていると、ふと子供の頃、雪の結晶を観察したことを思い出します。このあたりは暖かいので、雪が降っても、綺麗に結晶していることはめったにありません。でも稀に綺麗な結晶をした粉雪が降ると、わざと袖に雪を降らせて観察するのが楽しみでした。雪は手にのせるとあっけなく溶けて水になってしまうので袖にのせて、一息でも温かい息がかからないよう息を止めたり反対の袖で口をふさいだりしながら、そおっと顔を近づけて観察したものでした。小さすぎてよく見えないけれど、とても繊細で美しいことだけはわかり、もっとよく見ようと顔を近づけると、それだけでもわずかに熱が伝わってしまうのか、繊細な形が崩れていってしまいます。あんなに繊細で美しかった雪のひとかけらは、もうなんの神秘も明かしてくれない、ただの水滴になってしまいます。

「こんなに寒い中にじっと立っていて体は冷えたし、手も氷のように感じるのに、それでも雪を解かしてしまうのは……どんなに冷え切っていても、私が温かい動物だからなのだ」と思うとなんだか無性に哀しくて、「いっそ私は温かい動物でなければよかったのに」と思ったものでした。

 

でも今は、雪ほど綺麗に整ってはいないけれども、時に美しくシダのようになったり霜のようになったりするこの結晶を、アンデルセンの「雪の女王」やナルニア国物語の「ナルニアの女王」、あるいはムーミンの「氷姫」や「モラン」みたいな、冬の象徴めいた冷たい存在ではなく「温かい動物」のまま、ガラス越しに眺めて楽しんでいることに満足しています。

 

結晶はいろいろな形になりますが、今まで見たところでは、シダのしげみのような結晶と、一部だけが盛り上がってアザミの花のようになった結晶が気に入っています。綺麗だなと思っても、また天気が変わると崩れてしまうので、まさに一期一会ですが、これからも季節の移り変わりや雪・雷などの荒天によって、どんな結晶ができるのかを楽しみに観察していきたいと思います。

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稲刈り

遅くなりましたが、稲の話をもう少し。

 

天気が心配されていましたが、稲刈りの当日は晴れました。この日も外部からの参加者がたくさん来てくださって、子供たちもいてにぎやかな声がしていました。子供たちの手には虫捕り網や虫かごが握られています。あとで「虫捕り大会」が行われるのだそうです。

 

田んぼに着くと、すでに隣の空き地には天日干し用の竿が渡してありました。スペースの都合なのか、2段になった骨組みが2~3メートル四方の小部屋を作るように組まれています。全体では10メートル四方ほどになるでしょうか。かなり迫力があります。こんな大がかりな作業を、きっとどなたかが前日までにやっておいて下さったのでしょう。心の中でお礼を言いました。

 

初めに、「のこぎり鎌」という鎌の使い方と、刈った稲の束ね方を農家の方に教えてもらいます。「のこぎり鎌」というだけあって、ギザギザした刃がついています。「ほかの刃物と違って、これで切ると傷がきれいに治らないんだよ。気をつけないと」と怖い顔を作っておっしゃるのを聞きながら、「そうそう、のこぎりの傷って跡が残るのよね」と内心うなずきます。これはたしかに気をつけないと。

 

教えてくださった方は稲作のベテランで、わかりやすいように一応ゆっくりした動作でやっているおつもりのようでしたが、それでもつい早くなってしまい、「は、早すぎる!」「もっとゆっくり!」「そこ!その藁を通すところをもう一回!」などとワイワイ言われて、しぶしぶやり直してくれました。刈って束ねる実演を終えても、口頭で説明しながら手は止まらず、どんどん稲の束を作っています。こちらに向かってしゃべりながらも、せっせと手は稲を刈り、ざっと束ねて積み上げていきます。まるで手が勝手に動いているようです。しかもだんだんスピードアップして、流れるような動きになってきていています。体が覚えているのでしょう。さすがは農家さん!

「このままじゃ、みんながやるとこがなくなっちゃうよ」と誰かが言ってみんなが笑い、レクチャーはおしまいになりました。

 

それから稲を刈って束ねる人と束ねた稲を竿に干していく人とに分かれて、作業開始。子供たちは親と一緒に鎌を持ち、ケガに気をつけながら慎重に稲を刈っていましたが、すぐに飽きて虫捕りを始める子も。

私は鎌が足りなそうなので、束を干す方に回りました。初めは刈る方もゆっくりだったので、干す方は暇があり、こちらから束を回収しに行きました。持ってきた束は、二つに開いて竿にかけてはギュッと押してスペースを詰め、また次の束をかけていきます。上の段は2メートル近い高さなので、ビールケースを踏み台にして干しました。だんだんと刈る人たちのペースが速くなってくると、干す方が間に合わなくなってきたので、束も持ってきて近くに積み上げてもらい、せっせと干す作業に集中します。

あたりは稲のにおいでいっぱいです。刈りたての稲の束は黄緑と黄土色が混ざったような色合いで、においも「藁のにおい」というには、まだ少し青さがのこりますが、香ばしいような懐かしいようないいにおいです。イグサとはまた違う懐かしさを覚えます。

 

……そういえば、昔のヨーロッパでも藁を厚く敷いた上に布をかけたベッドがあったけど、寝心地はどうだったのだろう。ちくちくしないようにきれいに並べてもあまり気持ちがいいとは言えなさそうだけど、少なくとも香りはよかったのでは。

香りと言えば、部屋の臭い消しや香りづけにラベンダーやローズマリーなどの香草を床に撒いたりもしていたんだっけ。日本のように木の床や畳に素足でなく、家の中でも土足だからできたことでしょうね。

当時の床はやっぱり木より石の方が多かったのかな?土足でいいなら、家によっては土間もあったかもしれない。

ハーブは生で使ったのか、ドライだったのか。あとの掃除も楽だし、ドライの方がいいかも。でも乾燥しているから、生で撒いても、ほどなくドライになったかもしれない。

石の床に撒かれたハーブが、歩き回る家族や使用人の靴の底で砕けていいにおいをさせている光景が浮かんでくる。人がよく通るところは、ラベンダーの枝葉も、もう粉々になっていて。灰色の石の継ぎ目には人知れず、灰緑色の粉が溜まっていて、.............

 

「次の、ここに置いとくねー」という声にはっとし、「はーい、ありがとうございます」と答えながら、空想からこちらに戻ってきます。おっと、危ない危ない。

手はちゃんと動いて、てきぱきと束を干しているし、一束一束の状態をチェックして微調整までできているのだから、この作業にもそれなりに頭は使っているはず。なのに別の次元ではまったく別の光景に浸っていられるのだから、人間の脳とは不思議なものです。さすがに空想を続けたまま受け答えはできないので、臨機応変にこちらへも戻ってこなければなりませんが。

そういえば、単純作業をするときにちょっとした空想をしている人はたくさんいるでしょうが、ほかの方々はどんな空想をしているのでしょう。話題にのぼらないのでわかりませんが。

 

………いや、待てよ?たくさんいると勝手に思っていたけれども、聞いて回ったわけではないし、本当はどうなのかしら?そもそも話題にならないのは、空想とは個人的なものだからだとおもっていたけれど……もしかして、空想する人なんてほとんどいないとか?まさか!………

 

そうやってまた、一人のときには空想をはさみ、熱中症にならぬように休憩も取りながら、作業を進めます。大人たちがせっせと作業をする傍らで、子供たちは稲を刈られて逃げ惑うイナゴやバッタを追いかけます。イナゴやバッタあるところに必ずカマキリあり。近くのあぜに逃げ込もうとするカマキリも子供たちに追い回されています。虫に飽きて、カエルを探す子もいます。

やがて、虫かごを手に子供たちが集合。虫かごの中にはイナゴだろうがカマキリだろうが関係なく数十匹の虫がぎゅう詰めになっています。カマキリが捕食する様子を見たいのに見られないと不満そうな子もいましたが、カマキリもいくら捕食対象がそばにいるからって、駆け回る子供とともにジャカジャカと揺れる透明な密室の中でものを食べる気になるわけがありません。カマキリもバッタも哀れで、子供たちの虫かごに駆け寄って片っ端から開け放ちたくなりますが、そうもできず、「もうちょっとの辛抱だから、頑張って耐えて!」という気持ちを込めて見つめます。

虫かごの虫たちは一匹ずつ数えられ、一番多くとったグループが賞品としてかき氷を大盛りにしてもらっていました。「えー、賞品って物じゃないのー?」などとぼやいていた子たちも、けっこうあっさりと切り替えて、「おれ、ラムネ味ー!」「カルピスー!」と大騒ぎ。ちなみに採った虫はまた田んぼに放されました。ケガがないといいのですが。

大人たちもかき氷を食べながらひと休み。何年振りかにイチゴ味のかき氷を食べて、懐かしくなりました。さすがに子供の用に色づいた舌を見せ合ったりはしませんが、たぶん私の舌も真っ赤になっていたことでしょう。

 

休憩の後も少し作業をして、ようやくこの日の分を干し終えました。2段になった竿にいっぱいの稲の束が干されているのは壮観です。田んぼは刈られてこざっぱりとし、朝見た時よりも広く見えました。風が吹くたびに少し青い藁のにおいがあたりに流れていきます。湿度があって、作業をしていると暑いくらいでしたし、藁のくずを体中にかぶってしまいましたが、達成感はあります。

最後に、田んぼの周りに立てていたカカシをはずして、みんなで運びました。カカシも風雨にさらされ、だいぶくたびれていましたが、今度は干した稲を守るためにもうひと頑張りしてもらうのです。スズメたちはたくさん落ちている落穂を無駄なく食べてくれるでしょう。「でも干してある方は、カカシに免じてそのままにしておいてね!」と念じておきました。美味しいお米になりますように!

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案山子(かかし)

この春から、手賀沼近辺の里山の保全活動をしている団体が開催している、有機農法の教室に行っています。春から冬までの期間で、月に何度かの土曜日、その日に来られるメンバーだけで和気藹々と活動しています。

仕事の気分転換として週末の農業を楽しみにしている方や、ご夫婦で参加している方、老後の趣味にして熱心に取り組んでいる方など、いろいろな方がいらっしゃいます。

実のところ、私はすでに何年も前から庭で野菜を作っていますし、有機農法よりも別の事に興味があって、この教室に参加しているのですが(そのあたりのことはまたいつか別の機会に語るとします)、収穫したものを山分けして持って帰れるの嬉しいですし、ときどきは収穫したものを料理してみんなで昼食をともにするようなイベントもあります。

 

春には田植えを体験しました。ちなみに、ここでは冬の間も田んぼの水を張ったままにして生態系を豊かに保とうという「冬水田んぼ」にしています。そこに、みんなで種もみを播いて育てた苗を、横一列にずらっと並んで植え付けていったのでした。ときどき、長靴が泥にはまって抜けなくなって転ぶ人が出たり、その日だけ参加している子供たちもたくさんいて賑やかでした。

そのとき植え付けた稲ももうずいぶん背が高くなりました。そこで、毎年恒例だという案山子を作るイベントがやってきました。

 

ふだんは4つのチームに分かれて活動しているのですが、この日はチームで2体の案山子を作るようにとのお達しで、チーム内で作業を分担。私は初めてなので勝手がわかりませんが、何年もこの教室に参加しているベテランの方々がアイディアを持ち寄って方向性を決めてくれました。先に古着などを集めていたので、そういうものを材料にして適当に作っていくのかと思っていたら、ちゃんと作る予定のキャラクターにぴったりの材料を用意してきていたりするので驚きました。ほかのチームでは、キャラクターの顔部分を作るのに、発泡スチロールの切り貼りと着色まで済ませたパーツを持参していてびっくりしました。なんとまあ、気合が入っていること!

 

竹を十字に縛って固定し、パッキングや布を巻いて肉付けして古着を着せ、頭部を作って載せれば、案山子ができます。もっと簡単に作るなら、肉付けせずに十字にした棒に古シャツを着せて帽子でもかぶせるだけでも案山子にはなると思うのですが、どのグループも結構熱が入っていて、有名なキャラクターからテレビや新聞で騒がれている「時の人」まで、いろいろな案山子を作っていました。例年、時間内で終わらず居残る組が出るというのも、わかる気がします。

 

私のチームは、ドラえもんと、ジブリのアニメ『ハウルの動く城』にでてくる案山子のふたつを作ることに。

ドラえもんは発案者が持参してくださった青い布を身体に巻き、フェルトで顔などの細かいパーツを作り、首に鈴をつけて完成。完成した姿を見ていると、いっそのこと、どら焼きも作って、おなかのポケットからちらりとのぞかせたくなりますが、さすがにそこまで凝るのはやめました。顔を作った方が慎重にパーツを切り貼りしてくれたので、顔もよく似ています。

 

ハウルの案山子の方は、なるべくスーツらしく見えそうな古着を選んで着せ、キラキラのボタンを縫い付け、パイプは竹で、大きなシルクハットは麦わら帽子を改造して作りました。

アニメ版では愛嬌のある案山子ですが、原作(『魔法使いハウルと火の悪魔』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ著)では腐りかけの大きなカブを頭にした、もっと不気味な案山子だったような。悪い魔女によって王子の魂を入れられたその案山子は、無自覚に言霊を使っているソフィーに魔法を解いてもらいたくて、ずっとケンケン足でついてきていたんだっけ……アニメ版よりずっと複雑でわくわくする、ジョーンズの作品を読み直したくなります。

個性豊かで複雑な事情を抱えた登場人物たちが集まっているだけでも大変なのに、さらに外的要因によって状況がめちゃくちゃになり、収拾がつかなそうになるのに、ラストにはそれぞれの始末がついて、大団円のハッピーエンド!!……ジョーンズはそんな作品を書く、ファンタジー界の大御所です。アニメにするにはどうしても削らざるえかったのでしょうが、原作者のファンとしては物足りなかったな、などと考えながら帽子を頭に縫い付けるのを手伝ううちに、頭の中では「近いうちに再読したい本リスト」にこの本がひそかに書き加えられました。

 

出来上がった案山子を担いで、田んぼへ。地面に埋め込んだパイプに案山子を差し込み、固定して完成!田んぼの緑一色の中に、色とりどりの案山子たちが目立ちます。一般にも参加者を募って案山子を作ってもらったので、案山子はずらりと並んでいます。鳥をよけるだけならこんなにたくさん要らないのかもしれませんが、それはそれ。キャラクターものから、稀勢の里、今話題の若き将棋名人の藤井くんまで並んでいる光景も面白いものです。来月の稲刈りまで、風雨に負けず、ちゃんと立っていてくれることを願って。稲刈りが楽しみです。

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夏の食卓

手賀沼のすぐそばで、週末に有機農法を学ぶ教室に、春から通っています。別に農家になりたい人向けではなく、来ている方たちも「みんなで作業する家庭菜園」のような感覚のようです。私は庭でも小さな菜園を作っていますが、ちょっと興味があったので、とりあえずこの一年(春から冬まで)は参加してみることにしたのです。

 

春には田植えも体験し、今は夏野菜の手入れや収穫などの時季を迎えています。

この教室では、みんなで分担しながら野菜を作り、収穫物はその日に来ている人で分配ということになっています。

先日はトウモロコシと枝豆が配られました。有機農法なので枝豆などもだいぶ虫害を受けていましたが、それでもたくさん実がなりました。葉っぱもついた株のまま、一抱えも頂いて帰るのは一苦労かもしれませんが、やっぱりとれたての野菜を頂けるのは嬉しいものです。

 

帰宅して、さっそく枝豆のさやを茎からブチブチと切り離す作業にかかりました。量が多いし、気をつけないと葉に付いた甲虫がざるにまぎれ込みそうなので大変です。トウモロコシの皮も剝きました。

それから枝豆を塩ゆでし、その蒸気を使ってトウモロコシを蒸籠で蒸してみました。トウモロコシはたぶんゆでるより甘くなるのではないかと思ったからです。

 

そして枝豆とトウモロコシをお気に入りの皿に盛りました。トウモロコシはまだ少し若くて、実も小さめでしたが、とても甘い!甘さが評判で、近年流行っている『ゴールドラッシュ』という品種だそう。ネーミングセンスはよくわからないけれど、景気が良さそうでなにより。

枝豆も少し小粒ですが、味が濃くておいしい。ついつい手がとまらなくなります。ときどき、食べるところがないくらい若いさやも交じっていましたが。

写真で奥の方に写っているのは自家製のベーコン。豚肉のかたまりをスパイスと塩で漬けておき、桜のチップを使っていぶして作ります。豚肉が手ごろな価格で手に入るときに、まとめて作ってストックしています。

 

夏野菜は素材の味を楽しめるよう、ゆでたり蒸したりしただけでしたが、十分おいしかったです。それぞれをお気に入りの器に盛り付け、いかにも贅沢な夏の食卓となりました。

また、秋にはどんな野菜が採れるのか、どんな料理ができるのか……今から楽しみです。

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はらぺこあおむし

こどもの頃から、朝ご飯はパンと紅茶というのが定番だったので、パンが好きです。忙しいときや、おいしそうなパンを扱うパン屋さんに出会ったりすると、つい買ってしまうこともありますが、家で食べるパンは基本的に自家製です。

 

「パンを焼く」と言うだけで、「この人は大層な料理上手にちがいない!」と思われてしまうことがままあるのですが、実はパンを焼くこと自体はそんなに難しくありません。

でも、たとえばパンの発酵の具合などは、その日の気温や使ったぬるま湯の水温、時間などでも変わってしまうので、風味、膨らみ方、生地のきめ、表面のパリパリ感などは、毎回さまざまに変化します。

といっても、もちろん、お店ならレベルの高いパンをコンスタントに提供しなければならないでしょうが、家で食べるなら、多少失敗しても「ご愛嬌」です。

 

そんな調子で月に何度かパンをまとめて焼いて冷凍しておきます。前は、食パンを焼くことが多かったのですが、最近は『ハイジの白パン』という、ごくシンプルな生地の丸パンを焼くことが多くなりました。レシピでは600グラムの粉を使った生地を6個に分割するのですが、あるとき「分割が多いと冷凍庫で場所をとる」と気づき、3個に分割してコッペパンのように細長く焼いてみました。これなら確かに場所を取りません。

 

そして調子に乗って、次のときには2分割にしてみました。作業の合間にパンを焼いていたために、ついパンのことを忘れかけて2次発酵が長びき、あわててオーブンをセット。少し生地が膨らみすぎでしたが、家庭用なら許容範囲!

しかし、パンはオーブンの熱でさらに膨らむので、焼きあがったパンは想像以上の大きさになっていました。まるで小さな枕のようで、見ているだけで笑えてきます。

ひとしきり笑ったあと、「さすがに2分割はやりすぎだったか」と大きなパンを前に考えていましたが、ふと目の前のずんぐりしたパンに既視感を覚えました。なんだろう、何かに似ている……。なにか、最近見たものにこんなものがあったはず。

 

パンをスライスしながらも考え続け、ほどなく思い出したのが、「あっ!『はらぺこあおむし』!!」

『はらぺこあおむし』は言わずと知れた有名な絵本ですし、私も子供のころとても気に入っていました。たまたま、アトリエで使おうと数年ぶりに読み直したばかりだったのですが、さなぎになる直前のずんぐりしたあおむしのイラストが、目の前のパンにそっくりです。

大笑いのあと、絵本を持ってきて、記念撮影。今後はもう2分割にはしないと思うので、こんなパンを焼くこともないでしょう。失敗と言えば失敗かもしれないけれど、楽しませてもらいました。

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頼もしき精鋭たち

右上は暇つぶしに作った、練り消しゴムのウサギ像
右上は暇つぶしに作った、練り消しゴムのウサギ像

誰にでも仕事の集中が切れるときや、うまくいかなくてイライラと心が乱れるときというのがあると思います。原因やその対処法も、きっと人によってさまざまなのでしょう。

 

私にももちろんそういうときがあります。そんなときは、気分に合った紅茶を丁寧に淹れて一息ついたり、庭をぐるりと一周しながら植物をながめたり、新聞を読んだり、いっそ掃除を始めてしまったりします。

しばらく机から離れて気分転換してから戻ると、たいていはまた作業ができるようになるのですが、それでもだめなときはなにをするべきか。

鉛筆を削る、というのもいいものです。

 

美術予備校に入ったころ、「6Bから6Hまで用意してね」と講師に言われ、「そんなに使うの?」と驚きながら、それぞれの濃さを一本ずつ買いました。でも、鉛筆はデッサンに使うとあっという間に芯が摩耗するので、「一本ずつでは全然足りない!」と気づいて、あわてて買いに行ったり。なにも知らなかった自分を思うと、なんだか微笑ましく感じるほどです。

受験中には鉛筆を削る時間も惜しいので、よく使う濃さの鉛筆などは1ダースも削って、いつでもすぐに出せるように用意していました。緻密で正確なデッサンを描こうというときに、先の丸まった鉛筆では役に立ちません。”必要な時に先のとがった鉛筆がない”というのは、あのころの私にとって恐怖でした。”受験の真っ最中に、道具箱の中の鉛筆がすべて丸まってしまっているのに気づいて焦る”という悪夢さえ、何度か見た気がします。

 

今では、受験生のように大きなデッサンを描く機会はほとんどなく、鉛筆の使用量も減りましたが、それでも鉛筆は山ほどあります。百本は軽く越すだろう鉛筆たちから、先が丸まったものを選り分け、片っ端からカッターナイフで無心に削っていくのです。

芯のやわらかさや太さ、金属質の芯の硬さ、木質の材質や密度、削りやすさ、メーカーによる違い……目と手から入ってくる情報以外を忘れて黙々と削り続け、顔を上げると、いつの間にかずいぶん時間がたっていることに気がつきます。先が丸かった鉛筆たちもすべてとがって、いかにも”精鋭部隊”という顔をして並び、どこか誇らしげにさえ見えます。なんと頼もしい!

机の上にとがって先の利きそうな鉛筆がずらりと並ぶと、また頑張れそうな気がしてくるから不思議です。

 

鉛筆は使うたびに削られて短くなっていってしまいますが、順調に描いているときも、いい絵が描けないまま時間ばかりがすぎていくようなときも、文字通り身を粉にして(!)私につきあってくれます。革製品などをよく使いこんで風合いを持たせていくことを「育てる」と言うことがありますが、鉛筆も下ろしたての長いものはそっけないし、鉛筆ホルダーで挟めないくらい短くなるまで使ったものには、やはり愛着がわきます。

 

小学生でも電動の鉛筆削りを使う時代ですが、絵を描くには芯を長く使えるよう角度をつけて削るので、カッターナイフなどが使われます。なんでも使い捨てたり機械で用をすますことが増えている中では逆行と写るかもしれませんが、そうやって手間をかけて道具を大事に使うことに、”人間”と”道具”のひとつの形を見るような気がします。ペンや万年筆でデッサンするのも大好きですが、鉛筆とのつきあいはまだまだずっと続きそうです。

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柏餅

こどもの日はとっくに過ぎてしまいましたが、先日、ようやく柏餅を作りました!その頃は忙しかったので、作らずに市販のものを食べましたが、四月のうちから柏の葉の塩漬けは買ってあったのです。

 

桜餅(道明寺)は毎年作っていますし、好物なので、年によっては数回作ってしまうほどですが、柏餅は作らない年もあります。今回はおそらく数年ぶりでした。

なので、ちょっと張り切って、電子レンジを使った簡単な作り方でなく、蒸籠(せいろ)を使って蒸す本格派で作ってみることにしました。

上新粉と砂糖と水を練ったものを、ちぎって蒸籠に並べて蒸し、すり鉢でついて片栗粉を加え、餡を包んで柏の葉でくるみ、もう一度蒸し上げる・・・・・・あまり知られていませんが、案外手間のかかったお菓子です。


作っている時にはあまり柏の葉の香りはしませんが、出来上がった柏餅を置いておくと、いつの間にか葉の香りがお餅に移っていきます。

 

市販のものほど生地に砂糖をいれませんし、添加物も入っていないため、固くなるのは早いですが、シンプルな米粉の味のする生地と餡の組み合わせ、そして柏の葉の深くて清々しい香りは、素朴で無造作で、いっそ潔ささえ感じられます。

柏の木は秋になっても葉を落とさず、茶色く枯れた葉は新芽が出てくるまで木に残ります。これが「代を絶やさない」ように見え、武家などで縁起がいいとされたのが柏餅のルーツだそうですが、もしかしたら外見や香り、味まで潔かったことも好まれた理由のひとつなのでは?などと考えてしまいます。兜の前に飾るには、やはり桜餅のような可愛らしくて甘やかなお菓子より、色合いも香りもこざっぱりして凛々しい柏餅の方がふさわしい気がするのです。

 

写真に写すのを忘れましたが、抹茶も点てて、いただきました。めったに作らないので、あれこれと作り方を工夫することもないぶっつけ本番というわりには、出来はまずまず。来年のために今回のことを覚えておければいいのですが、柏餅ばかりはこれからも「前はどうだったっけ?」と悩みながら作ることになりそうです。

 

実は、北海道で柏のどんぐりを拾ってきて、いまは鉢植えで育てています。本葉はまだ10枚もありませんが、もっと大きくなったら、柏の葉も庭で調達できるようになるかもしれません。楽しみです!


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ふきのとう

49個のふきのとう。これから私の愛刀(?)、有次の包丁で刻むところ
49個のふきのとう。これから私の愛刀(?)、有次の包丁で刻むところ

今年もふきのとうの季節がやってきました。

なぜか今年は庭のふきのとうが不発だったので、里山を散歩して集めてくることにしました。

 

毎年採らせてもらっている空き地に行ってみると、例年になくたくさん出ているではありませんか!北国では雪の間から顔を出すふきのとうが春の訪れをしみじみと感じさせてくれるのだそうですが、私にとっては、初々しい薄緑色に感嘆するものの、もはや「ふきのとう=春の味覚、美味しい山菜」です。

あまり小さいのや育ちすぎたのを残しても、まだまだたくさんあるのが嬉しくて、夢中で集めました。

 

それを使って、フキ味噌を作ることにしました。

よく洗って刻んだふきのとうをゴマ油でいため、みりんや少しの砂糖、味噌をまぜ、余分な水けを飛ばしたら完成です。

アクが強ければ刻んでから水にさらす方法もあるようですが、今回は別にアクも強くなさそうでしたし、さらしすぎて苦さがなくなったらと考えただけで悲しくなってきたので省略しました。

 

ほろ苦い春の味は冷奴でも湯豆腐でもぴったりですし、もちろん白いご飯にのせても美味しいです。

子供のころはあまり美味しいと思えなかったこのほろ苦さが、今は「ふきのとうは、やはりこうでなくては」と思うほど好きになっているのですから不思議なものです。

 

大量のフキ味噌ができてから、「こんなにあったなら一部は天ぷらにでも回せばよかったのに!」と気がついても後の祭り。このあたりのふきのとうの季節はもうおしまいです。今年は天ぷらをあきらめ、また来年のお楽しみとなりました。

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長崎への旅 終わり

今回久々に旅に出てわかったのは、旅が自分にとっていかに必要なものであったか、ということかもしれません。

人によっていろいろなストレスの発散方法があるので、もしかしたら旅を全く必要としない人もいるのかもしれませんが、少なくとも私には非常に重要なものである、ということがわかりました。

 

知らない土地を歩き回り、地理や土地の情報を頭に入れつつ、逆に普段使っている頭の中のどこかは回路を切り離し、空っぽにしていく。誰でもないひとりの旅人にすぎない者になって見知らぬ街をうろつき、その土地のものを食べ、方言を聞き、その土地のペースで生活する。美術館や資料館をめぐったり、ただ風景をぼーっと眺めたりするだけでいい。

 

そうすると、だんだん自分がほどけて、頭が空っぽになってくる。そして、なぜか少し離れたところから自分を見られるようになる。「私は」「私が」「いつもは」から離れた視点でものを見て、感じることができる。難しく考えることに疲れた時でも、ただ”感じるだけ”の自分であることができるようになる。

 

……そんなことを感じました。

たぶん、旅をしたいときというのは、日常から脱したいときばかりでなく、たぶん自分から脱してもう一度自分を発見しなおしたいとき、なのではないでしょうか。

迷子になりに行き、自分でその迷子を見つけて戻ってくるまでが旅なのかもしれません。

 

今回も、思う存分異邦人になって、リフレッシュして帰ってきました。これでしばらくはまた頑張れそうです。

でも、友人が一人でフランスを旅してくる予定だと聞いたことも刺激になり、またどこかへ旅に出たい気持ちになっています。さて、次はどこに行こう。

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長崎への旅(5)

長崎と言えば南蛮貿易がすぐに思い浮かびます。はじめは出島へも行く予定だったのですが、ガイドブックの中でも出島はハウステンボスなどに押されて小さく載っているだけでしたし、実際に長崎に着くと見るべき場所がたくさんあって後回しになってしまいました。最後の一日にどこを見ようかと思案したときには、疲れているし、もう出島もやめてゆっくりと街歩きでもする方に気持ちが傾きかけていましたが、その時はっと思い出したのです。小学校の高学年か中学生だったか、社会科の授業で出島について教わった時、「わぁ、そんなところが長崎にあったんだ!そこだけ外国風だったのかな。どんな感じだったんだろう」と想像をめぐらせてわくわくし、「長崎は遠いけど、大人になったら行けるかも。行ったら出島を見てこよう!」と確かに思ったことを。

すっかり忘れていたけれど、もしかしたら今回の旅の行き先に長崎を選んだのも、頭のどこかにそれが引っかかっていたのかもしれません。

疲れていようがなんだろうが、私はいま長崎にやってきていて、あと一日暇がある。そして何より、「出島に行きたい!」と願う子供のころの私を思い出してしまったからには、行ってやらないわけにはいきません。行かなかったら純真なあの子の気持ちを裏切ることになるし、私が廃(すた)る!!……ということで、この日はまず出島へ行くことにしました。

 

 

出島はご存知の通り、南蛮貿易のために造られた人工島で、扇の形をしています。初めはポルトガルとの貿易を目的としていましたが、出島ができた翌年に島原・天草一揆があり、その2年後にはポルトガル船の来航が禁止となったため、以後幕末まではオランダ商館が置かれ、ヨーロッパとの唯一の貿易拠点として使われました。しかし通商条約が整って横浜や函館などでも貿易が始まり、また長崎でも拠点が外国人居留地に移っていったこともあり、出島はその役目を終え、周囲の埋め立てによって陸続きになっていったとか。

 

戦後になって出島を復元する計画が持ち上がり、市が長い年月をかけて発掘や文献の調査をして、どこにどんな建物があったのか、どんな工法でどんな建材を使って建てられていたか、何に使われていたのかなどを調べました。当時に描かれた出島の絵や数少ない写真も重要な資料となり、なるべく当時のままに、どうしてもわからない部分は出来る限り根拠のある予想図を作って補い、もう使われていない工法や建材は職人たちを巻き込んで復元してもらったりしたのだそうです。

今ではまた川に囲まれて、ほぼ扇形を取り戻し、中の建物もほとんどが再建されています。スタッフまでが役人の格好をして、雰囲気づくりに一役買っていました。

 

当時は遊女以外の女性は島に入れませんでしたが、今は入場料さえ払えばだれにもとがめられません。

中に入ると、日本家屋がずらりと並んでいますが、和洋折衷な印象の建物もいくつかあります。一階は倉庫、二階は住居となっていて、倉庫は主に土間ですが、住居は畳敷きに椅子やテーブルが置かれ、土足で出入りしていたとか。

 

積み荷は役人の立ち合い(監視)のもと、秤で計って目録を作り、倉に保管されました。台湾やインドネシアからの砂糖も大量に輸入されていたようです。砂糖はもちろん高級品でしたが、日本のほかの地域に比べると早く民間にも浸透したのではないかなと想像します。長崎の名物のカステラも砂糖をたっぷり使いますし、お料理の味付けも甘めなのは出島からの砂糖があってこそではないでしょうか。(戦国時代は角砂糖2~3個くらいの砂糖で小さな山城が買えたという話を聞いたことがありますが、この時代ではさすがにそこまでではないでしょう)

ほかにもインドの更紗、イギリスの陶器、マレーシアの錫、インドネシアからは丁子(クローブ)などの香辛料が運び込まれました。日本からは銅が主な輸出品で、銅を検め、保管した倉も復元されていました。

他にも、発掘中に出てきた大量の陶磁器や日用品をはじめ、人気の輸出品だった日本の焼き物の展示や、長崎が学問の最先端だったことを感じさせる顕微鏡や実験器具、エレキテルなどの展示もありました。

 

普通の商館員の部屋は簡素で、畳敷きに障子、漆喰の壁という内装です。ベッド、水差しが置かれたナイトテーブル、お酒の瓶や日用品が載った棚、長持、イスぐらいの家具しかなくこざっぱりしています。

壁に金属製や陶製の深皿のようなものがかけてあるのですが、何に使うものか想像が付きませんでした。説明によると髭剃り用の道具だそうで、よだれかけのように、丸くくりぬかれた部分に首をあてて使うのだとか。(これを見ただけで用途を当てられる人がいたら尊敬します)

また、ベッドにはその半分を占拠する大きなクッションが置かれていましたが、当時は体を平らに横たえず、クッションにもたれて座るような恰好で眠っていたと知って驚きました。現代ならリクライニングチェアで寝るような感覚でしょうか。

 

カピタンの部屋は外から見てもわかる広さと豪華さです。建物を通らず直接二階に上がれる屋根付きの階段でカピタンの部屋へ。カピタンの住居ともなると、執務や応接・接待のための部屋もつき、広々としています。壁と天井には特注らしい洋風の唐紙が張られ、黒ずんだ柱さえ洋風に見えてきます。ピンクの唐紙の壁に青緑の扉。カラフルな内装にシャンデリアがきらめくこの部屋は、招かれた日本人をさぞ驚かせたことでしょう。10人はかけられそうな大きなテーブルにはクリスマスの晩餐が再現してあります。こんな料理を日本人もまじえて囲んだのでしょうか。

ちなみに出島を出入りしていた役人や阿蘭陀通詞(通訳)たちは、出された西洋料理にあまり手をつけず、包んで持ち帰り、家族や部下たちと一緒に食べて、バターなどは薬としていたとか。お茶の席でも食べきれないお菓子を持ち帰ってもいいことになっている日本と違って、西洋のマナーでは食べ物を持ち帰ってはいけないのかもしれませんが、そうして異国のものを持ち帰って分け合って楽しむ姿はなんだかほほえましい気もします。

 

出島の敷地内には、倉庫や住居だけでなく、豚や牛を飼う小屋や菜園、庭園もありました。

ほかにも、明治期に建てられたという社交場(現在はレストラン)や、淡い水色に塗られた神学校があります。神学校は中に入れませんが、現存する日本最古のプロテスタントの神学校だそう。こんなにせまい島でも宗教施設と庭園は欠かさないのだなと感心します。

 

すみずみまで展示を見ながら建物を回っていると、午後になってしまいました。まだ出来上がっていない建物もあるとはいえ、ほとんどの建物が復元し、内部も展示がされているので、予想以上に見るところがたくさんありました。外に出ると「こんな小さな島に何時間もいたのか」と驚くほどです。

近くのカフェで神学校の建物を窓から眺めつつ、ケーキセットを頼んで一息。それからまだ長崎に来て一度も乗っていなかった路面電車に乗って平和記念公園へ向かいます。

 

本当は午後いっぱい平和記念公園で資料館を見学するつもりでいたのですが、予定外の出島での長居が響いてしまいました。資料館を見る時間が取れそうになく、すでにあたりは黄昏てきています。原爆資料館は広島に行ったときに広島の資料館をじっくりと見学してきたので、今回の旅では寄れないことを許してもらって、今度来た時には必ず寄ろうと決めました。そして平和記念公園をゆっくり歩き、平和祈念像や爆心地の碑を回り、平和への祈りを捧げてきました。

 

帰り道、まだ重苦しく悲しい気持ちを抱えたまま、帰宅ラッシュの路面電車に揺られながら、長崎駅を目指します。街はにぎやかで、あちこちで灯りがともり始め、信号が変わればたくさんの人が道路を行きかいます。これから夜の街に繰り出す人、家へ帰ろうとする人。ほかのどことも同じ、ふつうの街の夜。それでも、どんな苦しみと悲しみを乗り越えて、ここまで復興してきたのだろうと考えずにはいられません。改めて、今度来た時には必ず、資料館もじっくりと見学することを誓いました。

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長崎への旅(4)

ここのところ忙しくてなかなか更新できず、お待たせしております。もう少し長崎のお話が続く予定ですので、よろしくお付き合いくださいませ!

 

九州は焼き物が盛んなので、いつか九州に行ったらどこか訪ねてみたいものだと、常々思っておりました。長崎から足を伸ばせるところにも伊万里、有田、波佐見など焼き物の里があります。

せっかく長崎にいるなら、ひとつくらいは訪ねなければもったいないと思い、有田に行ってきました。本当は伊万里焼の方が好きなのですが、長崎市内から行くと有田まで2時間、伊万里へは乗り換えてさらに行かねばならないとわかり、今回はあきらめました。

 

東京から長崎はさすがに遠いので空路で来ましたが、あっという間に着いてしまうので旅情を味わうには物足りなく感じました。それにひきかえ、電車の旅は楽しいものです。林や川を避け、あるときは田畑や野山、集落を突っ切りながら伸びる線路をゆく。にぎやかな町やひなびた里、枯れた田んぼと低い山々、どこか懐かしいような古い農家……。

飛行機のような俯瞰の視点ではなく、ちゃんと地続きに『日常』の目の高さを保って、その土地を感じながら移動していくことができます。歩くのとは違って細部はあまり見えず、今見えたものが何かさえ確かめられないのは少しもどかしく感じることもありますが。

でも本当は、「旅は馬で行くのが一番なのではないか?」と、ときどき思います。歩くより楽で距離も稼げるうえ、何か気になったら立ち止まれるし、車や自転車より視点が高く、あたりを見渡したり、未知のものがないか探したりするのにはうってつけです。それに、単調な道でも生きた道連れ(馬)がいる方がきっと楽しいはず。馬は人間と違って話はできないけれど、乗り手と同調しつつもいい距離感で放っておいてくれることは、内モンゴルで馬に乗って旅した時によくわかりました。

江戸時代でも馬に乗って旅をするのは身分やお金のある人か、火急の用がある場合であったようですから、そう多くはないはず。今ならなおのこと目立ってしまって困るし、馬を預けられる宿もなければ、替えの馬の用意もないでしょうけれど、やはり馬で行く旅にはロマンがあります。その土地の歌を教えてもらって一緒に歌いながらのんびり行くのはいいものです。

 

そんな空想を広げておきながら馬をもたない私は、 長崎駅から電車に乗りました。土曜の午前中なのに、車内はがらがら。旅のお供と決めているアーモンドチョコレート(ただし旅先が海外のときはミントチョコレートになる)をリュックにしのばせ、ときどきこっそり口に含みながら、車窓から外の風景を眺めます。

私は植物が好きなので、どこに何が生えているかを無意識に観察する癖があります。目に入った植物の名前をひとつずつ確認したりはしないものの、なんとなくアンテナは張ってあり、見慣れない植物があるとすぐに気が付くという感じでしょうか。長崎はやはり暖かいので、植えてある植物も関東より熱帯性のものが多く、街中に植えられている中にも関東では見慣れない植物がいくつもありました。車窓からも、まだ青々としているミョウガの葉や花が残っているアサガオを見つけ、「ああ、ここは本当に暖かいのだなぁ」と思いました。

また、民家の庭を見ていて気が付くのは、柿の木が少ないことでしょうか。関東は柿の表年で、どこでもたわわに実っていたのに、長崎では柿の木は数えるほどしか見かけず、姿もひよわそうでした。「柿の木はあるのに、私が見逃しているだけかも」とはじめは思いましたが、柿の木ならば枯れ木でも枝ぶりなどで「柿」とわかるはず。やはり柿の木自体が少ないと思っていいのではないかと考え直しました。逆に多かったのは、柑橘類や枇杷でしょうか。暖かい気候を生かして庭に植えるなら柑橘が合っているのかもしれません。そういえば、長崎にはザボンの皮を砂糖漬けにした、有名なお菓子もありました。

 

風景が単調なところでは本(こちらにきてから古本屋で購入)を読んだり、ぼんやりしたり。諫早湾の横を線路がカーブしながら通っていくところでは、わくわくしながら水面にキラキラと日の光が踊るのを眺めます。途中駅で2両ほどの電車に乗り換え、ようやく有田へ。

観光案内所で街の地図をもらい、いざ!焼き物のお店が集まっている方へ向かう途中、いくつか橋を渡りましたが、川の水がとても澄んでいて綺麗なこと!よく見ると川底には陶片がたくさん沈んでいます。失敗作を投げ入れたのでしょうか。それにしてもなんて綺麗な水。やはりこの水が焼き物の発展に一役かったのでしょうか。

 

お店の並ぶ通りに着きましたが……どうしたことか、にぎわいそうな土曜日を選んで来たというのにひどく閑散としています。にぎわっていれば店主と一対一でやりとりせずとも、さりげなくお店を見せてもらったりできると思ったのに、あてが外れました。どこも空いていて、通行人はひどく目立ちます。店先に出ている小物を見ていると、すかさず店主が出てきて「寒いでしょうから」「お茶を飲んでいって」とたくみに店の中へ連れ込まれてしまいました。よほど暇なようで、「買わなくていいから」と世間話につきあっているうちに、有田焼400年を記念した大イベントが先日まであったため、今は休業中のお店が多いしお客も少ないのだということがわかりました。どうやら買い物にはあまりいいタイミングではなかったようです。

行く先々でお茶を出されてしまい(断る間もなく用意されてしまうのです)、かといって全部のお店で何か買うわけにもいかないのでなるべく丁寧にお礼を言ってありがたく頂き、さわやかに挨拶して退出というのを繰り返しながら、少しずつ有田の街を進みます。少し気疲れはしますが、寒い日だったので熱いお茶はありがたいですし、買ってくれるかどうかではなく、旅人をあたたかくもてなそうとする心が感じられたのは嬉しかったです。

 

しかし、某窯元ではちょっと困りました。ご主人が「高級なわりに厚手だから普段使いに向いているし、むしろ普段にこそ、こういういいものを使ってほしい」「きっと使うほどこの良さがわかるはず。何年も毎日使えるならば安いものだ」などと熱心に勧めてくるのです。品質に絶対の自信があり、焼き物を愛しているのもよくわかるのですが、まるで畳みかけてくるかのような売り込みには参りました。

たしかに端正で品が良い造形で、手にも馴染む質感と形、普段使いに耐える程よい厚みと確かさがあります。その良さはよくわかりますし、ごもっともな意見だとも思うのですが、だから買えばいいという問題ではないはずです。

湯飲みでも八千円くらいするようなお店ですし、私がいいなと思ったお皿は、多彩色の更紗のような絵付けで、凝っているだけにお値段も高くてとても手が届かない代物でした。(もしどうしてもこれを手に入れたいと思うほど魅せられたのなら、清水の舞台から飛び降りることもありましょうが、そんなことはなかなか起きるものではありませんし、起きたら困ります。)ご主人がこの価格帯ならどうかと勧めてくれる湯飲みやお茶碗は絵付けが好みでなく、やんわり断りましたが、あきらめてくれません。こんないいものがここにあり、その良さがわかるうえ手が届く値段なのに買わないなんて理解に苦しむとでも思っているご様子。

でも、1万円ちょっとのお茶碗を勧められたとき、「ひとりだけ家族の誰よりも高いお茶碗になってしまう」と言ったら、真顔で「そういう方はよくいらっしゃいますよ。どうせ良いものなんかわからないから、旦那さんのお茶碗は500円の安物にして、奥さんは自分の好きなのを使うんです」と答えが返ってきたのはおかしかったです。

 

その後もぶらぶらと通りを歩き、古民家の中を公開しているところに寄って店番のおばさまたちにお茶と金柑入りのケーキをごちそうになったり、友人へのおみやげに箸置きなどの小物や、自分用に飴釉の小皿を少し買ったりしました。閉まっているお店がけっこうあったのが残念でしたが、今度はもっといい時期に、できればレンタカーで来たいと思いました。見どころが離れていたりもするし、レンタカーがあれば波佐見や伊万里へ足を伸ばすこともできそうです。

 

有田駅に戻ってきたら、電車が行ったばかり。本もあるから平気と、あまり時間を気にしていませんでしたが、次の電車まで一時間もありました。やはり地方に来たときは電車の時間は先にチェックしておくべきでした。

仕方がないので駅前の喫茶店に入ってみることに。年配の女性がひとりで店番をしているお店で、木やレンガを使ったレトロな内装です。かなり古そうで、テーブルや椅子の足が少しがたついたりしてはいますが、きっと昔はモダンな建物だったのだろうなと思わせるようなお店でした。旅先でふらりと地元のお店に入るのはやはりちょっとした冒険で面白いものです。

 

やっと来た電車に乗り長崎へ着くと、もうすっかり辺りは暗く、寒くなっていました。「温かいものが食べたい。そうだ、まだちゃんぽんを食べていないじゃない!」と思い出し、ガイドブックに載っていた港のすぐそばの有名店に行ってみました。

『一人でも入りやすい』とも書いてあった気がしますが、なんせ土曜の夜。家族連れや学生の打ち上げなどでにぎわっているところに一人で乗り込んでちゃんぽんを食べるなんて、超のつく“アウェー”。もちろん駅ビルのチェーン店の方がハードルは低いはず。でも私はこういうとき、どちらの方が“非日常”か、“冒険”か、”いつもの私からより遠い”か、という選択の仕方をするのが結構好きなようです。

端の方でちまちまと(すごく熱いので)ちゃんぽんを食べている私は、おそらく浮いているか、目立たなすぎて誰の目にも留まっていなかったかのどちらかだったでしょうが、そういうことはつとめて忘れ、魚介も野菜もたっぷり入ったちゃんぽんを堪能。豚骨と魚介の出汁を合わせたようなお味でした。

そういえば、指の先ほどの、ごく小さいのに濃厚で美味しい牡蠣が入っていたのですが、あれはそこらのテトラポットか何かからお店の人が採ったのでしょうか?もしそうでもおかしくないくらい、長崎港のあたりには手に届くところにたくさん貝がいるのですが。(まさか、ね)

 

すっかり温まったので、少し夜の港を散歩しました。お店の灯りや小型船を派手に彩るカラフルな電飾が、夜の黒い海に反射しています。さざ波のせいで、印象派の筆遣いのようにも見えるその光をしばし眺め、それから美術館が8時までだと思い出し、外の階段を上って美術館の屋上庭園へ。ライトアップされた階段はなんだか現実味がなくて、実は自分は夢の中を歩いているのではないかと疑ったほどでした。

屋上から街の灯りを眺めていると、こんなところにこんな時間に、だれにも知られずひとりいるなんて、となんだか妙な気分になってきます。孤独(いい意味で)と爽快を同時に覚え、それでいて、ひどくせいせいとするような。

 

ひとしきりぼーっとして、閉館時間が近づいてからまた階段を下り、歩き出します。旅に出ると、毎日足を棒のようにしてしまう自分に少し呆れ、今度から旅の荷物には湿布も入れるべきだろうかと考えながら、ホテルへと帰りました。

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長崎への旅(3)

さて、ちょっと中断をはさんでしまいましたが、長崎の旅を続けることにします。

 

長崎は海にも面していますが、他の部分は山に囲まれていて、高台から見下ろすとよくわかりますが、街がすり鉢状に広がっています。その底の方にお店や会社などが集中し、山あいには住宅がびっしり。

数日間、ひとつの街の中をいろんな時間に歩き回っていると、だんだんと人の流れや街の時間の流れ方などがわかってきます。長崎ではすり鉢の斜面あたりに住む人々が出勤や通学時間になると駅や会社のあるすり鉢の中心部に集まってくるようです。そして、それぞれの行き先へと向かって人々は行きかい、また夕方から夜になるとそれぞれ家路をさして帰ってゆきます。

そういう人の大きな流れがあるせいでしょう、町の中心地にはいくつも活気のある商店街がありました。昼間や夕方の買い物客の人出はもちろんですが、雨降りの日でもアーケードを通れば傘いらずですし、普段から通勤・通学に利用している人も多そうでした。

 

地元の人が行きかう中を、旅人の気分で歩いたり、地元民になりきって歩いたりするのは、楽しいものです。

“市場へ行く人の波に 体を預け 石だたみの街角を ゆらゆらとさまよう……”

頭の中で久保田早紀の『異邦人』の歌詞が浮かびます。歌詞は、”祈りの声 ひづめの音”・・・と続き、どこの国とも知れぬ(却ってそれがいいのでしょう)異国情緒たっぷり。あの歌詞を東京に居ながらにして書くとは、素晴らしいセンスだと思います。

 

商店街を“ゆらゆらと”さまよっていると、いろいろと発見があります。昔ながらの老舗がどっしりとした年代物の看板を掲げているかと思えば、若者向けのお店もあり、道行く人も老若男女さまざまです。商店街というと、さびれてしまってシャッターが下りている店も多く、客も年配の方ばかりになってしまっているような悲しいイメージでしたが、それは単に自分がそういう商店街しか知らないからだったのでしょう。まだこういう活気のある商店街も残っていたのかと驚きました。そういえば、初めて仙台に行ったときにも商店街がきちんと機能していて驚いた気がしますが、長崎はそれよりさらに活気のある様子でしたし、老舗も残しながらもお洒落な新しいお店やちょっと変わったお店もあって、世代交代もしくは世代の共存がうまくいっているという印象でした。

私の好きな児童文学作家が長崎のご出身なのですが、小説の中に活気のある商店街がよく出てくるのが不思議でした。でも長崎ではこういう商店街が今でも当たり前にあると知り、「彼女がイメージしていたのはこういう商店街だったのね」と、ようやく腑に落ちました。

 

商店街からちょっと外れたあたりにある、大正14年に「モダンボーイ」だった創業者が始め、九州最古だという喫茶店へ行ってみました。名物はミルクセーキというのですが、この店では飲み物ではなく、シャーベットにして出します。グラスから盛り上がるくらいにたっぷりとうす黄色のミルクセーキが盛られ、昔ながらの赤いチェリーが飾られているのがレトロ。冬に食べるには寒そうなのでハーフサイズがないかと訊いたら、そちらは食事した人がデザートとして頼む場合にしか提供していないと言われてしまいました。仕方がないので腹をくくってフルサイズを頼みましたが、なんとか食べ終えたら寒くなってしまい、紅茶を追加で頼むことに。

「これ、おいしいよ。ひとくちあげる」「あ、こっちのもおいしいよ」などという会話がちょっと聞こえてきて、さりげなく隣のテーブルを窺うと、高校生か大学生くらいの女の子が二人で来ていて、美味しそうにハンバーグを食べています。

今回はお昼にはまだ早いからとミルクセーキだけにしてしまったけれど、今度は洋食を食べに来るのもいいかもしれません。それならミルクセーキもハーフサイズで良かったし・・・。

 

紅茶を待ちながらそれとなくあたりを観察。店内の様子は、今でこそまさにレトロといった印象ですが、きっと当時はものすごい斬新で、ここに来ることは最先端の流行に乗ることでもあったのだろうと想像します。卵とミルクとレモンの味がして、少しねっとりとした触感のミルクセーキは、当時どんな驚きをもって迎えられたのでしょうか。

ただ惜しむらくは、紅茶はいまいちだったこと。紅茶を頼む客はほとんどいないのか、注文を取ったかわいい制服を着たウェイトレスが「紅茶、ですか?」とちょっと意外そうに聞き返したときに、少しわるい予感がしたのですが・・・。やはりコーヒーはどこでもわりと安くておいしいものがあるのに、紅茶の美味しいお店というのにはなかなか出会えないもので、紅茶党としては残念なところです。

 

 

駅のそばの観光案内所でもらった街歩きのパンフレットを見ていたら、近くに産女(うぶめ)の伝説が残る井戸の跡があると知り、行ってみました。産女は妊娠中やお産で亡くなった女の幽霊で、墓の中で生まれたらしい赤ん坊を抱いて、夜道を行く人を追いかけたりするとされています。地方によっていろんな民話が残っていて、赤ん坊を抱かされたが朝になったら石になっていたとか、赤ん坊を抱かされたあと怪力になっていたなんていう話もあるようです。

小さな路地をうろうろと行ったり来たりしてみましたが、それらしい立札などは一切見つからず、でも絶対にここだろうと思ったところには石がひとつ(井戸の一部?)あるだけ。なんの説明もないのですが、石の上に塩が盛られていたのでやはりここで合っているのでしょう。塩がなければ通り過ぎてしまうような場所でした。ここの産女はどんな伝説だったのか、ちょっと気になるところです。

 

パンフレットにはもうひとつ、商店街の中に六芒星の描かれたマンホールのふたがあると書かれていました。長崎市のマークは五芒星(一筆書きで書く、一般的な星マーク)で、市内のマンホールのふたにはこの五芒星が描かれているのですが、なぜか一か所だけ六芒星があるというのです。

六芒星は正三角形をふたつ、それぞれを上と下に向けて重ねた形をしています。ダビデの星とも呼ばれ、ユダヤとの関りも強く(イスラエルの国旗にも入っています)、また呪術的な意味もあるマークで、日本でも籠目を表す紋として魔除けに使われたりしたようです。五芒星も一筆で描けることなどから古くから呪術にもよく用いられていたようで、日本では安倍晴明の紋としても知られています。五芒星・六芒星ともに、呪術的なシンボルともされているだけに、なぜ一か所だけマンホールのふたが六芒星なのか気になるところです。

行ってみると、商店街のアーケードの下、何でもない顔をして六芒星のマンホールのふたがありました。これもなんの説明もないので、どうしてここだけ六芒星なのかは謎のまま。マンホールのふたの作り方は存じませんが、きっと型を作って鉄を流して作るのでしょう。型を新しく作らなければならないのでしょうから、ひとつだけちがうデザインにするのは手間ひまがかかるはずだと思うのですが、なんのためにそんなことをしたのでしょう。呪術的意味があるのか、単になにかの冗談なのか???

赤瀬川源平の「トマソン」ではありませんが、街歩きをしているとそんな小さな謎や奇妙なものに目が行くようになってくるようです。

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御慶

明けましておめでとうございます。

 

長崎の話を終えてから、新年のご挨拶といきたかったのですが、終わらないまま新年を迎えてしまいました。清々しい新年をすっきりと迎えられないのは、いけませんね。大掃除が終わっていないのもいけません。

 

そんなせいもあるのか、いまひとっつ、新年を迎えたという実感が乏しいようでもありまして。そもそも年明けの瞬間も、大晦日だというのにテレビもつけず、紅白の結果どころか、世間様がカウントダウンで盛り上がっているのさえ知らずに、黙々とおせち料理をこしらえていて、ふと時計を見たら0時2分を回ったところだった、という始末で、なんとも締まりがございません。

 

そういえば年末の買い物でも、伊達巻を作るのに必要なはんぺんと、肝心要の鏡餅とを買い忘れました。なんで鏡餅が肝心要かと申しますと、別にあれが棚の上にどーんと飾られていないと風景が寂しい、というわけではございません。鏡餅というのは、依り代なのだそうですね。年神様、つまり農耕や豊穣を司る神様が山から下りていらして、家々の鏡餅にお宿りになる。そしておせちを家の者たちと一緒に召し上がるのだそうです。祝箸は両側が同じ形をしておりますけれども、我々がせっせと黒豆だの蒲鉾だのを口に運んでいるとき、実は箸の反対側を年神様がお使いになって、我々とご一緒にご馳走を召し上がっているといいます。だから、間違っても取り箸がわりに上下をひっくり返して使ったりしてはいけません!ひとが食べているっていうのに、突然その箸をひったくるなんて、どう考えても無礼でしょう。神様のお箸なら、なおさらです。

 

いまでこそ、神道のお供え物、神饌(しんせん)は米や野菜を生のままお供えすることが多いようですが、昔は料理したものをお供えすることが多かったそうです。お供えして祈祷が済んだら、それを村人みなで食べる。つまり神様のお食事のご相伴にあずかることで、神様との一体感を得るとともに、神様の力の宿ったありがたい食べ物を自分たちもいただくというのが、古式ゆかしき神饌の形だったといいます。

 

まあ、今はどの宗教もいろんな意味で少しゆったりしてまいりましたし、別に「鏡餅」という依り代がなくたって、年神さまはきっと臨機応変にそこらのお正月飾りでもほかのおせち料理でも、何か見繕って宿ってくださるだろうとは思わないでもないのでございますが、もしも「はん、甘く見られたものだ。鏡餅も供える気がない家になど、寄ってやる義理もなかろう。あとから頼まれたって願い下げである」なんてことになったら、我が家は今年一年を神様のご加護なく過ごさねばならなくなってしまいます。無くても大丈夫なのではないかと思っていても、本当に大丈夫なのかわからないので、不安にもなろうというものです。なにしろ、神様は目に見えるものではないので、お宿りなのかそうでないのかさえ、私どもには判断いたしかねます。

なので、遅まきながらも三が日のうちにはちゃんと鏡餅を入手してまいりまして、昆布などとともにご三方に飾っておかなければと思っております。

『一年の計は元旦にあり』などと言いますが、初めからこんな調子で大丈夫かと少し危ぶまれます。なんともまぁ、情けないことです。

でも、そうやってあれこれ考えすぎて右往左往しながら生きていくのが人間というものかもしれません。どうせ同じことなら、心持ちだけでも楽しく生きるほうが、なんぼかよろしいことでしょう。

そんなわけで、この一年も面白おかしくやってゆきたいと存じます。どうぞ、よろしくお付き合いのほどを。

 

 

と、ここまで落語の枕のように書いてみました。タイトルの『御慶』も、実は落語のタイトルから取りました。いつもと違って妙な文体だと思われた方も多かったかと思いますが、”ご清聴”ありがとうございました!

もっと本格的な落語風にするなら、「明けましておめでとうございます」のあとに「えー、本日はお運びいただきまして。」が必要ですし、ほかにもところどころに「えー、」を入れて、江戸弁も織り交ぜれば完璧です。「というと」は「ってぇいうと」、「なんて」は「なんてぇ」、ときどきは噺家らしく「だそうです。」ではなく「だそうですな。」と言う箇所があってもしっくりきそうです。効果音やオノマトペも入れると、さらに躍動感が出ますね。

たまに落語のCDを聞いておりますと、声の調子は何でもないのに客席から笑いが起こったりしていることがありますが、あれもきっと噺家の身振り手振りや顔の表情などになにか面白いものがあったのでしょう。上の文章の場合でも、カウントダウンの下りでは身振りで大げさに、盛り上がっている人々の真似でもすると笑いが取れそうです。「甘く見られた」の下りでは、いっそ神様というより武家のような口調が合いそうですね。うーん、想像するだけでもかなり楽しそう。

 

北村薫の小説で落語家が活躍するシリーズがあり、そのシリーズを読んでいた高校生のころから落語に興味がありましたが、ちゃんと聞くようになったのは去年からです。テレビのバラエティやお笑いはまったく面白いと思えない私でも、落語では自然に笑うことができます。ひとりでニヤニヤしたり吹き出したりしながらCDを聞いたり、また寄席にも2度ほど出かけ、生の落語を楽しんでまいりました。

しかしながら、あまりにも多くの噺があり、また噺家もたくさんいらして、しかも本人は他界されてもすばらしい録音が残っていたりもしますし、どれを聞けばいいか見極められないほどです。そのうえ、落語がお好きな方というのも意外と身近にいらっしゃるもので、それぞれいろいろとおすすめやご贔屓をお持ちだったりするのですから大変です。まともに追いかけようとしたら、日がな一日、落語ばかり聞いても間に合わなそうですし。

でも少しずつ聞いて、お気に入りを増やしながら、日々をちょっとばかり楽しくしていけたらいいなと思っている次第です。

皆様にとっても、この一年がすこしでも楽しく充実したものになりますようお祈り申し上げます。

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長崎への旅(2)

長崎で楽しみにしていたもののひとつは洋館めぐりです。長崎は鎖国の時代から西洋との窓口になっていた歴史があり、西洋の影響をいち早く受けて、洋館もたくさん建てられました。市内にはそういった洋館が多く残されており、また新しい建物でも洋館風の窓をつけたり、小さなファザードが作られているものが目につきます。小さなアパートなのに、わざわざこんな装飾がしてあるなんて、というような場合もありました。でもそのせいでしょうか、町全体がなんとなくほかの街と違い、ちょっとレトロで西洋風の印象になっている気がします。

 

まずはいくつかの洋館をまとめて移築した観光名所、グラバー園に行ってきました。山の上にあるのでエレベーターをふたつ乗り継いで頂上を目指します。ひとつめはなんと、斜めに動くエレベーター!同乗していたのは毎日乗っているような地元の人だったので、無表情で何も感想などなさそうでしたが、初めて乗った私は素知らぬ顔をしつつも内心ではたいそう面白がっておりました。

頂上に着くと、長崎市内が見晴らせて気持ちがよく、かすかに海のにおいがする風が吹きあがってきました。おお、さすが港町。

 

グラバー園にはグラバー邸(グラバーはスコットランド出身の貿易商)のほか、リンガー邸(リンガーはイングランド出身の貿易商。長崎ちゃんぽんのお店『リンガーハット』は、リンガー氏にちなんだ名なのだとか)など、9つほどの洋館があります。それぞれ建てられた時代や様式が異なる洋館を、まとめて見学することができます。

グラバー邸は日本最古の木造洋風建築だそうですが、窓や壁は洋風なものの、平屋で日本製の瓦屋根という外観。洋風にしたくても建材や技術がそろわなかったのでしょうが、日本の職人が依頼に目を回しながら試行錯誤する様子が見えるようです。沖縄の家ともまた違うのですが、どこか南国の島の家のような雰囲気があります。庭にブーゲンビリアやデイゴの花が咲いているせいもあるかもしれません。関東では冬越しを目論む雑草がわずかに緑を残しているぐらいなのに、長崎ではまだ熱帯植物の花が咲いているのですから驚きです。

 

幕末・明治期になると、噴水やゆったりしたポーチを備えた、石造りの邸宅なども建てられるようになってきて、私たちのイメージする『洋館』に近づいてきます。それでもどこか日本的なところが残っているのは不思議ですが。

とはいえ、外観はどこか和風の建物でも、一歩中に入ればすっかり西洋風の内装が広がっています。厚いじゅうたんが敷かれた部屋には美しいタイル張りの暖炉があり、重厚なオークのディナーテーブルや応接セットが置かれていました。大きくとられた窓には重たげなカーテンレールが取り付けられ、床まで届く長いカーテンがかかっています。まだ珍しかったであろうガラスのランプ、イニシャル入りの食器に銀のカトラリー・・・。

このころ長崎に来ていた外国人たちは布教や貿易の傍ら、教育や技術の分野でも時代を先取り、日本の近代化に大きく貢献していたそうです。きっとこうした邸宅にも、日本でできた友人・商談相手・要人から、新しいもの好きの幕末の志士まで、さまざまな人が出入りしていたことでしょう。彼らはいったいどんな顔で招かれた邸宅のドアをくぐったのでしょうか。言われるままにおそるおそる下足のまま進み、慣れない大きなソファに緊張して浅く腰かけながら、目だけは部屋中を走らせている…・・・そんな様子を想像してしまいます。失礼にならないようにと思いながらも、きっとこらえきれずに興味津々できょろきょろとあたりを観察したのではないでしょうか。

 

園内には他にも、日本最古のテニスコートの跡として整地用のローラーが置かれていたり、フリーメイソンのマークが入った柱があったり。長崎には、『日本初』と付くものが本当に多いようです。

日本人初の西洋料理人が開いたレストラン『自由亭』もここに移築されていました。こじんまりした石造りの建物はすっきりしつつも雰囲気が良く、今は喫茶室になっている2階でひと休みすることに。天井は高く、シンプルな幾何学模様のステンドグラスの窓には長いレースのカーテンがかけられ、窓の外のレンガ造りの教会らしき建物を眺めながら紅茶を飲んでいると、「ここはいったいどこの国?」という気分になります。アンティークらしいテーブルや椅子は日本人に合わせてか、少し小さめに作られているようでしたが。

持ち歩いているクロッキー帳にペンでこっそりと室内の様子をスケッチしたりもしました。喫茶店などでこうしたスケッチをするのは楽しいものです。こう凝った内装だと少し時間はかかってしまいますが、それもまた良し。壁に掛けられたライトなどもついでにスケッチ。

私はセイロンティーとアップルパイを頼みましたが、カステラとコーヒーのセットを頼むお客が多いようでした。長崎気分を味わうにはそれも良かったかもしれません。でも、この街は気に入ってしまったので、また来そうな気がします。そのときはカステラにしましょうか。

 

なぜか長崎くんち(お祭り)の山車などが展示してある施設を抜けて、グラバー園の外へ向かいます。迫力満点の張りぼてがたくさんありましたが、大人数で操るらしい白い竜が特に気になりました。動いているところも見てみたくなります。

坂を下り、大浦天主堂へ。現存する日本最古の教会建築(1865年落成)で、禁教令のもとで見せしめにされた26人の殉教者(のちに聖人になった)に捧げられているそうです。そしてここではもうひとつ歴史的な出来事がありました。1639年の鎖国以来、日本にはもうキリスト教徒はいないと思われていたのですが、隠れキリシタンたちが見物客に交じって神父の下にやってきて耳元で信仰を打ち明けたのです。7世代、250年にわたり、隠れて信仰し続けてきた人々がいたという『信徒発見』の報はすぐにバチカンに伝わり、ヨーロッパ中を驚かせたといいます。

本来ならば漆喰の白と窓枠の青色のコントラストが美しい教会なのですが、ちょうど塗装が古びて黒ずんでしまっていて、パンフレット通りの白亜の教会ではありませんでした。それでもゴシック様式と大きなステンドグラスが目を引きます。白と青はまさに聖母をイメージさせる色ですが、建物の前にも真っ白なマリア像があります。マリア像は教会外観の清楚で端正な印象に合わせて作られたかのように同じ印象を抱かせます。美しくて綺麗なのに、清らかすぎて近寄りがたく、大理石の冷たさを先に意識させてしまうようなところがあるかもしれませんが。ちなみに教会の中にあるマリア像はもっと親しみやすく温かみのある像でした。

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長崎への旅(1)

長崎を旅してまいりました。思えば、「これが終わったらどこか旅に出よう」と思って個展の準備を頑張っていたのが4月のこと。そのあとも何かと時間が取れず、「ああ、旅したい。遠くに行きたい」とずっと思い続けたまま冬になってしまいました。

あんまり思いつめたせいか、ある日突然、家族にも何も告げずにあてもなく電車に乗り、終点からまた適当にバスに乗り、どんどん山深き方へと入り込み・・・・・・という、夢を見ました。目が覚めて、自分でも「これは相当きてるな」と呆れましたが、きっと限界だったのでしょう。それならばと、翌日には飛行機と宿の予約を入れました。

ちなみに夢にはもう少し続きがあり、乗っているバスがさびれた温泉地に差し掛かり、「もう日が傾いてきた。冬の昼は短い・・・・・・そろそろどこに泊まるか考えなくちゃいけないのだろうな。野生の動物みたいに山や森で好きに夜を越せればいいのに、こんなときでも人間らしくいる努力をしなければならないんだから、参るよな。ときどき、そういうことがおっくうで、つらいんだよなぁ」と、どこか他人事にぼんやり思案しているという場面で目が覚めました。

 

夢のように行き当たりばったりではなくて、今回も一応、人間らしい旅にすることにしました。行先は正直、遠ければどこでもよかった気もしますが、一度も行ったことのない九州に初上陸してみたく、またそれなら前回行った函館に引き続き、異国情緒のある街に行ってみたくて長崎に。あれこれ見て回る元気があればそれもいいし、疲れていたら長崎の街でただのんびりするのもいいなと思って。

 

出発の前日は教室から帰った後、旅の直後にある教室のための準備をしました。うっかりすると寝てしまいそうになるのを自分で叱咤激励して、参考作品を描き、プリントも作り終えると、なんと日付が変わろうとしています!朦朧としつつも、慌てて旅の支度をし、それからやっと眠りに落ちました。(文字通り「落ち」ました)

翌朝5時に起きると、空気が異様に寒く震えが止まりません。なぜ今日に限ってこんなに冷えるのか!眠いし、疲れも抜けきらず、「このままもう3時間好きに眠りこめたらどんなにいいだろう」と本気で考えました。休みの日でも寝坊はしない方だし、眠いから旅をキャンセルするなんてばかげたこと、いつもなら思いつきもしないのに。もちろんうっかり二度寝しないうちに起きることを選びましたが。

 

まだ真っ暗で夜のような外に出て駅に向かうと、なんだかまるで現実味がなく、「本当に私は起きているんだろうか。まだ夢だったりしないよね」と心配になる一方、「これも日常から外れていく、旅の序章なのだ」と思って嬉しくなってきます。「そうそう、こうやって日常から逸れていかなくちゃ!」と。

羽田行きモノレールではいつもより高い視点でみる風景を楽しみ、そのあとは飛行機の窓から大地を見下ろします。冠雪の富士も美しい!疲れてふらふらだけれども、こうして飛行機で山地の上空を飛んでいると、あの平たい関東平野を離れて遠くまで来ていることを実感してわくわくしてきます。

事前に読み込むことができなかった旅行ガイドをいまごろ開き、どこに行こうかとあれこれ考えているうちに、あっという間に長崎に着いてしまいました。飛行機は楽ですが、ちょっと早すぎる気もします。

 

降り立った長崎は暖かく、冷え込んだ関東とは大違い。着こみすぎた私は場違いなほどでした。さっそくマフラーを解きます。

市内に着いてホテルに荷を預け、まず何しようと思ったとき、「海が近いなら、そうだ、海だ!」という気になり、海辺の公園へ。雰囲気のいい公園でくつろぎ、ベンチでパンをかじっていると、急におなかに響くほどの大きな音があたりを貫きました。サイレンでもないし、すわ何事かと思ったら、船の汽笛でした。汽笛とはこんなに大きな音だったのか・・・それもそうか、必要あってこの音量なのでしょう。地元の人には日常的な音らしく、だれも動じませんが、一人で驚いていた私はまったくもって異邦人なのだなと実感。「そうだ、私は異邦人で、いまアウェー中のアウェーにいるんだ」と考えて、また旅気分が盛り上がります。

 

その後は県立美術館へ。隈研吾氏の設計なのですが、これがなかなか・・・!ガラス張りの建物の外壁には、鉄骨に薄茶の石板を貼ったような長い板が並べられていて、それがブラインドのように程よく内部に光を通し、かつ外からの目隠しにもなるという絶妙な仕掛け。石板のザラリとした素材感もいいし、金属やガラスと違って自然にも溶け込んでいます。運河を建築に生かしているのも面白く、また外界と緩やかにつながって、開かれているというコンセプトにもぴったり。外の階段から自由に上がれる屋上庭園もあって楽しいし、内部も案内標識からエレベーターのボタンまでいちいち感心するほど、機能的で無駄のないデザイン。自動ドアにも『自動ドア』なんて表示はなく、そっけないくらいのシンプルさ。でも冷たすぎず、知的でクールでスタイリッシュな建築という印象。基本的には古い建物が好きな私ですが、現代建築もいいものはいいものなのだなぁと再確認。

常設展だけ見ましたが、古いキリスト教絵画などもなかなかの作品がありました。大学のころよく学んだ分野なので、楽しめました。コレクションにはゴヤの風刺画などもあるようでしたが、ちょうど展示されてはいなくて残念!でも天井も高く居心地の良い空間でゆっくり鑑賞ができたのはとてもよかったです。あくせくした自分を、静かでゆっくり流れる『美術館の時間』に合わせていく作業というのが、私は好きです。

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ハガキ絵 参作集

毎回少しずつ載せようと思っているのにうまく時間が取れず、まとめてご紹介することになってしまっていますが……。

ハガキ絵サークルの参考作品として描いた水彩です。

まずはガマの穂。野菜や果物が続いたので、今回は何かいい切り花がないかとお花屋さんに行ったら、ガマの穂が売っていました。「ガマ」は湿地に生える背の高い草で、秋にちょっとフランクフルトに似た穂ができます。穂の部分はビロードのような手触りです。

家から散歩に出れば自生しているところもあるのですが、人数分を確保するのは難しそうですし、買ってみることに。

 

サークルの方たちもきっと懐かしがってくださるだろう、という予想はあたり、「子供のころ採った記憶がある」「綿毛になるんだっけ」と盛り上がりました。参考作品ではシンプルにそこに置いただけの状況を描いた一枚のほか、夕暮れ時をイメージして懐かしそうに描いた絵も用意しました。たまにはこういう感情をこめた絵も面白いかと思って。

 

ちょっと調べてみましたら、ガマの穂は昔、綿の代わりに布団に詰めたりもしたそうです。それで布団を「蒲団」とも書くのかもしれません。

買ってきたガマは茎もドライフラワーになっているし、穂の部分がわりと若い感じで、「きっと飾っているうちに綿毛にならないようにというお花屋さんの配慮なのだろう。良きかな、良きかな。」と、勝手に思っていたのですが、後日、暖かい部屋に置いていたら綿毛になってしまったという方が・・・!

「もしや、私はとんでもない時限爆弾を皆さまのご自宅に仕掛けてしまったのでは?!」と大いに慌てましたが、風で舞ったりする前に対処できたので実害はなかったとのことでほっとしました。お聞きしたところによると、どうやらもわもわとした塊になって落ちているのを、そっと掃除機で吸ってやるのが一番スマートな片付け方であるようです。

 

 

次の回ではりんごを描きました。まだちょっと早かったかもしれませんが、季節感を先取りするのもいいかと思いまして。

参考作品では赤いりんごだけを描いていますが、この日は「トキりんご」という青りんごも用意して、どちらを描いても両方描いても良しとしました。

野菜や果物を丸ごと描くのはよくやっていることなので、たまには切って描いてみたらと思ったのですが、口々に「難しそう!」との声が。結局、丸ごと描く方ばかりとなりました。丸ごとの立体感を出すよりは、半分に割ったりんごの方が簡単なのですが、そう言っても信じがたいご様子。うーん、視覚的にも面白いし、状況を説明しやすくなると思うのですけれどね。

 

うさぎりんごの参考作品も好評でした。「懐かしい~」という女性に、「昔食べた思い出があるんでしょう?」と、ある男性が水を向けると、「いえ、娘のお弁当によく入れてあげていたのを思い出して。懐かしいわ~」とのお返事。他の方々もうさぎりんごを懐かしがっているご様子。それを眺めながら、うさぎりんごひとつでも、だれかが作ってくれた思い出もあれば、だれかに作ってあげた思い出もあるのだな、と少ししみじみしてしまいました。

そういえば私も、うさぎりんごを初めて目の前で作ってもらったときのことはまだ覚えています。どこかでうさぎりんごを知って、どんなものなのかと家で訊いたら、作ってくれたのです。「え、これでうさぎなの?」と思ったことも、「そう言われれば、そっか、うさぎか」と納得したことも。今はもうない古い菜切り包丁がまな板に載っていたこと、いつものごとく「やってみていい?」とせがんで、教えてもらいながら不揃いなうさぎりんごをいくつか作ったこと、これもまた今はない染付のお皿に盛りつけたことまで、断片的にですが記憶に残っています。

りんごの切り方が違うだけではあるのですが、たくさんの人に思い出を残しているあたり、うさぎりんごは少し特別な食べ物でもあるのかもしれません。

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柚子

昔から「桃栗三年柿八年」と言いますが、そのあとに「柚子の大呆け(おおぼけ)十八年」などと続くこともあります。柚子は実がなるまでに年月がかかるために「大呆け」呼ばわりされているのですが、柚子を育てている人にとっては共感できる言葉なのではないでしょうか。

 

我が家の柚子は、もともと大きめの苗木を植え、それから十八年近くたって3m以上に成長したにも関わらず、まともに実ったのは何度かだけ。ひとつしか採れなかった年までありました。

 

その柚子が今年は汚名返上のつもりと見えます。

いつになく花をたくさん咲かせたので、期待しないように気をつけながら見守っていると、実は順調に大きくなっていき、大小含めて50個ほどの収穫となりました。籠にいっぱいの柚子が採れるなんて、なんて贅沢!豊かな黄色をしているせいで、余計に宝物のよう。黄金でできた果実が山盛り、と見えてしまいます。スダチも大好きですが、あの緑色ではこうはいかないはず。

 

さっそく植物画を一枚描き、絵画教室の方々にもおすそ分けをしました。もちろん、宿題としてではなかったのですが、「食べる前に描きます!」と言ってくださった方も。柚子の中身をくりぬいて、種を除いて叩き、味噌やみりんを混ぜてもう一度皮に詰めて丸ごと焼く、という食べ方も教えていただいたので、試してみるつもりです。

 

これだけあれば、どんなお料理にも気軽に使えます。手始めに、たまたま読んでいた料理本(『ホットサラダ』 植松良枝/著)に載っていた温野菜のサラダをつくってみました。耐熱皿に、一口大に切った白菜と斜め薄切りの長ねぎを敷き、鶏のささ身をのせてラップをかけて電子レンジへ。火が通ったらささ身をほぐし、塩・ごま油・柚子の汁・柚子の皮のすりおろしを入れて和えるだけ、というスピード料理です。シンプルな味ですが、柚子の酸味と香りが効いていて、旬の野菜をたっぷり食べることができました。

我が家の柚子はどういうわけか種が多く入っていて、しかもその種がこれまたどういうわけかすごく立派。搾ると10個くらいの大きな種がごろごろ出てきたりもします。このあたりはやはり市販品にはかないませんが、ご愛嬌というものです。

ちなみに、残った皮は包丁で薄くそいで冷凍。こうしておけば、いつでも柚子風味のお吸い物やお漬物を作れます。

 

まだ柚子はたくさんあるので、柚子のマーマレード、柚子酒、柚子茶(柚子のはちみつ漬け)などなんでも作れそう。余っても、果汁を搾って瓶に入れておけば重宝しますし、搾ったあとの皮はオレンジピール、それでも多ければ柚子湯に……考えてみれば本当に、無駄なく使える優秀な果物です。

毎年これくらい実ってくれればいいのですが、さて来年はどうなるでしょう。黄金色の果実がたくさん実っている光景を、ぜひまた見せてほしいものです。

 

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ハロウィーン

子供たちのいる絵画教室で、なにかハロウィーンらしいことができたら楽しいかなと思い、思案してみました。

最初は風船に紙を貼って、張り子のキャンディボックスを作ってみようとしたのですが、試作してみたらちょっと子供には難しそう。

張り子は乾かす時間も必要で、2日がかりになってしまうこともあり、オレンジ色の小さめのものを用意しておき、黒いシルエットでハロウィーンらしいモチーフを絵付けしてもらうことにしました。

 

海外の雑誌の切り抜きを参考にして作っていたのですが、そこで使っている紙に近いものが画材屋さんに行って探し回っても見つからず、手持ちの和紙を水干絵具(日本画で使う染料系の絵具)で染めて張り込みました。

風船も百円ショップでやっと見つけたはいいのですが、そこはやはり安いだけあって、空気の抜けるのが早いこと!早いものだと1~2時間で縮んできてしまいました。仕方なく、途中で一度取り出して新しいものに替えなくてはなりませんでした。

しかも風船自体が固くて、膨らませるのに一苦労。初めは、息を吹き込むと風船が膨らまずにこちらに空気が逆流してくるほどです。子供が膨らませる可能性を全く考えていないかのような作りで、「もしかして最近は風船をポンプか何かで膨らませるのが一般的なの?」とぜーぜーしながら考え込んでしまいました。

 

写真は試作品の、和紙を貼ったかぼちゃと、クレープペーパーを貼った黒猫。わりと綺麗にできたように見えますが、クレープペーパーはとんでもない厄介者で、濡れるとしわが伸びて張りがなくなり、しかもすぐ染料が溶け出してくるというおまけつき。可愛いので、本当はこれを教室で扱いたかったのですが、ちょっと難しすぎました・・・。来年はまたちがう題材を考えてやってみたいと思っています。

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ミョウガ

あまりにすごかったので、これはブログに載せなければと思っていた写真です。

庭のミョウガは秋になってからほとんど採れなくなり、黄色く枯れ始めていたのですが、腐葉土を作って積み上げてあったところから勝手に生えていたミョウガの株から、突然わっとミョウガが出てきました。この株は特に世話もせずにいたので生育も遅く、今年は花も咲かないのだろうと思っていたものです。草を取ろうとして何気なく茂った葉を払ってみたら、なんとこんなことになっていたのでした。

なんだか、人間から隠れてこっそり集合していたところを見つけてしまったようで、収穫するのが悪いような気さえしますが、このままにしておいても腐っていってしまうので収穫することにしました。

 

スーパーで売っているものではわかりにくいかもしれませんが、実はミョウガというのは、中につぼみを持った花托を若いうちに食べる、という野菜です。普通はつぼみが咲かないよう、早めに収穫して売りだしますが、家でなら花もじっくりと観察できます。薄黄色の花弁は繊細ながら少し厚みもあり、ほのかにミョウガの味がするので、うちでは一緒に刻んで使ってしまいます。

それにしても、一株からこんなにごっそりとミョウガが採れたのは初めてで驚きました。中には10センチほどあろうかという巨大なミョウガもあり、手に載せると自分の体が小さくなったように感じたほどでした。

 

さて、これを何に使うか。これだけあると、どんな料理にもたっぷり使えます。買うと意外と高い野菜なので、ぜいたくな気分です。思わず、「ふふん」と威張りたくなるくらいです。

今回はミョウガご飯(ミョウガを刻んで塩もみしておき、炊き立てのご飯に混ぜて蒸らす)と、ミョウガのフリッター(ミョウガに切れ目を入れてチーズをはさみ、衣をつけて揚げる)で、ミョウガを堪能しました。これぞ菜園の愉しみです。

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途中経過 ~洋梨・葡萄~

今、描き途中の日本画小品、洋梨と葡萄。

今日の夜描いたところまでで一度写真を撮ってみました。

下塗りによる雰囲気作りはまあまあだけれど、色が少し渋すぎるし、影色がまだ面白くない、というのが私の診たて。

でも立体感や空間は少し出てきたので、これからもっと密度を上げていこうと思います。葡萄もこれからきれいなピンクを入れたりして、おいしそうにしていくつもりです。

 

こちらはおまけ。(実物はこんなに明るくないのですが、写真では空も山も明るくなってしまっています)

他の絵の乾き待ちなどに少しずつ描き進めている、月の絵。私の趣味で描いているものです。秋になると月を描きたくなります。

 

今日描けたのはここまで。絵をイーゼルに立てかけて、少し離れたところに立って眺めます。

うーん、まだまだ手数も少ないし、絵が浅い。

全体をからっと明るくするのではなく、山にはもっと暗い部分もないとドラマチックにはならないし、夜のしっとりとした雰囲気も出したいところ。

次にはまず、刷毛を使った大きな仕事が必要!という診断を下しました。

 

ところで、この絵にはモデルにした場所などはなく、完全に私の中のイメージだけで描いています。モデルと言えるものがあるなら、実を言うと、ひとつの短歌です。

 

あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月       ―――明恵上人

 

初めてこの歌に出会ったときは、思わず赤い月を思い浮かべてしまいましたが、解説によると、この「あか」は「赤」ではなくて、「明」なのだそうです。あわてて頭の中の月を修正。赤い月も綺麗だったので少し惜しい気もしましたが……。

 

月があまりに明るくて、「明々や」としか言い表せない。拙い表現のようで、しかしその「あか」「や」の繰り返しにこそ、明るい月に圧倒され、心を奪われているさまが生々しく封じこめられているようです。単純といえば単純なのに、妙に聞き手の心に迫る歌となっていると思います。

イメージだけで描く絵は、えてして弱くなりがちですが、この絵はどうなるやら。少しでもその感動を描けるといいのですが。

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ハガキ絵 参作集

講師をしておりますハガキ絵のサークルのために、8~9月に描いた参考作品たち。

毎回、参考作品のほか、観察のポイントや描くときに気を付けるところなどをまとめたプリントも作っていっています。モチーフは自分で選んでもらい、プリントを配ってざっと説明したあとは、皆さんでわいわいと楽しそうに描いています。

 

いつも、「次はどんなモチーフにしようか」「季節感があって、描いていて楽しいものがいいな」などと悩んでいますが、そうやって悩むのもまた楽しいものです。

 

ラムネは、いつも野菜・果物・花をモチーフにすることが多くて人工物を描かないので、ガラスの質感の勉強を兼ねて選びました。夏らしい涼やかさと、ちょっとしたノスタルジーが描けるといいなと思って。

 

桃は、去年も描いていませんでしたし、なによりこの時期だけのものでしたので、今年はチャンスを逃がさずに。ただ、この美しい果物を皆さんで描こうではありませんか、という気持ちで選びました。絵から、味や香りが想像できたら素敵。

 

シメジは、秋を少し先取りしてのモチーフ。天然ものではないから秋でなくてもキノコはいつでも手に入りますが、やはりどうしても秋のイメージです。モチーフに悩んでいるときに、スーパーでこの立派なシメジを見つけて「これだ!」と思いました。影の色に少し秋らしい色を取り入れつつ、なにより美味しそうに!

 

かぼちゃは、ハロウィン用に売っていたものです。ごつごつした質感や、中身の詰まった感じ、重たいものがごろりと置かれている感じを出せたらと思いました。

実はこのモチーフ、描いているうちにかぼちゃの筋が実物よりひとつ多くなっていたりして、「あれ、多い!?数えたのに!!」などと声を上げた方が何人もいらっしゃいました。そのたびに、周りからくすくすと笑い声が広がります。

でも大丈夫!自然物で形も不規則なので、おそらく実物と絵を見比べなければバレることもないでしょう。無理に直さず、ここはおおらかに描き進めることをおすすめしておきました。

 

さて、次はなんのモチーフにいたしましょう。

そろそろ花を一度取り上げたいところ。できればコスモスがいいなと思っているのですが、切り花ではあまり状態のいいものが売っていないので、摘んでもいいようなところに咲いているコスモスを探さないとならなそうです。

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骨董市

今月も骨董市に行ってきました。もはやこの骨董市は私の毎月の楽しみなので、なるべく他に用事を入れず、行くようにしています。

この日もよく晴れて風も強すぎず、まずまずの骨董市日和。知名度が上がってきたせいもあるのか、にぎわっていました。まだ暑いので、かき氷も売れているようです。

 

今回の収穫は3つ。漆のものは海外へのお土産物にするかもしれなくて買ったものですが、うさぎの蓋置は自分用に求めました。

お茶のお稽古に通えなくなってから、「うちには十分あるし、もうお茶道具を買うのは止そう」と思っていたのに、つい目が行ってしまいます。

先日、テレビで裏千家の茶道の番組を見たせいで、余計にお道具への関心が高まっていたのかもしれません。

 

蓋置(ふたおき)は茶道具のひとつで、お茶を点てている間に釜のふたを載せておくものです。竹を切ったものや、陶器で作られたものがあります。今回見つけて気に入ってしまった蓋置は、うさぎが三羽集まって天を仰いでいるという、ちょっと変わった意匠。

普段使いには可愛すぎるので、おそらく月見の趣向などのお茶会に用いるべきなのでしょう。もちろん飾っておくだけでも楽しいですが、いつかそんなお茶会をやってみたいものです。

 

頭の中に茶室を建てて、想像をめぐらせます。さて、夕方おそくからゆっくりと月をめでるという趣向のお茶会を計画してみるといたしましょう。

まず「これは必ず使いたい」というのは、件の蓋置。こんな可愛いお道具ですから、甘くなりすぎないよう、ほかのお道具はあえてすっきりと渋いものがよさそうです。床の間の茶花も、いっそそっけないような花器にススキなどを活けて、萩や葛の花をごく控えめに配して。茶碗は月の意匠のものがあればそれも素敵ですが、なければ無地の渋い薄茶色か茶色の素朴なもの。秋の演出にもいいですし、土の表情がむしろ月面を思わせるかもしれません。茶杓も渋い色合いのもの、棗は秋草などがあれば使い、なければ無地か抽象的な模様のもの。

和菓子屋さんにはどんなお菓子が並んでいる頃でしょうか。もしかしたらうさぎ饅頭や、ススキの焼き印を押したお菓子もあるかもしれません。黄味しぐれも満月みたいでぴったりでしょう。お菓子に合う菓子鉢はあったかな、と気になってきます。

そんなお茶会でしたら、どんな着物が合うでしょう。亭主は渋めの着物にするものですし、秋らしい臙脂色をした織の着物に秋草柄の帯などどうだろう。また「若いのに趣味が渋すぎる」と言われそうですが、いかに。秋と言っても紅葉の柄はまだ早そう、となると鹿も早いということになるのかな……想像はいくらでも膨らんで、つい夢中になります。

漆のコースター。6枚セットになっていて、ひとつひとつに季節の花が描かれています。梅、桜、朝顔、撫子、菊、椿の6種類。

まとめて丸い箱に収まるようになっていて、箱のふたには牡丹の花が。会津塗。

こちらも会津塗のお皿。竹に鳥がとまった絵が描かれています。写真では鳥の体が青く見えますが、実物は渋い紫です。

うさぎの蓋置。楽焼。

この上に熱い釜のふたを載せるのが申し訳ない気が…。一羽だけ黒いブチなのも面白いです。

上から見ると、うさぎたちが「ふふん」とか「どうだ!」などと言いそうな、ちょっと自信ありげな顔に見えて、思わず笑ってしまいます。


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イタリアン・レストランのための三作

 展示でも色々とご感想をいただいた、『イタリアン・レストランのための3作』、少々手直しをしてサインも入れ、先日ようやく納めてまいりました!

展示会場では大きく見えたかもしれませんが、レストランの大きな壁にかけるとこんな具合です。(右の写真は、カメラの遠近と斜めから見ている構図とで、実際より小さく写っているかもしれませんが)

それでも、「絵だけでこんなに雰囲気が変わるものか」というほどの変わりぶりでした。

 

実は展示の後の手直しで、全面に金色の絵の具で細い輪郭線を加えました。色同士の対比で輪郭を見せるのも悪くはなかったのですが、いまひとつ物足りなさも感じていて、どうしようかと絵を見つめているうちにふっと思いついたのが違う質感の絵の具による輪郭線。これなら絵画的になりすぎた部分も文様のようになって、平面として美しく定着するのではないか、と。

もはや完成と思っていた絵に、「輪郭を描き加える」という根気と集中のいる作業……腰が引ける気持ちはもちろんありましたが、だんだん「いつもと違うことをしてみたい」といういたずら心が沸いてきました。何より、自分がその結果を見てみたいという気持ちになってきて、決行しました。

輪郭線は1mmくらいの細さですが、光の加減できらりと光って見えます。さりげないながら、豊かで洒落た雰囲気を演出してくれました。この方法、ぜひほかの作品でも使ってみたいと思っています。

 

魚介類が生々しくないかどうかも思案の種でしたが、それも全く問題なかったようです。展示の時に、「料理するときも魚の顔を直視できない私が平気で見ていられるんですから、きっとどなたでも大丈夫」とお墨付きをいただいたのですが、その通りだったようでほっとしました。

お店の方々にもご好評をいただき、また絵の近くを通りかかったお客様がさっそく話題にしているのが耳に入り、嬉しかったです。

 

お店はJR千葉駅東口すぐの、『トレビアン』というレストラン。お昼は会社員の方々がランチを、それを過ぎると2~3人連れのお客様がケーキセットとおしゃべりを楽しみにいらっしゃるようなカジュアルなお店です。

地下1階ながら店内は広いですが、絵は階段を降りてすぐ左側の壁にかかっております。千葉にご用事の際はぜひお寄りください。

≫トレビアン本店(千葉市中央区富士見2-1-1 ニュー千葉ビル地下1階) 

お店に飾っていただいたところ。
お店に飾っていただいたところ。

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梅仕事

これから「我が庭」産の赤紫蘇を入れるところ。 (黄色い水玉は、袋のデザインです)
これから「我が庭」産の赤紫蘇を入れるところ。 (黄色い水玉は、袋のデザインです)

今年はどういうわけか、庭の梅の木が立派な実をつけました。大粒で綺麗な薄緑色。数こそ多くありませんが、むしろ多すぎると使い切れなくなるのでこれはこれで良し。何年か前にたくさん作った梅酒はまだまだあるし……ということで、今年は梅干しに挑戦。

 

ちょうど新聞に梅干しの作り方が載っていて、「少量ならジッパー付きのビニール袋で作ると便利」とあったので、試してみることにしました。

梅の実が青かった場合におすすめだという、熱湯に数分漬けてから水で急冷する、『強制追熟』なる方法が紹介されていたので、さっそくやってみると、面白いように実が黄色くなりました。

梅の実が黄色くなるのを待って収穫しないでいると、風の日などに落ちて地面に当たり、実が割れてしまったりするものですが、なるほどこれなら早めに採った青梅でも使えます。

 

まずは塩だけで下漬け。ジッパー付きの袋に梅と塩を入れ、常温で3~4日おきます。全体がきちんと汁に浸かるように、重しをのせますが、「さて、何で重しをしようか」と考えているときに目に入ったのが鉄瓶。均等に重さがかかるように、袋の上に網を載せ、その網の上に鉄瓶をのせました。

 

下漬けが終わったら、塩でもんでアクを抜いた赤紫蘇の葉を入れます。赤紫蘇からじわじわと色が出てきて、チェリーピンクに近い赤紫色に発色しました。なんて鮮やか!この汁は梅酢として、お漬物の風味づけや色づけに使えるので、それも楽しみ♪

赤紫蘇は庭にあるものを使おうかと思ったのですが、量が足りないので市販の赤紫蘇も足しました。ついでに、残った赤紫蘇を煮出してジュースのもとも作ってしまいました。このジュースとゆすらうめのジュースとで、夏を乗り切ろうと思います。

 

梅干しはこのまま梅雨明けまで漬けておき、梅雨が明けたらザルに広げて乾かします。参考にしているレシピによれば、天日干しでなく室内の窓辺で干せば十分なのだそうですが、やっぱり子供のころお手伝いで漬けていた時のように、竹ザルに広げて、夏のカラッとした日差しに干したいなと思ってしまいます。

ときどき袋の上下を返しながら、美味しくできるのを楽しみに、梅雨明けを待つ今日この頃です。

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今月の掘り出しもの

左のはがきはマルタ島に行った友人から。マルタ十字のモザイク画。
左のはがきはマルタ島に行った友人から。マルタ十字のモザイク画。

今月も地元の骨董市に行ってきました。今回はお天気も暑すぎず、朝から結構な人出がありました。数か月前にテレビで紹介されたせいか、遠くから来たような人や、中国人や韓国人とおぼしき人たちの姿も増えているようです。

 

今回の収穫はふたつ。

ひとつは、青いグラス。ごつくて重いので、花器として使うものなのかもしれません。日本製で、もしかしたら海外輸出用だったのではないかと思っています。青いガラスが美しく、ちょうどアトリエ用のモチーフにもぴったり!思いのほか安かったので、即決しました。

 

ふたつめは、マトリョーシカ。黒と赤と金というシックな色合いと、いちごの柄が目を引きました。旧ソ連時代の物ではないかと店主が言いますが、年代まではわかりません。でも最近売られているものとは絵付けの雰囲気が違いますし、状態はいいですが少し古そうです。

家に置いたところを想像しましたが、いちご柄なのに子供っぽくなくて上品だし、シックな色づかいなので家のインテリアにもすぐに馴染みそうです。これも買い!です。

 

本当はドイツのパイプ人形(手にパイプを持った木彫りの人形で、おなかの部分にお香を入れると口から煙が出て、パイプをふかしているように見える)も買うかどうか悩んでいたのですが、悩んでいる間になくなってしまいました。

「即決できない気持ちがあったのだから、買えなかったことはそんなに残念じゃないさ」と自分をなぐさめつつ、「でも次こういうことがあったら、もっと上手に悩もう」という決心もひそかに固めました。

また来月行けるといいなと、今からすでに楽しみにしています。来月はもうかなり暑いはずなので、出店のかき氷を買うのもいいかもしれません。

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ゆすらうめのサワー

今年はゆすらうめが400グラムほど収穫できました。

ゆすらうめは、桜に似た小さな花を咲かせる木で、初夏にさくらんぼのような実をつけます。実はさくらんぼより小ぶりで、甘さもかなり控えめ。さくらんぼのような軸はなく、実が枝に直接つくという点は違いますが、味は「甘さ控えめのさくらんぼ」とでも例えればわかりやすそうです。

皮が薄くて傷みやすいのと、味もさくらんぼほどはっきりしていないせいか、お店には出回っていませんが、赤い実の美しいこと!まるでルビーのよう。

 

ゆすらうめは、さくらんぼより小さな実なのに、種が一粒入っているので、果肉はそう多くありません。ざっと煮てから裏ごして、種を除いてジャムにしたこともありましたが、けっこう手間がかかりました。そこで今年はサワードリンクにすることに。

 

洗ったゆすらうめを大きなビンに入れ、酢と砂糖に漬け込むだけ。とても簡単で、展示準備の合間にささっと作れてしまいました。10日ほどしたら、実を引き上げて完成!

赤い色が美しく、薄めるのがもったいない気がしてきますが、このまま飲んだら酢がきつくてむせること間違いなし。水や炭酸水で薄めて飲みます。

甘酸っぱく、さくらんぼのような後味がふんわり。酢はまだ少し角がある味ですが、もうすこし寝かせておけばもっと馴染んできそうです。

 

実は、ゆすらうめのドリンクには昔から憧れがありました。

意外とご存じない方が多いのですが、ジブリのアニメ『魔女の宅急便』には、角野栄子さんによる原作があります。その中に、魔女のキキが、あるおばあさんの家でゆすらうめのジュースをふるまわれる場面が出てくるのです。

読んだ時、「ゆすらうめって何だろう?」と思いましたが、とにかく赤くて美しくて美味しそうな飲み物の印象が残りました。そして何年もしてから苗を見つけて喜んで買い、数年は鉢植えで、それからまた数年は地植えにして育ててきたのでした。

 

ぐりとぐらのカステラ、ナルニア国でエドマンドが食べてとりこになるプティング、ちびくろさんぼの天井まで届きそうに積み上げたホットケーキ、『ぼくは王さま』の卵料理……。

児童文学に出てくる料理やお菓子などが、とびきり美味しそうに思えるのは何故なのでしょう。

 

本の中に出てくる謎の料理やごちそうを、ただ想像することしかできなかった子供のころとは違い、大人となった今では、その料理にどこかのレストランで出会うこともあれば、レシピを探して自分で作ってしまうことだってできます。

「そう考えると、大人になるのもなかなかいいものだなぁ!」と、ひとりごちながら、グラス一杯のゆすらうめサワーを満喫しました。

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展示の様子

小林奈々 植物画展

6月7日(火)~6月12日(日)9:00~17:00

北総花の丘公園 展示室1にて開催中。

 

 

関東も梅雨入りだそうですね。今日は朝から雨がよく降っていました。

 

午前中はお客様もほとんどなく、読書が思いがけずはかどってしまいました。

読んでいたのは最近気に入っているミステリ作家の長編で、いわゆる『吹雪の山荘』モノ。

つまり閉ざされた空間で次々に事件が起こり、犯人はまさかこの中に?…というタイプのミステリです。今日読んでいた本の設定は『大雪に閉ざされた大邸宅』という設定でしたが、『雪で外に出られない』『電話もつながらない』『外からの助けや警察も来ない』などという要素は定番通りです。

 

ミステリを読み慣れるまでは、「なんだかこういう設定って嘘くさくて、現実味がないよね??」などと思っていたのですが、あるミステリ作家がそれを『様式美』なのだと説いているのを読んでからは、ミステリが楽しくなりました。

 

雨に降り籠められ、時々本から顔をあげて雨にけぶるような景色を眺めながら、『吹雪の山荘』モノを読むのも、なかなかオツなものでした。

スケッチブックを持っていれば、雨の庭の景色を多少なりとも写すことも出来ただろうと思うと、少し惜しかったですが。

 

午後からは少しずつ雨も上がってきて、たくさんの方に来ていただくことができました。

さあ、展示も明日で折り返し。まだまだこれからも頑張っていこうと思います!

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スズメバチ

 先日、勝手口の階段の屋根にスズメバチが巣を作り始めているのに気が付きました。前にも、玄関の方に巣を作ろうしたやつがいたけれど、何度か巣の土台を取り払っているうちにあきらめてどこかに行ってくれたので、今回もそうしてみました。が、こいつがなかなかあきらめてくれません。
数日間、毎朝そっと見上げては、「今日もいる!」となり、仕方なく玄関から洗濯物を干すことに。
洗濯物を抱えて玄関から出ると、上方で低い羽音がします。まさかと思い、恐る恐る見上げると、なんと、もっと大きな巣の作りかけがぶら下がっているではありませんか。なんてこと!こっちにもいたのか。
『四面楚歌』ならぬ『二面楚歌』?いえいえ、ぴったりの言葉がちゃんとありましたね。これぞまさに『前門の虎 後門の狼』。
一匹だけで作っているけど、ほかの蜂はどうしたんだろう?
考えてみるとそもそもハチの生態についてほとんど知らないことに気が付きました。そこで、昆虫図鑑のハチのページと、ファーブル昆虫記のスズメバチの記述をざっと読みましたが、スズメバチは女王だけで巣を作るということ以外、あまり参考になりませんでした。
ファーブルさんは案外残酷な実験をいとわない人だったんだな、ということはよくわかりましたが。
そっとドアの隙間から覗く限り、せっせと女王バチ一人で巣を建設している姿は健気で同情心がおこるし、正直なところ蜂の生態も興味深い。巣も面白くて、どうやって作っていくのか、完成するまで見ていたい気もします。
けれども巣には多ければ数百匹ものハチが住むことになるらしいし、そうでなくともスズメバチたちと玄関を共有するのは危険極まりないので、やむを得ないと判断。かわいそうですが、今のうちにと退治しました。
今は作りかけの巣だけが所在なくぶら下がっていますが、こうしてじっくりと(刺される心配もなく)観察してみると、なんと丁寧な作りでしょう。枯れ木などをかじってほぐし、パルプにして少しずつ固めて作っているのだそうで、ファーブルが「紙細工」と評しているのもわかります。どの女王バチも、これを誰に教わるでもなく作るというのを思うにつけ、本能というものに感嘆するほかありません。これが自然の造形かと思うと、とてもかなわない気がしてきます。
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途中経過 着彩~描写

まだ未完ですが、ここでまた一度お見せしましょう。

 

一枚目、夏野菜の絵。

放っておかれていたオリーブも着彩し、やっと全体の様子が見えてきました。光りすぎていたナスを落ち着かせ、トマトなどもなじませました。エンドウ豆と麦をもう少しきちんと描き、影や背景を整えればほぼ完成でしょうか。

 

二枚目、秋野菜(が多い)の絵。

バランスを考えるともう少しかぼちゃが大きくてもいい気がしたので、少しだけかぼちゃを大きくしました。色のバランスの問題でもあり、下図ではわからなかったことですが、大下図を着彩してみればわかったかもしれません。

キノコ(ポルチーニ)を描き込んだら、急に良くなりました。やはりどこか描写のいいところがなければいけません。

玉ねぎがなぜかうまくいかず、気に入りません。もう少しなんとかならないものか。

かぼちゃの葉もまだまとまっていません。また、注文していた額が届いたので一度入れてみたら、額でわずかに隠れる部分によって葉の構図が悪くなることが分かり、少し手直しが必要となりそうでした。

 

三枚目、魚介の絵。

急に進んで、別の絵のようですね。まだ塗れていないのは、ローズマリーくらい。

デフォルメしようと思っていたのに、イラストっぽくなりすぎるのを恐れてうまくできず、わりと写実的なままになっています。タイやサケも、ちょっと生々しいかな?……どうしようかと考え中。

これも背景をもう一度構成しなおせば、モチーフを上手にまとめることができるはず。

魚の色合いももう少し複雑にしたいところ。

 

まだまだやることは多いですが、ようやく完成形がみえてきたようです。

一時はせっかく浮かんでいたイメージが行方不明になってしまい、どうなることかと思っていたので、ここまで来られたことが感慨深いぐらい。ああ、よかった!

続きも頑張ります!

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途中経過 下塗り2

この数日で急に暖かくなりました。

庭もどんどん初夏に向かって変わっていき、私を待ってはくれません。買ったままになっていた夏野菜の苗が「ねぇ、ちょっと!早く植えてよ」と訴えかけてくるように見えて仕方がありません。描き途中の絵も気になりますが、気分転換もかねて半日、庭仕事をしました。

 

朝8時から5時間弱、せっせとスコップで菜園スペースを耕し、畝を作ったり苗を植えたり。ナス2種類、中玉トマト、ピーマン、ハラペーニョ(激辛の唐辛子)の苗とショウガを植え、ゴーヤと坊ちゃんカボチャの種もまきました。ついでに調理用に買ったのに芽が出てきてしまった里芋も、調べたらちょうどいい時期だったので植え付けてしまうことにしました。

花の種もまきたいところでしたが、ちょっと一生懸命やりすぎたように思えたので、ここまでにしました。

お茶を飲んで一息ついて立とうとすると、急に腰が痛みはじめました。すごい勢いで掘り返したり、スコップで土を放ったりしているうちに痛めたのでしょうか。知らず知らずのうちに調子に乗っていたのかも?歩くのもおそるおそるという具合で、「これはまずい」と思い、とにかくゆっくりお湯に浸かり、湿布をして養生。翌朝には何ともなくてほっとしました。これで安心して絵が描けます。

 

さて、下塗りの途中経過、2回目。

秋野菜(左の写真)は、まだ全体の色合いを決め切れていない段階なので、葉を一枚塗って他の部分を決める目安にしたりしているところです。まだ全然色がない部分もあるので、すかすかしていますが、これから詰めていきます。

夏野菜よりもおだやかな秋の色合いにしたいのですが、やりすぎると嫌味だし、当たり障りのない絵ではつまらないし…。

しかしそんなことは後で良し。玉ねぎ・かぼちゃと、オレンジ色のものが左側に偏っていることが気になってきました。玉ねぎはこれからもっと暗い色にはなるけれど、それでも気にかかります。

かぼちゃの花の黄色を少し利かせることと、キャベツの背景の黄色で視線の流れを作ればいいかな。……いっそのこと、かぼちゃを緑にすればよかったかもしれない、なんて思えてきます。

なんにせよ、手前にあるくせに消えそうなキャベツはかなり気持ちが悪いので、先に手を入れてやるとしましょう。待ってなさい、キャベツ!

 

魚の絵(右の写真)はあれから、ほとんど何もしていません。

伊勢海老を入れようと思っていたのに間違えてロブスターを入れてしまった!ということに気が付き、ちょっと動揺。ロブスターはゆでると赤くなりますが、ゆでる前は黒いので絵に合わないかなと思い、もともと赤い伊勢海老にしようと決めたのに、下絵を描く段階になって間違えたようです。

 

しかも小さく見えるかなという気もしてきて……うーむ。

この絵はもともと縮尺を気にしてはいませんが(例えば、鮭に合わせると貝などが小さくなりすぎるため)、それでもロブスターはもう少し大きく入れた方が恰好がよかったのではないか。いや、でも大きすぎるとグロテスクになりかねない。色はもう赤で行った方がよいだろう、などと絵を前に悩んでいます。

そういえば、ロブスターの本場カナダでは、母の日にロブスターを贈るのだと、スーパーのちらしに書いてありました。「それは知らなかった、世界にはまだまだ私の知らない面白い風習があるものだ」とひとりごちながら、ちらしを脇によけました。そこに載っているロブスターの写真も、私にとっては立派な『資料』、活用させてもらいます!

一番進んだのはこの、夏野菜。

これもまだ固有色がついていないところがあって見づらいですが、かごの中はだいぶ状況がわかるようになってきました。

ナスは黒光りし過ぎでちかちかしていますが、これから影側に紫など足して落ち着かせていきます。

 

背景にオリーブの枝が入りますが、それもこれからです。

絵画教室の生徒さんにはバランスよく描き進めるよう言っておきながら、これは我ながらバランスがあまり良くない気も。とはいえ、ある程度かご入りの野菜を描かないと、背景をどの程度強くしていいか決めがたいので、やっぱりこうなるかなとも思いますが。

 

でもそんなことより優先すべきは影のこと。全体的に青い影にもっと深みが必要。夏を感じさせるにはどうしたら?という楽しい悩みが待っています。

 

さ、今日はこどもの日。しょうぶ湯を楽しんでから、もう少しだけ続きを描こうと思います。

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制作の途中経過 (下図・下塗り)

たまにはお仕事の話でも書いてみようかと思います。

 

いま、千葉市のイタリアンレストランに納品する絵を描いています。

初めは1×3mの大きな絵を一枚というご注文で、百花図(さまざまな花を取り合わせて描いた日本画)などを参考にして、小さな下図まで描いたのですが、お店のご都合で、F10号(53×45.5㎝)を3枚に変更になりました。額を特注しなくて済むのはいいかもしれませんが、大きな絵もぜひ挑戦してみたいものでした。しかし3点並べたときに映えるように絵を描くのも、とても勉強になりそうです。

 

いろんな食材を入れて美味しそうに描いてほしいというご依頼で、一枚目は夏野菜を中心に、二枚目は秋野菜なども入れて、三枚目は魚介ということに。

 

背景は美味しそうに見えるよう淡い黄色を基調とし、夏野菜の絵では夏の光を、秋野菜の絵では秋の午後を思わせる色使いで描くことにしました。

 

問題は魚介の絵です。『食材図鑑』という分厚い図鑑を古本屋で見つけ、一般的な魚の図鑑と照らし合わせながら魚介類を描きだしていきましたが、美味しそうに描くのは予想以上に難しいということがわかってきました。

というのも、あまり写実的に描くとグロテスクになりかねず、「美味しそう!」と思わせるどころか食欲を失わせかねないと気が付いたからです。例えばワタリガニなど、ゆでる前は緑色をしているし、ロブスターも赤黒くて足が多くて、美味しそうというよりむしろ怖い。かといって、ゆでて美味しそうに赤くなったところを描くわけにもいかないし……。あまり写実的にはせず、少しデフォルメすることと、ものによっては生のままでも美味しく見えそうな魚に変えることを決めました。

この絵の背景は他の2点と合わせても浮かないよう、基調の色はおなじにしながらも、ほんのりと海の青さを感じさせたくて、青い影をつけています。これからもう少しこの影の青は考える必要がありそうですが。

 

 

 

イメージが決まらず悩んだりして思うように進まず、悶々とすることが多かったですが、やっとイメージも固まってきたし、暖かくなったので膠(日本画で使う接着剤)が扱いやすくなり、大型連休もやってきて時間もでき、ようやく本格的に追い上げにかかれそうです。

 

(うじうじとしていたら、心の中になぜかいた武家らしいご老人に一蹴されました。

「逃げて仕上がるなら世話はないが、そうはゆくまい。腹を据えて、かかれ、かかれ!」

……どういうわけだか、時代小説を読んでしばらくは武家言葉が離れません。)

 

また途中経過をここでお見せしていくつもりなので、どうぞよしなに。

 

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季節のハガキ絵

すっかり春となりました。暖かくなったと思って油断すると肌寒い日もあり、風も雨もあります。しかし庭の緑は一雨ごとに驚くほどの速さで濃くなっていきます。

この間まで日が差していたところも、今はもう立派な木陰に早変わり。冬の間、家の中に取り込んでいた鉢植えも出してやり、少しずつ日光に慣れさせているところです。

 

 

 

さて、私が講師をしておりますハガキ絵サークルでは、モチーフも私が選ぶことになっています。

「なるべく季節感があり、楽しみながら描けるものを」と、毎回あれこれと考えながらモチーフを選んでいますが、4月の第一回目は、いちごを描きました。

(※上の画像は2点とも私が描いた参考作品です)

 

いちごのツヤや種を簡単に塗り残すために、今回はマスキングインクを使ってみました。使ったことがある方もない方もいらっしゃったので、使い方も簡単に説明しました。

 

マスキングインク(あるいはマスケットインキ)はゴムを液状にしたような画材で、白抜きしたいところに塗るとゴムの膜ができ、上から絵の具を塗っても染みません。

白抜きしたい部分をインクで覆ったまま、果肉の部分に何色かの赤を塗り、乾いてから専用の消しゴムでゴムをはがすと、ツヤと種だけが真っ白に残っています…!(これだけで歓声があがりました)

あとは種に黄色や黄土色を塗り、全体を整えて、完成!

もちろん、せっせと筆で白く塗り残しても描けますが、細かい塗り残しが手早くきれいにできるので、こんな画材も使えた方が便利だと思います。(ああ、日本画の和紙でも使えたらもっといいのに…。)

 

描いている間、部屋中がいちごの香りに包まれました。「先生、ひとつ食べたらもっとうまく描けそうなんだけど!」なんておっしゃる方もいて、始終にぎやかでした。

 

 

第二回目は、アサリを描きました。

メンバーの一人が「皆と描こうと思って。」と、アサリの殻をたくさん持ってきてくださったので、ありがたく使わせてもらうことにしたのです。

 

よく見ると、アサリの殻がどれも中身が入っているかのように閉じています。

「普通、食べ終わったアサリって、殻が開いてるよね?」「どうやったんだろう?」と、皆さん不思議がっているご様子。代表して私がお尋ねしてみると、なんと「セメダインでくっつけたんだよ。」とのお答え。

何でも、いくつかのアサリはそのままそっと指で閉じたらきれいに閉まったが、たいていのアサリは割れてしまうのでセメダインでくっつけたのだとか。「なーんだ!」と一同破顔一笑。

 

アサリは単純そうかもしれませんが、よく観察すると、意外に複雑な形と模様をしています。

こういうモチーフは模様にばかり目が行き、形や量感の把握は置いて行かれがちなもの。着彩に入っても、まずは「白一色の貝だとしたら」という目で見て、先に貝の陰影をつけ、立体感が出たところで模様を描き込むようにと指導しました。

 

色合い、グラデーション、ギザギザ模様、斑点、茶虎の猫のような縞模様……アサリにはふたつと同じ模様がなく、観察して描いているうちにそれぞれに親しみを覚えてきます。

また、腐る心配がないので、時間内に完成できなくても、家でいつでも続きができる点も良かったようでした。

 

いつも、モチーフは野菜、果物、花が多いですが、夏には貝殻とガラスを組み合わせた涼しげなモチーフも計画中。アサリで学んだこともまた生きるといいなと思っています。

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骨董市

猫とネズミなんて、取り合わせが悪かったかも?
猫とネズミなんて、取り合わせが悪かったかも?

珍しく何も収穫がなかった前月の骨董市。

今月の骨董市には、「今度こそ!」と意気込んで行きましたが、なかなかぴんとくるものがありませんでした。

 

そこで突然、猫の置物をたくさん並べたお店に行きあたりました。

店主によると、もとは奥様のコレクションだったそう。一部手放すことにしたようです。

木彫りの猫から焼き物の猫などまで20点ほどあるでしょうか。

「これでもまだ半分だよ。こういうのがまだたくさんあって、そのうえ、生きてる猫もいるんだよ」と店主。

相槌を打ちながら見ていると、ぱっと目を引く猫がいました。白と黒の縞をした、小さな猫の置物で、黄色い目が愛嬌たっぷり。しま模様が囚人服のようでなんともユニーク。猫というだけで何でも喜んで買うほどの猫好きではないのですが、この猫はちょっと面白いと思い、買うことに。

白黒の猫を手に取ろうとしたときに、箱の陰に隠れていたピンクの縞の猫を見つけました。欲しいのは白黒の猫のほうでしたが、この仲のよさそうな二匹を引き離すのも気が引けて、二匹まとめて連れて帰ることにしました。

 

もうひとつの掘り出し物は、ねずみの土鈴。見ていると、店主の女性が「それ、いくらなら持っていく?」と声をかけてきて、そのあと最低価格を決めてくれたのですが、それが思ったよりずっと安かたので、あっさり商談がまとまりました。箱などはついていませんが、品のいい絵付けが気に入っています。これは4年後の子(ね)年にも飾ってあげなくてはと思っています。

 

猫とねずみとは取り合わせがよくなかったかなとも思いつつ、桜の枝(子供が折ったのか、早咲きの桜の下に枝が落ちていたのです)とともに部屋に飾って楽しんでいます。

また絵画教室にもこの猫を連れていって見せたら、即「描く!」と言って描いてくれた子がいました。猫たちもきっと嬉しかったのではないかと思っています。絵の中の猫たちもいい顔でした。

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『リーブズ』の展示のおしらせ

息はますます白くなり、日陰の土は凍ったまま溶けず、週末のたびに雨や雪が降ってやきもきして……暖冬と言われた今年でしたが、ようやく冬本番の厳しさを感じるようになった今日この頃です。

 

白井市桜台の公民館で今週末イベントがあり、この公民館で活動しているサークルの発表会や作品展示が行われます。(お近くの方は広報などでご存知のイベントかとは思いますが、このページでのお知らせが遅くなってしまって申し訳ありません)

私が講師をしております、はがき絵サークル『リーブズ』も小さな展示をすることになり、みぞれ混じりの小雨の降る中、搬入に行って来ました。

 

はがき絵というと、よく「ああ、絵手紙ですか」と言われるのですが、『はがき絵』は絵手紙とは趣が違います。

『絵手紙』はちょっと下手なくらいが味があるとされていて、わざと左手で描いたり、筆の先だけ掴んで描いたりなどして、まわりにはその味のある筆使いで手紙を書き入れます。『はがき絵』の方は、ハガキサイズながらも水彩画としての完成度を求めて描き、文字は入れません。

 

サークルは第2・4火曜日の月2回で、私が季節感あるモチーフを考えて用意し、それをひとりひとりが絵にしていくのですが、うまく行っても行かなくても、わいわいと楽しそうに取り組んでいます。

今回は展示のためにこの一年に描いた中から、ひとり2~3枚を選び、それぞれ用意した額に入れて並べていますが、見ていると「ああ、このモチーフもやったな。おいしそうに描くのが難しかったと言われてたんだっけ」などといろいろ思い出します。

 

イベントは1月30・31日の2日間ですが、31日は12時半すぎから各サークルも店じまいを始めてしまうようです。あいにくのお天気となりそうですが、お近くでご興味のある方がいらしたらぜひお寄りください。

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骨董市(2016年1月)

新年明けてすぐの骨董市に行って来ました!

3が日にかかっているせいもあるのでしょうか、思ったよりずっと客足も少ないようです。しかし、やはりお正月だけあって、縁起物がたくさん並べられていました。

 

あるお店では、誰かがコレクションしていたらしい絵馬がかごに入って30枚くらいまとめて売られていたので、全部確認して、気に入った2枚を買いました。

前にも違うお店で寅(とら)と申(さる)を買っており、申はさっそくお正月飾りと一緒に飾られています。今回買った、酉(とり)と戌(いぬ)も干支が来たら飾ってみようと思います。

 

別のお店で、タンポポの柄の小皿も見つけました。真ん中のタンポポの花とその隣のつぼみだけが金彩で描かれているのですが、あとは紺一色の絵付け。シンプルですが、手描きのため、一枚一枚のタンポポの表情が違うのがうれしいところ。

和風もいいですが、ちょっとひねって、北欧風のモダンなコーディネートにも取り入れても面白そう!

 

それからヨーロッパのものを中心に扱っているお店で、馬のフォークレストをふたつ。見つけた時は黒ずんでいて、すぐ銀メッキだと分かりました。

帰宅して磨いてみるとぴかぴかになり、新品のようです。

ただ、馬の形をしているだけに、実際にフォークなどを載せると、馬が重たいのに無言で耐えているようで気の毒になってしまいます。

 

 

今回の収穫はこれだけですが、寒くもない日だったのでゆっくり骨董を見ることができて良かったです。来月はさすがにそうはいかないだろうと思いますが、また掘り出し物に出会えたらここに載せたいと思います!

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2016年

おさるのジョージ  ❀❀新年のご挨拶❀❀
おさるのジョージ  ❀❀新年のご挨拶❀❀

また新しい一年が始まりました。なんだか春のように暖かい新年ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

 

振り返りますと、昨年もいろいろなことがありました。

 

まずは、アトリエの生徒さんよりお話をいただきまして、子どもたちとそのお母様方とに絵を教える小さな教室も開いたことです。

 

大人相手とはまた違う「教える」ということの難しさを感じつつ、またいつの間にか固くなっていた私の石頭ぶりに気づいて愕然としながらも、表情も心もくるくると転変する子どもたちに新鮮な驚きを与えてもらっています。

 

まだまだ試行錯誤していますが、のびのび楽しく描いてもらえるよう工夫

して、絵をもっと好きになってもらえたらいいなと思っております。

 

 

そして昨年で一番の窮地は、大事な大事な商売道具にして利き手でもある我が左手に、うっかり怪我など負わせてしまった事でしょうか。

妙な怪我の仕方だったので、診て下さったお医者さんに「どうやって切ったんですか?」「本当に自分でやった怪我ですか?」と何度も訊かれ、内心「自分で切ったのではなかったらこんな落ち着いてなんかいるものか…!そんな問答よりも早く処置して!」と思わずにはいられませんでした。

でも、受け持ちの時間外だったのに丁寧に縫って下さったお医者さん(そのときは命の恩人のように見えました)と、どこかにいらっしゃるのかもしれない芸術の神様、そして持ち前の強靭(?)な生命力のおかげでしょうか、幸い今では何の支障もありません。

 

その後、仕事にはずいぶん遅れが出ましたが、その間に利き手の代わりによく使ったために右手の器用さが増し、さらに両利きに近づくことができたのは大きな収穫でした。

『カッターは我が有能な助手にして、時に我が意に背くことあり。扱いには相応の気を払うべし』

『転びしときは、足掻かず、暫し安静にせよ。起きるまでにはせめて何かを掴むべし』

というのが今回得た教訓です。

 

そんなわけで昨年は思うように描きたい絵を描くことができませんでしたが、今年は仕事以外の自分の絵もたくさん描くことが目標です。描くべき絵がもう何枚か頭の中に像を結んできてしまい、「早く描いてくれ!」と訴えてきているのがわかります。ああ、大きな絵が描きたい!

去年の分も含め、今年は『おさるのジョージ』のように楽しく描いていけたらと思います。

また、今年はもう少し短めの文章で、その分ちょくちょくとブログの更新もしていきたいと思います。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします!

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クリスマス

 

昨日はクリスマス・イヴでした。

どうせ飾るのなら早めに飾りつけを済ませて長く楽しめばいいのに、今年はツリーを出すのもずいぶん遅くなってしまいました。

「私ができないでいるうちに、誰かが一晩で完璧に仕上げておいてくれないかな……」

なーんて甘いことを考えていたのですが、我が家のグッドピープル(妖精のこと)には私をそんなことで甘やかすつもりは毛頭ないようです。こうなったらいっそ、自分が妖精役になってひとりでこっそりと飾りつけを済ませ、帰宅した家族を驚かせて楽しむほかありません。(実際それは成功したので良かった!)

 

飾りつけが終わったら、次に考えるべきは料理のこと。

我が家ではアメリカ帰りの方から教えて頂いたターキー(七面鳥)のレシピで鶏を焼くことが多いのですが、今年は先日の新聞に載っていたレシピを採用してみました。

ターキーは鶏よりずっと安いはずのに、日本ではこの時期しか売れないからか、鶏の何倍もの値段がついていて驚きます。普段からもっと安ければ、ターキーサンドなどにもできると思うと残念です。

 

今年は小さめの丸ごとの鶏を買ってきて作りました。食パン・玉ねぎ・パセリで作ったフィリングを詰めるいつものレシピよりあっさりしていますが、中から栗入りのリゾットが出てくるというのもちょっと目新しくて面白かったです。

天板のうえに流れ出た脂にからめるようにして焼いたジャガイモ・パプリカ・エリンギと、かぼちゃの甘くないサラダ、ゆでたカリフラワーとブロッコリーをつけあわせにして頂きました。

ちなみにこのカリフラワーは庭でとれたもの!そう思うとさらに美味しく感じます。

 

他には赤ワイン、野菜のスープ、自家製シュトーレン、クリスマスプティングのようなケーキ。

このケーキはコロンビアの高級菓子店のものですが、イギリスの伝統的なレシピに従っており、クローブやナツメグなどのスパイスが強烈に効いた、本格的なお味でした。大満足!

 

 

子どものころは、モミの木を美しく飾りつけ、美味しいものを作って食べて、プレゼントまでもらえるクリスマスが楽しみで仕方がなかったものですが、大人になると「なぜ大半の日本人は信仰を持たないのにこうして国を挙げてクリスマスを祝っているのか」と、なんだか後ろめたく複雑な気持ちになって困ります。

それでも街のあちこちに飾られたツリーや、贈り物えらびをする幸せそうな人々を見ていると、身近な人の幸せを、そして心のどこかで世界中の人々の幸せをも願っているのが伝わってくるようで、私も肩のこわばりがふっと解けるような気がします。

 

昔読んだ小説の、キリスト教徒の家族の隣に、ユダヤ教徒の一家が引っ越してくる話を思い出します。最初は互いに戸惑うことばかりなのですが、キリスト教徒の一家は「メリー・クリスマス!」、ユダヤ教徒の一家は「ハッピー・ハヌカ!」と言い合いながら、ともに食卓を囲み、仲良く陽気に12月24日を過ごすという話でした。

 

宗教以外にも様々な対立があふれる世の中ですが、この一時期だけでも、大きく温かな気持ちで世界の平和や人の幸せを願うことが出来るなら、それだけでもクリスマスって素敵だなと思います。

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祝 100冊

”本物のパン”。頂きもののアイリッシュバター、自家製柚子ジャムも。
”本物のパン”。頂きもののアイリッシュバター、自家製柚子ジャムも。

 

ブログを書きそびれている間に、気がつけば早、師走も下旬。

今年は暖冬らしいですが、今月初めから水仙が咲きだしたのには驚かされました。

 

  

さて1月のブログに書いたかと思いますが、今年は本を100冊読むのが目標でした。

しかし思ったより着々と読み進めることができ、数えてみると、昨日読み終わった本でなんと110冊目でした!

 

 

 

何年か前からノートに読書の記録をつけています。読んだ本のタイトル、著者名、読了日、それに感想を数行を書き、☆印による評価も加えます。

 

ちなみに☆印は5段階で、以下のように分けています。

☆ →読むほどのものじゃなかった!

☆☆ →いまいち楽しめず、本の中に入りこめなかった。

☆☆☆ →まずまず楽しめた。

☆☆☆☆ →面白い。結構気に入った。

☆☆☆☆☆ →とっても面白かった。本の神様ありがとう!!

 

(五つ星の”本の神様”(私が勝手に信仰している)に感謝するレベルの本にはなかなか出会えませんが、 ロマンスの神様よりは私に微笑んでくれている気がします。)

 

読んでいる本はほとんど海外のミステリ、ときどき幻想文学といったところですが、現代日本の小説も気に入った作家を追いかけて何冊か立て続けに読んだりと、興味の向くまま雑読しています。

記録を振り返ってみて、今年はここ数年と違って、詩集・歌集・古典文学・随筆などはほとんど読まなかったことに気がつきました。数えてみると110冊の中で小説でなかったものは、たった4冊。

 

最近読んだ中で面白かったのは、短編の名手ヘレン・マクロイの短編集『歌うダイヤモンド』。この作家はミステリからSF、不条理小説までジャンルの壁を越えて書き、1904年生まれとは思わせぬ斬新で完成度の高い短編をいくつも残しています。星新一を少々感情的にして女性目線に据え直したような印象でしょうか。

 

中でも気に入ったのは、『Q通り十番地』という一編。

自然物由来の商品の生産・消費が禁じられて久しく、誰もが疑問も抱かずに、量産されたまずい合成物(何でできているかも不明)だけを食べている世界で、小麦から作った”本物のパン”(もちろん違法)を求めて、違法な食べ物を提供する怪しげな店にこそこそと出かけていく主婦エラが主人公。

 

エラは夫が酔いつぶれたすきに夜の街へ出て、人目をはばかりながら店にたどり着きます。この社会では違法な食べ物を食べるのは非常に汚らわしい行為で、まさに悪徳の極み!店の見張りの男にまで軽蔑の目を向けられながら合言葉を言って通してもらい、なんとかカウンターに腰かけますが、なかなか注文が言えません。しかしそのときパンの香ばしい香りがただよってきて……欲求に負けたエラは恥も外聞もかなぐり捨て、ついに注文を口にします。

「本物のパンが一切れ欲しいの」

 

”本物のパン”という言い方がとてもおかしくて、読んでいてつい吹き出しそうになりました。

エラは”本物のパン”に”本物のバター”と”本物のジャム”をつけてもらい、何か月もかけて貯めた155ドルを払って、一時の幸せを手に入れます。その描写がまた美味しそう。

 

”目の前に現れたのは本物のパンだった。オーブンで焼きたての、かじるとさくさくと香ばしく、黄金色に実った小麦と、太陽の光と恵みの雨の味がするやつだ。パンの表面にはバターが塗ってある。本物の、金色に溶けた、クローバーの香りがするバター。それにジャムは、本物の黒すぐりと砂糖で作られた、甘酸っぱい味がする。”

 

このあとストーリーは隣に座った男が2000ドルもするステーキを注文したあたりから奇妙な展開になっていきます。その不条理に震撼しつつも、「でも、その美味しいパンをほおばった時の何にも代えがたい幸せ、わかるわ!」と彼女に共感してしまいました。こんな社会に生まれていたら、きっと私も”本物の紅茶”と”本物のパン”を熱望して、彼女と同じ轍(てつ)を踏んでいたことでしょう。

 

以来、朝食にパンを食べようとするとき、『本物のパン』『本物のバター』『本物のジャム』という言葉が思い浮かんで笑ってしまいます。

あの話のように美味しいパンが禁じられていなくて本当によかったとつくづく思いながら、自家製の『本物のパン』をありがたく噛み締めるのでした。 

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函館への旅 ~洋館めぐり~

函館には明治から昭和に建てられたという洋館が点在し、歴史を感じさせる街並みとなっています。

普通の住宅にも1階は日本的で、2階は西洋的な設計になった和洋折衷の建築があり、とても興味深いです。せっかくこの街に来ているのだから、主要な建築は見たいと思い、洋館めぐりをすることにしました。


赤レンガ倉庫群のあたりから出発。函館にはいくつも景色のよい坂がありますが、美しく紅葉し、赤い実をたわわに実らせているナナカマドの街路樹に惹かれて選んだ坂を上りました。植込みにはまだ鮮やかな紫色をした紫陽花が。涼しいところだと花も永くもつようですが、まさかこの時期まで!薄緑とむらさきが複雑に混ざった色合いがとても綺麗で、手折ってドライフラワーにしてみたい誘惑に駆られそうです。


坂の途中に、カトリック元町教会がありました。少々唐突な印象の、ゴシック様式らしい建物です。

中に入ってすぐの壁に埋め込まれたガラス絵は、絵具がひどく剥がれ、めくれあがっているのですが、ルオーの作品のように見えます。でも何の解説もないので、ルオー風に誰かが描いたものなのでしょうか。それとも本当にルオー???

聖堂は凝ったつくりをしていて、奥にはローマ法王から贈られたという大きな祭壇があり、聖堂内の壁にはキリストが十字架を背負わされてゴルゴダの丘へと向かう様子が描かれていました。(撮影禁止なので写真はありません)


カトリック元町教会のすぐ近くにはまだ別の教会、ハリストス正教会があります。こちらはロシア正教の流れをくみ、禁教令下にここでひそかに洗礼を受けた日本人の信者が日本正教会の礎を築いていくことになったのだそうです。

建物はロシアとビザンチンの影響を受けているそう。たしかに玉ねぎのようなドームはロシア建築を思わせます。漆喰塗りの壁に緑色の屋根、明快な形が新鮮でした。中の聖堂は、同じ正教会だけあって神田・ニコライ堂を思わせる装飾ですが、ニコライ堂ほど金ぴかではなく木彫りの装飾が目立ち、落ち着いた印象です。

それにしても、同じキリスト教といえ、宗派によってここまで建築や内部の装飾が違うとは面白い!宗派の考え方や価値観によって、見合った建物の外観や内装が選ばれていくことを思うとたいへん興味深いです。


住宅街に溶け込んでいる和洋折衷様式の古い家を見つけながら歩き、旧函館区公会堂へ。ブルーグレーとクリームイエローという変わった配色が目を引く、木造2階建ての洋館で、函館港を見下ろすように建っています。様式はコロニアル。正面にはギリシャの神殿を思わせる柱が立っていますが、細かい装飾などにはどこか和風の趣があります。

中にはいくつもの貴賓室があり、皇族の方が泊まられたというお部屋もありましたが、豪華な調度品の中、パイプでできたベッドだけが浮いて見えます。当時はパイプのベッドは珍しく貴重だったのだそうですが。

2階へと上がる階段もまた美しい。私は古くて美しい階段が好きで、なぜか夢にもよく登場します。そのうちこの階段もでてくるでしょうか……。

2階には大広間があり、ときどきここでコンサートが開かれているそう。この日ももう数時間前に来れば聴くことができたらしく、とても残念でした。壁も床も艶やかな木で覆われ、大きなシャンデリアが下げられたこの優雅な空間で、室内楽など聴いたらどんな心地でしょう。想像しただけでため息がでそうです。

この広間にはバルコニーがついていて、出てみると函館の町と港が正面に見下ろせました。いい眺めでしたが、ここで突然カメラの調子が悪くなり、写真が撮れませんでした。なんてこと!


気を取り直して、近くの旧イギリス領事館へ。開港の歴史を紹介するコーナーがありました。函館の人々が外国船の就航にどんなに驚き、外国人たちの身なりや文化の違いに目を丸くしたかが伝わり、面白かったです。制服の金ボタンをねだってゆずってもらったり、飲んでいるワインを血だと思って怖がったり。そのうちに洋装を仕立てられる人が出てきて洋装が流行りだし、建築や食生活でも洋風化が進んだとの由。


旧領事館内にはティールームもあり、ここでアフタヌーンティーとしゃれ込むことにしました。

アンティークの家具が並べられたティールームで、窓辺の席を選びます。

紅茶はキーマン茶にしました。小さなポット(たぶんイギリスならこの倍量)にお茶が入っていて、砂時計もついてきます。この砂が落ち切ったら飲み頃。このキーマン茶は思ったほどくせがなくすっきりしていましたが、なかなか薫り高くて気に入りました。もっと量があれば、なお良しですが。

2段になったスタンドの下段に小さなサンドイッチ、上段には小さなクッキー、小さなチョコチップ入りのケーキ、小さなタルト。他に小皿に乗った小さなスコーンがひとつ。

……『小さな』と何度も書いてしまいましたが、まさにそんな様子なのでした。うーん、イギリスならお菓子ももっと量がありそうですが、日本人に合わせて少なくしているのでしょうか?スコーンにクロテッドクリームがついていないのも気になります!

でも美味しかったし、丁寧に作られているようでした。そしてなにより、ツタの絡まる窓枠から、古い建物らしくすこし歪んだガラス越しに街を見ながらお茶が飲めるのが、とても優雅な気分。ゆっくりとお茶を飲みながら、この気持ちを共有できそうな人へと何通か、ハガキに便りをしたためました。


日暮れの街へ出て、外国人墓地へと歩きだします。墓地には関係者以外入れませんし、とくに見るべきものがある場所ではないのですが、ここは隠れた夕日スポットだとなにかで読みました。しかしあいにく海にはもやがかかっていて、夕日はあまり見えませんでした。

墓地の隣に、海に張り出すように立っているカフェがありましたが、お茶を飲んできたばかりなので入りませんでした。

でも家に帰ってきてから読んだミステリが、偶然ながら函館を舞台にしており、なんとこのカフェが出てきました!夕日を眺める客のために日没まで営業し、ロシアンティーを置いている店だと書いてあり、「ロシアンティー?あのとき行っておけばよかった!」と後悔した次第。


薄暗くなってきたけれどまだ空に赤みが残っている、そんな中を路面電車の駅に向かって歩きます。向こうから来る人の顔はかなり近づくまで見えず、まさしくこれが『黄昏時』(たそがれどき。「誰そ彼」という言葉から)。どこかからふっと出てくる猫もなんだか不気味で、人の言葉でも話しそうに見えます。黄昏時は『逢魔が時』(魔物に出くわす時)とも言うんだっけ、と自分を怖がらせて面白がりながら坂を下り、路面電車の終点駅『函館どつく前』へ。

帰宅時間と重なりましたが、運よく空いていた席に腰を下ろし、明るい車内でごとごとと揺られていると、どこかの異世界のあわいから人の世界に戻ってきたようで、さみしいようなほっとするような気持ちになりました。旅をしているときに感じるこういう瞬間が私は結構好きで、そんなもののために旅をしているのかもしれないという気になることがあります。

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函館への旅 ~大沼編~

翌朝は早起きして、朝市へ。今朝とれたばかりのイカを使った、イカ刺し定食を頼みました。ガイドブックには必ず載っている有名店ですが、ご夫婦だけでやっている本当にちいさなお店です。


定食だから、イカそうめんとご飯とお味噌汁に小鉢ひとつくらいかと思っていたら、それがとんでもありませんでした。お盆には、空いた余白を埋め尽くさんばかりに並べられた豆皿が!イカの塩辛、イカの煮物、とろろ、めかぶ、タコのキムチ、昆布の佃煮、イカのわたを使ったペースト、じゃこの佃煮……なんと十種類もあります。しかもどれもおいしい!

ちょっとシャイそうな店主は無愛想な様子ながら、ときどきカウンター越しに「それは汁も美味しいから、汁ごとごはんにかけたらいい。」などと声をかけてくれます。お行儀悪いかもしれないけど、たしかにそうすると美味しい!珍味がたくさんあって、ごはんはもっと必要なくらいだけど、おかわりなんてとても無理。もうお腹がいっぱいだけど、残したくないし、口に合わなかったのかと思わせそうで、そんなことはできません。


おそるおそる食べすすめていると、ほかのお客さんが店のご主人に挨拶していくのが聞こえます。「あ、あの、すっごくおいしかったです!!絶対また来ますから、お元気でお店を続けてください!」「ごちそうさまでした。どれもおいしくって、感動しました!」

なんだかドラマみたいに聞こえるけれど、たしかにこの美味しさならその気持ちもわかります。こんな小さいお店なのにここが愛されて有名なのは頷けます。

やっとやっと食べきれそうでほっとした時、店のご主人がカウンターから身を乗り出し、「これ、いま作ったばっか。食べて」と手を伸ばしてきました。驚いていると、お茶碗の中に何かを転がして、手が戻って行きます。見ると、さんまの煮つけが一切れ。


さ、さらに食べなくてはならないものが増えた……!でもまったく煮崩れせずきちんと形を保ったサンマにプロの腕を感じます。これは食べないわけにはいきません。そっと食べてみると、骨まで軟らかく、こんなに味もしみているのになぜ煮崩れしていないのか。魔法のよう。

『空腹は最高のスパイス』といいますが、お腹いっぱいの時でさえ最高においしいサンマでした。


ご主人に丁寧にごちそうさまを言い、どれも美味しかったけど特にイカの塩辛が美味しかった旨を付け加えると「いや、どれも美味しかったでしょう」と返されました。自信と誇りを持って料理を作り、人に出しているという感じがとてもいいなあと思いました。


ここでおもわぬ時間を食ってしまったので、あわてて駅へ。大沼国定公園へ行く電車は1時間に1本なのです。

ホームに着くと2両の電車がありました。駅員さんに奥の電車に乗るよう言われていたのでそちらに向かうと、手前の電車のドアをがしゃがしゃと揺らしているおばさま方が。

「向こうの車両しか開いてないのね」「きっとあっちが満員になったらこっちも開けるのよ」「(ケチと言わんばかりの顔で)最初から開ければいいのに。でも開いたらこっちに移りましょうよ!」などという会話が聞こえてきます。電車は2両停まっているけど、その間は連結していないということを見逃しているご様子。これは1両の電車が2台停まっているだけなのですが。教えるのもおせっかいなので黙っていましたが、なんだかおかしくて口元が緩みます。


ゆっくりしたペースでゴトゴトと45分ほど行き、大沼公園に到着。観光案内所で地図をもらい、さっそくあたりを散策。残念ながら期待していたほど紅葉が進んではいませんでしたが、それでも水辺の景色はきれいです。蚊もいない代わりに、雪虫がたくさん飛んでいてそれだけは少々厄介でした。

朝のひんやりと湿った林の中を歩き、写真を撮りながらいくつかのコースを巡っているとどんどん時間が過ぎていきます。途中で名物のお団子を買い、岩に座っていただきました。団子を串に刺していないのは、決して手抜きなどではなく、団子を湖の浮島に見立てているからだとか。


だいたいのコースは見て回ったので、午後はレンタサイクルで湖を一周してみることにしました。どのレンタサイクル屋さんでも大した違いはないだろうと思って適当に借りたら、これが大はずれ!

ハンドルには錆が浮いているし、かごも破れていて、ギアさえついていない古い自転車でした。まさかいまどき、こんな自転車を貸しているところがあるなんて!ほかのお店はもっと普通の自転車だったので、大失敗しました。

えーい、ままよ!と漕ぎ出し、14キロのサイクリングへ。風景がきれいな所に休憩所が設けられているので、ひと休みして写真を撮ることもできます。色んな角度から湖を見られるのが良かったです。途中坂道がきついところもありましたが、90分ほどかけて一周。

自転車を返す前にさらに足を延ばして、近くの牧場へ。しぼりたての牛乳を飲みに行ってみました。ジャージー種の牛乳もブレンドされているらしくとても濃厚で、びんを開けるとクリームが分離しているほどでした。旅先では生野菜や果物が食べたくなるので、ホテルで食べようと、よく熟れたプルーンも1袋買いました。


美味しいものをたくさん食べ、絵の参考になる風景もたくさん見られて、散策にサイクリングと充実した一日でした。明日の筋肉痛を心配しながら函館に戻る電車に乗り込みました。

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函館への旅

函館に行って来ました。

旅行社のフリープランをうまく使って安上がりの旅にするとなると、飛行機は朝早くか夜の便ばかり。「若いからできる旅だねぇ」と人に言われたことがありますが、うーんどうだろう……もっと年をとってもそんな旅を喜んでしていそうな気がするのですが。


4:30起床、始発で羽田空港へ向かい、10時頃には函館駅に着きました。飛行機から見てもそう思いましたが、北海道はまさに「大地」という言葉がぴったり。道路も広場もとにかく広々としていて、建物も高層にする必要が無いせいか空が大きく、風は大地を吹き渡っています。冬の寒風はきつそうですが、今の時期はまだそれほどでもなく、ほのかに海の匂いがする風に「港町に来ているのね!」と心が躍ります。


ホテルに荷物を預けて身軽になり、さっそく街を歩き出します。市電(路面電車)が便利だとガイドブックにはありましたが、地図の縮尺から計算するに、十分徒歩でも歩き回れそうです。


街を歩いていて目に付くのは建物に這い登るツタ。ちょうど紅葉が始まっていて、まだ緑のものから赤や黄色になったものまで、無数のグラデーションをまとった葉がとても美しい。

明治から昭和に建てられた建物に絡んだツタは、レンガのえんじ色や黒い窓枠に照葉が映えているし、コンクリートが打ちっぱなしの壁でも、無機質なコンクリートの質感に鮮やかなツタが対比をなし、葉の形もくっきりと浮かび、まるで絵のように見えます。


横目で見惚れながら街を歩いていたら、「ツタは自分がこんなに美しいということを知っているのだろうか」という疑問が浮かびました。

「知らないでこんな美しいのだから自然とはすばらしいのだ、と言う人もあるだろう」とも思いつつ、ものに人格を与えて考えがちの私は、「でもこんなに美しいのに、それを自覚していないなんて事があるだろうか」という気持ちになります。

ふと恩田陸の小説で、「僕は無垢な美少女というのも信じない」と少年が言うくだりがあったな、と思い出し、「ああ、それもそうかも。じゃあこの街のツタたちも、己の美しさを自覚したうえで、建物を覆っていたりして」と思ったところでコンクリートの壁に美しい絵を描いているツタに出会い、思わず足を止めました。これは確信犯(!)に見えたからです。


(帰宅してから出典を調べました。 『ごくまれに自分の美しさに気付いてない子もいるけど、それだってほとんどは演技だ』『自分の美しさに傷つくデリカシーのない女の子って、僕にとってはきれいな女の子じゃない』←『麦の海に沈む果実』恩田陸)


お昼には、いくらやカニが載った丼を食べました。さすがは北海道というお味です!

そのあとは、オルゴールのお店をのぞいたり、赤レンガの倉庫群(今は中がお店になっている)や海を眺めながらベンチでぼーっとしたりしていると、だんだん非日常にいる実感がわいてきます。

このままのんびりしてもいいけれど、いや、今夜は夜景を見に行ってみよう!と、また歩き出します。

観光案内所に函館山のロープウェイが私の滞在中ずっと点検期間で運休だと出ていたので、交通機関はバスしかありません。ですが案内所で函館山には登山道がいくつもあるという情報も入手!ハイキング程度のコースもあるようでした。時間も余っているし、ちょうどいい冒険です。


登山口に着くと4時前。日没は5:20頃だそうなのでまだ余裕がありますが、山道は暗くなるのが早いのでのんびりしてはいられません。軽くストレッチをして飲み水を買い、ショルダーバッグの肩ひもを短くして登り始めます。

夏に来るともっといろいろな花が楽しめるようですが、もう秋なので野菊やアザミの花か、ノブドウの実くらいしかありません。一箇所でだけ、トリカブトの青紫色の花が見られましたが、あとは木ばかり。

ところどころに置いてある石仏の前ではちょっとばかりあいさつして、あとはもくもくと歩きます。見晴らしが良くなり、海が見えるところまで来て向こうを眺めたら、遠くの山の方には雲間から光が差し込んでいました。(天国への階段、あるいはジェイコブス・ラダーとも言いますね)

せっせと歩いたご褒美のような光景ですが、ちょっと遠い。でもあれは自分があの光の中にいる時にはそうと気がつかないものでもあります。幸せと言うのもそんなものかな、などと考えながらあと少しを登り、ふもとから50分ほどで頂上に着きました。


展望台に上るとまだ日没まで時間があるのに人が集まってきていました。この中で登山道を来た人は何人くらいなのか…。韓国語や中国語も飛び交っています。

風が強くて寒かったですが、人が多くなるにつれ暖かくなってきました。ペンギンの集団のようです。


日没まえから明かりが灯り始め、もう「きれいね~」と言い合って写真を撮るおばさまたちですが、ガイドブックによると夜景は日没から20~30分後くらいがいちばんなのだとか。風に首をすくめながらまだ待ちます。

だんだんと空が暗くなるにつれ、明かりが綺麗に見えるようになってきました。家々にも明かりが灯っていきます。函館の夜景は日本3大夜景だとか、世界3大夜景などと言われているようですが、美しいのは規模よりも、明かりの色がオレンジ系の暖かい色でほぼ統一されているからかもしれません。

写真を撮り、長い間夜景を眺め、それから震えながらバスの列に並んで街に帰ってきました。そのあと入ったお店で熱い緑茶を飲みましたが、一杯のお茶が五臓六腑に沁み渡っていくようでした。

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骨董市

今月も骨董市に行って来ました。今回は秋の陽気に誘われてか、人がたくさん来ていました。洗濯などしていて出足が遅れた私が着いた頃には、駐車場も空いているところが少ないほどでした。駐車場から市に向かう間も、買ったものを持った人たちが次々に帰ってくるのにすれ違うと、つい焦りがつのります。もう掘り出し物がないのではないかと心配になって、今更ながら早足になって向かいました。


とはいっても、早く来たから掘り出し物があるかというと、そうとは言い切れません。あまり早く行ってもまだ品出しの途中だったりもしますし、いい品が安く出るとすぐに買われてしまうことはもちろんありますが、不思議といい品が後の方まで残っていることもあるのです。そんなものに出会うと、「売れる」と「売れない」を分ける境目のあいまいさを思います。

誰も見つけなかったのか、見つけても見送られたのか…?


骨董市ではいつも自分のためにも品物を探しますが、この頃は海外へのお土産向けのものがないかも探します。今回見つけたのは、50年以上は経っているだろうという瀬戸焼の招き猫。高さは10センチ弱くらいでしょうか。絵付けは丁寧で、三毛の模様や首にかけている布のデザインなどもユニーク。古いわりに状態はほとんど完璧、2匹いたのでどちらも購入!

招き猫も人気のある商品ですし、この絵付けでこの値段なら安いはずなのに、どうしてか私が買うまで売れずにそこにいたということがなんだか不思議なようでした。 


そしてもう一つ買ったのが漆塗りの箱。春慶のような木目が見える塗りの箱に、一箇所だけポイントとして秋草が描かれていました。桔梗、なでしこ、すすき、萩が図案化されていますが、桔梗の紫も赤で描き、全体を金~赤系をベースに渋い緑を足した、秋らしい色で統一してありました。


でも箱というものは、何を入れてもいいという自由さが、却って使いこなしづらくなることがあるように思えます。これも何を入れるべきか、まだ悩んでいるところ。これまで来た手紙やはがきを入れていた箱が小さくなったので、そんな風に使ってもいいかなと考えてはいます。

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時計の修理

気がついたら掛け時計がひとつ、動かなくなっていました。8角形の木枠にローマ数字の文字盤がシックな振り子時計で、子供のころサンタクロースにもらったものでした。(我が家を担当するサンタクロースは子供が今欲しがっているものというより、サンタクロースが選んだものをくれることが多かったのです)

子供心に「シックでいいな」と気に入ったものですし、思い入れもあります。しかし、修理を頼もうと思ってメーカーに問い合わせると、「現物を見てみないと分からないですが、1万円くらいは見ておいてください」とのこと。そんなにかかるのかとびっくりして訊くと、「技術料がかかるし、修理する工房までの送料もあるので」と言います。

しまいには「何かの記念だとかいうのではなければ、修理せずに新しいものを買った方が安く上がりますよ」とまで言われ、腑に落ちないものを感じました。

 

一応新しい時計も見てみましたが、近頃は本物の木を枠に使っている時計自体少ないし、クラシカルなデザインもなかなかありません。

もし大したことのない故障だったら、自分で直せることもあるかもしれないと思い、ネットで情報収集をすると、ムーブメントごと取り換える方法が載っていました。ムーブメントはセイコー製が広く出回っていること、振り子時計用も入手できること、針も好みのものに替えられることもわかり、さっそく試してみることにしました。

 

おそるおそる時計の裏蓋をはずしてみると、中は案外単純な仕組み。文字盤と針の高さの調整などには少し工夫が要ったけれども、なんとかムーブメントと振り子を付け替える事が出来ました。前に使っていた振り子より少し短いのは惜しいですが、時計がよみがえったのはとても嬉しい!

 鬼の首を取ったように、「ふふん、ちょっと仕組みとコツだけ覚えればできるじゃない。なにが”技術料”なの?」と調子に乗って、ほかの時計にも手を伸ばしました。


ひとつは電気時計のリメイクです。不思議の国のアリスのお茶会をイメージして時刻を3時に合わせ、インテリアとして飾っていましたが、この古い時計の感じを生かしたまま新しいムーブメントで動かせないだろうかと思ったのです。

『セレクト スヰッチ時計』とラベルが打ち付けられたとても古い時計で、おそらく電池式の時計が出回る前のもの。裏から伸びたコードからして、どうやらコンセントにつないで使うらしいということくらいしかわかりません。いったい全体、どういう風に動いていたものなのか…??


中を開けると、歯車がいくつも出てきて、何に使うのかわからない不思議な部品もたくさん。文字盤周りと固定に必要な部分だけ残してはずしてしまいました。

クオーツのムーブメントをはめようとしたのですが、穴を広げないとはまらないことがわかり、棒状のやすりで金属製の文字盤の穴を広げたりして、やっと取り付けました。時計の針も前のものは使えないので、合う大きさのものを買ってきて付けました。中の構造が複雑なので、電池を交換するときはちょっと面倒なことになりそうですが、古い外観のまま正確な時計として使うことができるのはいいものです。

 

もうひとつの時計は、祖父母が結婚祝いに会社から頂いたのだという、65年ほど前のゼンマイ時計です。ゼンマイや歯車を磨きましたが、一箇所だけどうしても動かないところがあり、ゼンマイ時計としては使えません。それでもちょっと浮き彫りが入った木箱とレトロな字体の文字盤などにあじがあります。飾っておくだけなんてもったいない!

これも文字盤と外の箱だけを残して、ゼンマイや振り子、鐘の部分などは取り外してしまいました。取り外しておいていうのもなんですが、これらの部品の美しいこと!これもおそらく真鍮製で、全体が金色をしています。ゼンマイを巻いて針を動かすといい音で鳴ります。これだけでもしばらく遊べるくらいの面白さ!

 

この時計にも新しいムーブメントを取り付け、針を付け替えました。振り子は大きさが合うものがなかったので、飾りとして時計の下部にぶら下げるにとどめます。それでもアンティークらしい味のある掛け時計となりました。これはアンティークでまとめようとしている、自室で使うことにしました。

最新式の道具は便利だけれど、どうも私の肌には合いませんし、美しいと感じるものにはあまり出会えません。アーツ&クラフト運動の創始者、ウィリアム・モリスは「美しくないものを家に置いてはいけない」と言っています。さすがにそこまで徹底はしませんが、多少手がかかっても、古いものを大事にして、なるべく美しいものに囲まれて暮らしたいものだと思います。

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神田散策

戦利品の一部♪ 安野光雅の絵本など
戦利品の一部♪ 安野光雅の絵本など

だいぶブログの更新が空いてしまいましたので、少し古い内容になってしまいますが、先月出かけた神田のことなど書きたいと思います。

 

お出かけの行き先が神田になったきっかけは、あるお蕎麦屋さんが家で話題に上ったことでした。

それは神田にある『藪蕎麦(やぶそば)』という、明治13年(1880年)創業の老舗。本当なのかはわかりませんが、昔はやぶに覆われるようにして店があったため、そんな名前がついたのだとか。池波正太郎などの食通が通った店としても有名です。

 

初めて行った時には、門から店舗までの短い間にも手入れされた竹が植えられており、たしか待合なども設けられていました。

中に入ると、帳場から女将さんの「いらっしゃいまし~」「ありがとう存じます~」という声が聞こえてくるのですが、これがまたいい声!長唄かなにかのように良く通るのでびっくりしました。

常連らしいおじいさまたちが卵焼きや穴子、蕎麦寿司などをつまみにお酒を飲み、さっとお蕎麦をすする様子もなかなか粋で、こちらも美味しいお蕎麦を頂きながら、さりげなく観察させてもらったことも思い出します。古くて小さいけれど、下町らしいこざっぱりした佇まいで、老舗の意気を感じさせるお店でした。

ところが数年前に漏電で焼けてしまったことが新聞に載っていて、本当に驚きました。その後、同じ場所で営業を始めたことも知り、また行こうと思いつつそのままになっていたので、「久しぶりに行ってみようか」となり、出かけたのでした。

 

まずは御茶ノ水に着き、神田明神にお参り。高3の頃は御茶ノ水にある美術予備校に通っていたのに一度も足を向けたことがなく、実は初めて来ました。お参りのあと、鳥居のすぐそばの『天野屋』で冷やし甘酒を飲みました。このお店は納豆などの発酵食品も扱っていますが、甘酒が有名なのだそう。新鮮な麹の味がする濃厚な甘酒で、冷えているのに味がぼけず、しっかりとした風味がしました。

 

それから、『竹むら』という甘味処に寄って名物の揚げまんじゅうをお土産に買い、藪蕎麦の開店10分前に到着。すでに10人ほどのお客さんが並んでいます。

建物は、木が多用された日本的な内装ですが、だいぶ現代的になっていました。店舗部分を拡大して席数を大幅に増やし、天井も高くしてあるので、もうこじんまりした雰囲気ではなくなり、カウンターの向こうの女将さんまでが遠く感じてちょっとさみしいような…。広くてもにぎわっていて、これはこれで良いのでしょうけれど、以前の数寄屋造りのお店を知っているだけに、そちらが懐かしくなってしまいます。

 

それでも変わらないのは、やはりお蕎麦の美味しさ!

私は夏限定の『冷やし茄子蕎麦』を注文。冷たい焼きナスと千切りのミョウガ、鰹節がのったお蕎麦で、スダチを絞っていただきます。きりっと冷えた出汁のちょっと尖った鰹節の味がこのお蕎麦には良く合います。しぼりたてのスダチの香りとさわやかな酸味、糸のように細く刻まれたミョウガの風味と食感がまたたまらず、食べ進めるのが惜しいほどの美味しさでした。美味しいお蕎麦なので、当然、蕎麦湯までおいしい!

 

店を出てニコライ堂へ向かいましたが、閉まっていて見学できなかったので、またぶらぶらと坂を下り、お稲荷さんを見つけるとお参りしたりしながら神保町へ。

暑い日だったので、東京初の紅茶専門店だったという『ティーハウスタカノ』でお茶でもということになりました。キャンブリック・ティーという蜂蜜入りのアイスティーが美味しかったので、茶葉までつい買ってしまいました。

同封された紙には淹れ方などだけでなく、忙しなく余裕がないこの社会において、一杯の紅茶を丁寧に入れることがいかに心に豊かさを与えうるかについて、「おお!ここまで言うか」というほど語られていて、店主の紅茶文化にかける熱が伝わってきます。紅茶党の私はおもわずにんまり。

 

そして、神保町と言えばもちろん古書店!こればかりは見たいお店も見るペースも各々で違うので、あとでニコライ堂に集合することにして解散。

私は店先の特売コーナーで宝探しをしながら、美術関係のお店をまわりました。ここに来るたびに思うのですが、なんと時間の過ぎるのが早いこと!

「ああ、もうこんな時間?まだ見たいところあるのに!また来ないと…」と後ろ髪をひかれながら立ち去るのも毎度のことです。この日も、あきらめ悪く目だけは背表紙を追いかけながら引き返していると、なんと探していた小説が上下2巻、800円で売られているのを発見!ほぼ半額です。あきらめ悪く見ていて良かった!!もちろんこれも買いました。

 

戦利品で重くなった鞄を肩にかけて、ニコライ堂へ。

今度は聖堂も開いていて見学ができました。300円を払うとパンフレットとろうそく1本が手渡されます。もらったろうそくを聖人の肖像画の前に置かれたろうそく立てに供えました。

見上げると大きなドーム、そして正面には金をふんだんに使った祭壇がいくつもあり、数多くの宗教画が掲げられています。遠くて聖人を見分けるのは難しいですが、絵自体はかなりメリハリをつけてはっきり描かれているようです。

ボランティアのガイドの方がニコライ堂の歴史や正教についてなど説明してくれましたが、興味深いのはカトリックなどを分派ととらえ、正教こそが一番純粋に初期キリスト教に近い信仰の形を守っていると考えていることでした。西洋の音楽は教会の祈祷などがルーツとされ、より音楽的に、複雑に、美しく、神にささげられるように…と発展していったと言われていますが、正教では音楽以前のお経のような祈祷のみで、楽器の伴奏もいっさいなしなのだと聞きました。

まだまだ話し足りない様子のガイドさんでしたが、閉館時間が迫り、ニコライ堂をあとにしました。

 

兄のリュックサックに神保町での戦利品を一部入れさせてもらい、軽くなった鞄とともに帰途へ。

久しぶりの街歩きは、美味しいものをいただき、歴史に触れ、戦利品(本)にも恵まれ……と、とても充実した一日となりました。


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夏野菜の収穫

今朝4時頃、突然ざあああっと音がして、何事かと思ったら雨でした。まさに待望の雨!


ここ数日は雲が多く、「これは降るかな」と期待しては裏切られ、夕方には庭の水やりをするという日が続いていたのですが、ようやく降ってくれました。


考えてみれば、半月ぶりの雨!庭の草木も葉から土からごくごくと水を飲み、ふぅっと一息ついたように見えます。


庭が乾くとイライラと落ち着かず空に文句まで言い始める私を見て、家のものが笑っていましたが、庭が潤うと途端にご機嫌になったのですから、案外「庭とどこかつながってるんじゃないの?」という指摘は当たっているのかもしれません。


わが庭では夏野菜がずいぶん採れるようになってきました。写真は坊ちゃんかぼちゃとミニトマト、長ナスです。(長ナスは時々、面白おかしい曲がり方をします。これはまだシンプルなほう)

グリーンカーテンにしているゴーヤは種をまいたのが遅く、まだ収穫には至っていないものの、いくつか小さい実がぶら下がっているのが室内からもよく見えて楽しいです。


シソは水不足も猛暑もなんのその、1メートルほどの大株に育ってしまい、毎日のように摘んで料理に使っても、あるいはちょっとくらいバッタたちがかじろうとも、平気の平左です。

そういえば、去年はシソの実をたくさん入れて福神漬けを作りました。福神漬けはナスやシソの実など7種の野菜を使うのを七福神に例えてついた名前らしいのですが、私は庭のミョウガも千切りにして加え、『八福神』にしたのでした。まだ大瓶に作ったものが残っているので今年は作らないことにして、採れたミョウガはミョウガごはん(酒・出汁少々・塩を入れて炊いたご飯に塩もみしておいたミョウガの千切りを混ぜて蒸らす)や麺類・冷奴の薬味として使っています。

ミョウガはまるで『雨後の竹の子』のように雨が降ると元気よく出てくるので、これからさらに期待できそうです。買うと意外に高いので、値段を気にせず使えるのもありがたいところ。


梅雨頃、いちじくの苗を植えたのですが、これも暑さなどものともせずぐんぐんと育っています。人の顔より大きい葉を次々につけて、こわいほどの充実ぶり。

枝葉の中にすごいエネルギーが溜め込まれているのが感じられ、いちじくの木が破裂するわけないのに、よもや突然ぱぁん!と爆発しやしないかと恐ろしくなるほど、むちむちとした芽や葉がぎゅうぎゅうに生えてきています。……このペースなら、来年は実も期待できそう?フランスでよく栽培されている、皮が紫色で味のいい品種を選んだので、早く収穫してみたくてうずうずしています。


剪定や草取りばかりに時間がかかり、花壇の計画はほとんど白紙ですが、野菜はもっと美味しくなって欲しいし、花ももっと美しく咲いて欲しい。イギリスではボーダーの花壇は10年、15年先を考えて設計していくと言いますし、我が庭も急には変えられませんが、長い目で見ながら少しずつ庭を美しくしていくことはできるはず。庭づくりは土づくり、まずは土の勉強から始めたいと思います。

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夏のはじまり

人魚の置物や貝で涼しげに
人魚の置物や貝で涼しげに

こんな時期に台風が?といぶかりつつ、雨に降りこめられていたのが嘘のように、ここ何日かはよく晴れた暑い日が続いています。


つい先月まで温かい紅茶ばかりだったのに、今ではアイスティーと麦茶を冷蔵庫に常備。マグカップを仕舞って、代わりに大ぶりのグラスをたくさん出しました。テーブルクロスもソレイヤード(プロヴァンスの生地メーカー)の水色のプリント地に替えたら、目にも涼しげになりました。


上の写真は、玄関に置いた棚のディスプレイです。骨董市で出会った陶器の人魚(以前にも紹介しました)に貝とサンゴ、あじさいのドライフラワーを合わせました。白いレースや白い貝でできたお皿が涼しげです。

まずこの人魚を飾ると決め、それから人魚に合わせて周囲の小物を選んでいきました。物思いに沈んだ人魚の表情を壊さないよう、静かで落ち着いた、少し感傷的な雰囲気でまとめています。

こういうディスプレイをするときは、「夏だから青系の色を使う」というよりは、質感や素材が涼しげなものをうまく使う方が品よくスマートにまとまるらしい、と学びました。もっと暑くなったら、あじさいをやめて、ガラスの瓶かキャンドルスタンドなどを添えてもいいかもしれません。



庭ではナス、ミニトマト、ピーマン、ミョウガ、シソ、ブルーベリーが収穫できるようになり、食卓もすっかり夏に!

特にナスなどは採れたてのおいしさがよくわかる野菜で、庭で作ったものをすぐ料理して食べられる喜びを、文字通り”噛み締める”ことが出来ます。きゅっとした歯触りと、数日たつと不思議と消えてしまう独特の青い味とみずみずしさ!

また、ナスは和・洋・中と幅広い料理に使えるので飽きることもなく、毎年しみじみと「ああ、植えて良かったわ」と思います。


たしか『菜園は主人の足音で育つ』というのだそうですが、水やり以外の世話がすべて後手後手に回っているような手入れの悪い庭なのに、よくもまあ健気に実をつけてくれるものです。

毎年、ホワイトボードに収穫した野菜の量をメモしているのですが、すでにナスは12本、ピーマンは10個。まだまだ夏は始まったばかり、今後の収穫も期待できそうです。

とはいえ、やっぱり一方的に搾取するばかりでは後ろめたいので、追肥や除草、支柱立てなど、もう少しまめに手入れしてあげようと思います。

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ハワイ ~カウアイ島2~

ホテルは「コンドミニアム」と呼ばれる、豪華なマンションのようなタイプでした。キッチンがあり、自分たちでスーパーへ食材を買い出しに行き、料理して食べることができます。食器洗い機や洗濯乾燥機もついていて、普通のホテルよりも「ここで生活している」という気分を味わうことができます。実際に長期滞在に利用する人も多いとか。羨ましい限りです!

 

さっそく近くのスーパーマーケットへ。外食や出来合いのものを買って食べることなどが続き、フレッシュなものが食べたくて仕方なくなっていたので、サラダ用の野菜や果物、それから現地ならではの食べ物をいろいろと購入。

国内でも海外でも、旅先ではスーパーに寄るのですが、やはりスーパーに行くと、その土地の生活が感じられて面白いです。カウアイ島にも日系人は多いらしく、スーパーでも味噌、うどん、のり、だしなどが売っていました。

焼きたてのクッキーなどをおいてあるコーナーにも大福のようなものを発見!でも皮の色が派手な紫色に着色してあります。「紫いもかな?」と思ってラベルを読むと”PEANUTS-BUTTER MOCHI ”とあります。「ピーナッツバター餅?!それは何ぞや?」という話になり、買ってみることに。おそるおそるかじってみると、色はすごいけれど大福の皮は普通の味で、中には餡の代わりに甘さ控えめのピーナッツバター!大福としては違和感がありますが、大福ではなくこういうお菓子なのだと思えばそんなに違和感のない味でした。きっと餡が入手しづらくて、代わりに使えるペースト状の甘いものがないかと思って組み合わせてみた、というところではないでしょうか。こういう変わったものに出会えるのもスーパーを探索する楽しみです。

私はコリアンダー(パクチー、香菜、シアントロとも呼ばれるハーブ)だけは苦手ですが、大抵のものは食べられるので、旅先で現地人が食べているものにトライすることも。それもいい旅の思い出です。


私たちの泊ったコンドミニアムは庭が海に面していましたが、ビーチという様子ではなく泳ぐには向かないようでした。かわりに中庭には小さなプールがあり、その近くにはヤシが植えられていて、ハンモックがかかっていました。

ハンモックにロマンを感じ、さっそく寝転んでみましたが、バランスを取るのにはちょっとコツがいるよう。でもまぶしいほどの青空とヤシの木を見上げながら、海風に吹かれて寝転んでいるのは気持ちのいいものです。もっと長く滞在するなら、ここでハンモックに揺られながらひねもす読書をするのも良さそうでした。


今回は長く泊まることはできませんでしたが、もしチャンスがあればひと月ぐらいのんびり滞在して、鮮やかな熱帯の花の植物画を描いたり、ハンモックで本を読んだり、砂浜で一日海を眺めたりしてみたいものです。

でも休暇はこれで終わり。ゆったりした島の時間との別れを惜しみつつ、美しい海の色をしっかり目に焼き付けて、また日本に戻ってきました。

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ハワイ ~カウアイ島~

ホノルルからカウアイ島へ空路で40分ほど。あっという間に着きます。

島に着き、レンタカーを借りました。ハワイでは日本の免許で運転ができますが、右側通行で、赤信号でも右折ができるなど交通ルールも多少違うので、慣れるまでは助手席にいてもどきどき。

 

カーナビはまだまだこちでは標準装備ではないようで、私は助手席で道路地図を広げて案内役に徹します。日本では標識や目印となる看板などがたくさんあって、情報があふれんばかりですが、この島では大きな道路が合流するところでも20メートルぐらい前に小さな看板が一つあるきりだったりします。

当然、「あっ!ごめん、ここだった!!今のとこ、曲がるんだったみたい!」というようなことが多くなり、行こうと思っていたのに諦めたところもありました。

 

カウアイ島は『ガーデンアイランド』と言われるほど、緑がいっぱい。そして、小さいながらも見どころの多い島でした。

空港から海岸沿いに北上するとリゾートホテルの多い、島の中心地があり、それを通り過ぎてさらに海沿いに走っていくと、いつしか道は山の中へ。一車線しかない橋もあり、ゆずりあって通らねばなりません。そんな橋をいくつも超え、細い道を行くと、いつの間にかまた海が近くなっています。人も少なく、静かできれいなビーチが広がっていました。日差しがまぶしく、サングラスなしではきついほどですが、サンゴ礁の海特有の青色が美しく、ついサングラスをはずして見とれてしまいました。

木陰に座って、いつまでも寄せては返す波を眺めていると、いろんなことがどうでもよくなってきます。つまらない雑事が遠ざかり、いま「ここにある」と言えるのは海の色と波の音だけかのようです。何者でもないもの、たとえるなら獣や木にでもなったように、ものを考えることをやめて、ただぼうっとして海を見ていました。

道はこの少し先のビーチまでで途切れていますが、さらに先には絶壁が続きます。紺碧の海に切り立つ絶壁が美しいようですが、船かヘリコプターでないと見られないそうです。

 

翌朝、島の観光名所のひとつ『シダの洞窟』にも行きました。原住民たちが神聖な場所としていた山にあり、ワイメア川下流の船着場から観光用の船で出発。この洞窟はその名の通りシダがたくさん垂れ下がった洞窟なのですが、10年ほど前の異常な大雨でシダがずいぶん落ちてしまったらしく、残念ながら今はそれほどの迫力はありません。でもゆったりとした川の流れを船でいくのも楽しいものでした。アオイ科の大きな木が川に沿って生え、赤と黄色の花をたくさんつけています。はじめ黄色い花が咲き、赤くなっていくのだとか。

船の中ではウクレレや歌、フラダンスなどが披露され、ちょっとだけフラダンスの基本を教えてくれました。と言っても、いくつかの動きを一緒に踊ってみるというだけなのですが、私は初めてフラダンスの身振り手振りのひとつひとつが手話のように意味を持っており、ストーリーになっていることを知りました。

 

島の南側にはいくつか町があり、それを過ぎて島の西側に向かうと、高地になっていきます。山道を車で上っていくと、気温もぐんと下がってきました。低地では熱帯植物ばかりだったのに、この辺りまで来るとまた植生も変わってくるようです。野生のブラックベリーも実っています。

展望台から霧の間に臨むのは、深い谷。長い年月をかけて浸食された大地が渓谷と化した『ワイメア・キャニオン』が広がり、壮大な風景が展望できます。スケールの大きな風景に、またしても呆然。はるか底の方を白い鳥が飛び交うのを見て、その鳥たちになって俯瞰しているつもりになって、またしばし人であることを忘れます。

それから人に戻ってまた眺めます。白い鳥たちは何羽もいるけれど、荒涼とした景色の中で寂しげに見えました。思わず出てきたのが、次の歌。


白鳥はかなしからずや空の青うみのあをにも染まずただよふ  若山牧水


岩だらけで殺伐としたほぼ茶色一色の景色ですから、大分違うはずなのですが、景色になじまずくっきりと浮き上がって見える白い翼が寂しげで、『かなしからずや』が妙に哀切に響きました。

とはいえ、白い鳥たちはあんなに小さく見えるけれど、本当は大型の鳥であるはず。あの鳥たちは空高く飛んでいるのに、私はさらにずっと高いところからそれを見下ろしているのだと考えた時、


朧夜の底をいくなり雁の声  諸九尼


という俳句を思い出しました。

雁が上空を鳴きながら渡っていく声が聞こえるという状況を、朧夜の『底』と言うことで、むしろ恐ろしいほどである天空の無限の広さを意識させる句です。

作者は庄屋の妻でありながら俳諧師と駆け落ちした人で、そんなことを知るとまた違う味わいも出てきそうな歌です。ちなみに『朧夜』なので、これは帰る雁ですね。


他にも鳥はいますが、なんといっても目に付くのはニワトリです。入植者が連れてきたのが野生化したというニワトリは島のどこにもたくさんいますが、こんなところにもいるなんて。高地までよく生息域を広げてきたものだと感心してしまいます。

海から高地(約1000メートル)まであり、美しい海もあれば巨大な渓谷もあり、神話や伝説のちもあって……こんな小さな島なのに変化に富んだ景色が見られて、面白いドライブでした。

 

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ハワイ ~ホノルル~

身内の結婚式があり、ハワイに行ってまいりました。ハワイへは飛行機で7時間。帰りは向かい風なので8時間半かかります。

 

ハワイの気温は今の日本より少し高いくらいでしょうか。日差しも日本より強烈でしたが、風が吹き抜け、湿度も低いため、日本よりよほどしのぎやすい気候です。ただ建物の中はクーラーが効きすぎて、足元から冷えていくよう。この旅行用にとハーフパンツを買ったのに、結局その出番はなく、ロールアップのジーンズとサンダルでずっと過ごしてしまいました。

 

実はハワイへは幼いころ一度家族で訪れたことがあるのですが、数えてみると24年ぶりのこと。当時の記憶は、海が信じられないくらい鮮やかだったこと、星が降るようだったこと、火山のスケールに圧倒されたこと、動物園でクジャクが放し飼いだったこと、そしてあとは食べ物ぐらい。


その頃も日本語が通じる場面があってびっくりしたような気がしますが、今回行ってみて、あまりに日本語がそこここに使われているのに驚かされました。日系人や観光業の人などは上手に日本語を話しますし、看板やバスの電光表示板まで日本語が併記されています。英語で話しかけたのに「なに?」と聞かれたり、空港の職員に質問した時も「心配せんでええです」なんて変化球が返ってきて面食らったり。

日本人観光客がとても多く、街でも日本人とよくすれ違います。まさかここまでとは思わず、なんだか英語圏の国にいるような気になれません。ハワイはアメリカだけれど、本土とは全く異なった土地柄なのだということが肌で感じられます。

 

今回はホノルルの後、カウアイ島へ行くという予定で、ホノルルには長くいませんでした。そんな中、ホノルルで印象的だったのはホノルル美術館!

旅先で美術館や博物館に行くのが好きで、機会があればなるべく行くようにしているのですが正直なところ、ここはそんなに期待していませんでした。しかし、富豪の女性が「ハワイの子供たちにももっと世界中の美術品を見せてあげたい」という、素晴らしい心意気で集めたというコレクションは古代から現代、西洋はもちろん東洋や中東まで、幅広く網羅し、内容も充実していました。

 

訪れた時、たまたま日本人のガイドさんがいて、私達を案内してくれたのですが、美術好きで、美術史をよく勉強している方だったので、解説も興味深く聞く事が出来ました。

やはり解説が無いとわからない絵もあるものです。たとえばマティスの絵が一枚あったのですが、「マティス?なんだか色彩も暗くてマティスらしくない絵だな」と思って眺めていると、

ガイドさんが「この絵はマティスのイメージと違うと思われるでしょう。けれどこれには事情があって、実はこの頃、マティスの妻と娘はレジスタンス運動に関わって逮捕されてしまっていたのです」と教えてくれました。そういう作品の背景を知ることでぐっと見る目が深くなる瞬間は痛快です。


それにしても、海外の美術館に来るといつも思いますが、日本の美術館と違って、なんと空いていること!日本では絵から離れようとすると、たいてい絵と自分との間に誰かが入ってしまいますが、そういうこともなく、絵から離れたり、また絵のすぐ近くまで近づいて見つめることができるなんて最高です。カフェでの軽食もはさみ、3時間くらいかけて美術館をめぐり、じっくりと鑑賞して、大満足しました。

 

満ち足りた気持ちになるとともに、忙しさを言い訳に美術館から遠のいていたせいで、こんなにも心が乾いていたのだと気がつかされて愕然。

こんな乾いた心でいい絵が描けるはずない、とまでは言いませんが、心が豊かな方がより気持ちのこもった絵が描けることは確かだと思います。

この旅ではいろんなことを忘れて、もっと鮮やかなものに触れ、ゆったりした島の時間を取り入れて帰ろうと決めました。

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そらまめ

講師をしているはがき絵サークル『リーブス』で空豆をモチーフに使いました。

(ちなみに、「はがき絵」は「絵手紙」と違って、描写が細かく写実的で、文字も入りません)


ご参考になるようにと、皆さんに描いてもらう前に、同じモチーフで絵を描くようにしていますが、写真はその時のもの。

このほかにも一枚描いていましたが、両方描きあがって、ふっと顔をあげたら、筆を洗った水の色が空豆の薄皮の色とぴったり同じでした。「他にも色は使ったのにな」とおかしくなり、つい撮ったものが出てきたので、ちょっと載せてみました。なかなかこんなことはありません。

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インテリアの楽しみ ~アンティーク調~

こちらはアンティークの棚の上。背の低い棚なので、飾りが良く見えます。

主役はクロスステッチの額です。『三びきのこぶた』のモチーフで、レンガ造りのお家の赤い屋根にオオカミが乗っかっています。オオカミのお腹に当たって、煙突の煙が曲がっているのがなんともユニーク!

額も年季が入ったような味のある、お気に入りの額にしました。

 

この額を木製のミニイーゼルにのせて、高さを出すとともに主役らしい威厳を演出。

その横には、骨董市でとっても安く手に入れてしまった木彫りのお盆を。西洋風に作ったアジアのもののようですが、オリーブオイルで磨いたら別物のようにシックになりました。

その上にレトロな色で塗られたマトリョーシカ、キャンドル、紫陽花のドライフラワーを添えてみます。

ちなみに、ぶら下がっているのは麦のドライフラワー。青い麦を買ってドライにしようと思いたち、適当な所にぶら下げただけでしたが、「さりげないけどお洒落~!」と人に褒められて恐縮したものです。

 

本当のアンティークではなくても、全体をアンティーク風にまとめられるものですね。言わなければわからなそうな仕上がりに満足!

実はクロスステッチは他にもあって、『赤ずきん』と『三びきのこぶた』で悩みました。もし『赤ずきん』ならマトリョーシカの赤いスカーフがそれらしく見え、より雰囲気が出たでしょうか。どちらもオオカミは出てきますが……。

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インテリアの楽しみ ~桜のころ~

棚の上などのちょっとした空間に、置物や季節を感じさせるものを飾るのは楽しいものです。

上の写真は、桜の時期に玄関に飾っていたもの。

まず、韓国の布を敷きました。一見和風にも見えますが、どこか大陸風で、ちょっとモダン?

そこに骨董市で一目ぼれして連れて帰った兎の置物(京都のもの)を、やはり骨董市でみつけた漆塗りの台の上に座らせました。やはり何度見ても、このすっと澄ました兎の、媚びていない表情が好きです。

奥には、頂いた桜の枝をあえてガラス器に生けます。ソメイヨシノより小ぶりで繊細に出来た桜で、とても綺麗! ただでさえ兎やピンクを使っているのですから、桜はこれくらい楚々とした方が釣り合いがとれそうです。

手前には桜の香りのするキャンドルを。花びらを模した形もいいですが、実はこのちょっと嘘っぽい桜の香りも好きで毎年出しますが、まだほのかに香ります。

私にしては甘めのコーディネートですが、春なので良しとしました。この一角が急に春めき、大満足。

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年越しそば
年越しそば