久々の大作

ご無沙汰しております。

世は新型コロナウイルスの発生で様変わりし、連日暗いニュースばかりです。絵画教室も会場が借りられなくなったり、講師をしている保育園が一時お休みになったりと、思いがけないことが次々に起こりました。

最初に思っていたよりもずっと長い自粛期間となり、うっかり気鬱にでもならぬよう、つとめて気を明るく保たねばならない日々でした。

政府が自粛要請を解いた現在は少しずつ教室も再開してきましたが、いつまた状況が悪化するかもわからず、油断はできません。しかもこの非常事態がいつまで続くものなのか、誰にもわからないというのがまた辛いところですが、せめて前向きに行きたいものです。

ニュースでは自粛中に料理や手仕事、筋トレなど、家でできる様々な活動にいそしむ人々が紹介されていましたが、私もせっかくできたこの時間を無為に過ごすわけにはいきません。普段なかなか描き進められない、自分のための絵を描く良い機会だと思うことにしました。

 

そうとなったら、まず描きたいのは、途中で制作が止まっていた大きな絵! サイズはP100号(162×112センチ。畳をちょっと寸胴にしたような大きさ)です。

モチーフは、ずっと前に、京都は鞍馬山で出会った風景です。貴船へと続く山道を一人で歩いていたら、突然霧が立ち込めて、辺りの風景が一変、今来た道もわからないほどになってしまったのです。まったくの一人きりで、周りには誰もいない。本当なら怖がるべき状況かもしれませんが、「少し待てばまた晴れるだろうし、一本道なので本当に迷うことはなさそう」と思い至った途端、怖さよりもむしろ、にわかに冒険が始まったようでときめいてしまいました。

そもそも霧は子どもの頃から大好きでしたし、柏葉幸子の『霧の向こうの不思議な町』(児童文学)のように、「この霧の向こうが別世界につながっていたら良いのに!」という憧れもあります。しかもここは鞍馬。となれば、「もし天狗にかどわかされるとしたら、こんな霧の中かも」などと想像は広がります。

 

ちなみに民俗学の本によれば、天狗はただの暇つぶしや物見遊山の道連れに人を攫うこともあれば、たくさんの来客がある宴会で給仕の手伝いをさせるためだけに攫うこともあるのだとか。どちらもたいてい、天狗の用事と気が済めば、無事に送り届けてくれます。

ただし、ひとっ飛びしてきて、大きな木や屋根の上に降ろして去ってしまうことも多いようです。どうも、気が利かないだけ、あるいはちょっとからかっただけで悪意はなさそうなのですが、飛べない無力な人間にはいい迷惑でしょう。それでもなんだか憎めないのが天狗です。

 

閑話休題。

でもそんな楽しい空想とは裏腹に、辺りはすっかり霧に覆われて音ひとつせず、次第に固有色もわからなくなっていきます。まるで水墨画の中に迷い込んだかのように現実味がありません。こんなに閑かで幻想的な自然の一場面を、私一人が今ここで体験しているだなんて、いっそ畏れ多いような気さえしてきます。初めのワクワクとした気持ちは薄れ、「これは描くことになるかも」という予感に突き動かされて、とにかく大急ぎで写真を数枚撮りました。

 

そして、写真を撮って資料を確保した後にすることはひとつ、目の前のものに"見惚れる”こと。ただし、ただうっとりしていては絵には描けません。

①心を奪われて何も考えられない、絵の事なんて全くどうでもいいというくらい見惚れること、②よくよく観察眼を光らせること、③目だけではなく心にも刻むつもりでその場の情報や今感じていることを記憶すること。

……これを全て同時に行って矛盾しない、ということは何とも説明しづらいのですが、まあ一種のトランス状態なのでしょう。

とにかく、そうしてその場の美しさが消えるまで見惚れることに集中します。

視覚的な資料として、あとで絵にする際に写真が役に立つのは言うまでもありませんが、その場で感じても形にして残せないものを、いつか描く日まである程度鮮やかなまま心にしまっておかなければならないので、やはり全身でその美に向き合う必要があるように思います。

 

そうして一枚の絵の”素”のようなものを自分に取り込んでもすぐに描けるとは限らず、この絵も描き始めるまでに数年、そこで迷ってまたしばらく置かれ、そして今ようやくここまで描いてあげられたというところです。(本当に絵に申し訳がない)

初めは水墨画のようなモノクロームの画面を岩絵具で描こうかと思っていましたが、結局心で感じた方の色を優先して描くことに。閑かで緊張感があり、幻想的な美しさと僅かな恐さが感じられるような絵にしたいのですが、まだ枝も描き切らず、空間の白が甘く、霧の表現が足りず……足りないものばかり目に着きます。うーん、工程としてはこれで7割くらいでしょうか。

 

大きな絵だけに大変ですが、やはり大きな絵ならではの絵との駆け引きがあって、やらなければならないことだらけで途方に暮れもしますが、とても楽しいです。続きを頑張って描こうと思います!