旅日記~洋館巡り~

【今回のお話はシャーロック・ホームズのネタバレを多少含みます。『まだらのひも』を未読で、ネタバレは困るという方はお読みにならない方がよろしいかと存じます。】

 

実は今回の旅で一番楽しみにしていたのは、洋館巡りでした。神戸は外国との窓口であったため、古い洋館がたくさん残されているのです。函館でも長崎でも洋館巡りを楽しみましたが、洋館好きとしては、ここ神戸も見逃せません。

洋館が集中している観光地・北野に着き、案内所へ。ここでは思い切って、主要な洋館を8館見学できるパスを購入し、また個別に入館料を取っているところも含めると、2日間で13もの洋館を巡ることとなりました。行ったところ全部のご紹介は出来ないので、印象的だったところに絞って書きたいと思います。

 

洋館とひと口に言っても建物の様式も資材もさまざまです。コロニアル様式があれば、フランス風やチューダー風のデザインもあり、ひとつひとつの建築がどれも異なります。内部も、その洋館の歴史に合わせた展示になっていたり、ゆかりのある国をテーマにインテリアを統一したりなどしていて面白いです。

 

まずは、テーマ展示が面白かった英國館という洋館について。パンフレットによると『明治の建築当時をそのままに保存されているコロニアル様式』だそうで、窓が多くて明るい作りの白い家でした。ここの2階は、なんとシャーロック・ホームズをテーマにした展示となっているのです。

気分も大事ということか、コート掛けにはインバネスコートとおそろいの帽子が色違いでいくつも用意されていて、それを身に着けて探偵気分で館内を見学できるようになっています。私も、古き良きイギリスらしい、茶色のチェック模様のものを手に取りました。実際に着てみるといかにも”探偵”すぎて、こそばゆい代物でした。でも、知人に会うことはまずないだろう観光客の身、たまにはこんなのも悪くないはずだとあえて着ていくことに。

 

2階に上がるとすぐに『ホームズの七つ道具』が展示ケースに飾られています。「そうそう、こんなのあったな」と思いながら次へ向かおうとすると、脇の壁には開かないドアが作りつけられており、『221b』と書いてあります。シャーロック・ホームズの熱心なマニアをシャーロキアンと言いますが、そこまで詳しくない私でも「出たな!」と叫びたくなるくらいには知っている、ホームズとワトソンの下宿の住所です。横には呼び鈴があり、押すと音声が流れます。音がくぐもっていてよく聞こえませんが、英語であのお決まりの台詞、「ワトソン君、どうやら誰か来たようだ」と言っているようでした。

 

メインの部屋に入ると、そこには下宿の内部が忠実に再現されていました。重厚な家具と赤い壁紙のその部屋は隅々まで物がいっぱい。その中に二人の等身大の人形がいるのですが、何か思案気に座っているホームズと、食卓近くに立って何か飲み物(たぶんホームズの分まで)の支度でもしようとしているようなワトソンとに、なんだか二人の関係性が見えるような……。

物は棚やテーブルに置き切れず、暖炉の上まで散らかっているものの、彼らなりの秩序はありそうです。よく見ると七つ道具があったり、趣味の科学実験のためのスペースがあったりします。けれども物騒なものも平気で置かれていたりして、検証のためには辺りかまわずナイフや銃を試したりするホームズの奇矯な性格が思い出されます。

 

ワトソン自身も軍医として戦地から帰り、鬱病気味という設定ですが、切れ者ながら時に理解しがたいほど奇抜なふるまいをするホームズとの暮しは怖くなかったのでしょうか。かくいうワトソンも、もともと好奇心旺盛な性格なうえ、学者としての冷静な目で記録をつけたりしていますから、時に振り回されるのも楽しんでいた節があります。

ホームズがもたらす迷惑や恐怖よりも、ホームズ自身や事件への興味が勝ったのでしょうか?原作を読み返して、確かめたくなりました。

 

さて、映画のセットかのようなこの部屋は、「日本シャーロック・ホームズ・クラブ」の協力を得て、シリーズ20作目『マスグレイブ家の儀式書』の描写に基づいて再現されたものだそうで、本家イギリスの団体の監修も入っているとか。細部へのものすごいこだわりようにびっくりします。まさに、マニアの情熱。

ミステリ好きの私も、ホームズのシリーズは子供の頃読んだきりのものもあれば、おそらく未読のものもあるはずで、シャーロキアンとはとても言えません。シャーロキアンの方たちがせっせと仕掛けてくれたもの、できれば全部理解してその情熱に応えたいと思いつつも、私にわかるだろうかと少し心配でした。

 

でもそれは杞憂で、私でもわかるくらいの仕掛けばかり!わかりにくいものには小さく解説もついていました。

寝室のベッドのそばにはわざわざ換気口が作りつけられ、へびのぬいぐるみが顔を出しています。「あっ!これは!」と一気にテンションが上がりました。すぐ横には、どこにもつながっていない呼び鈴まで再現されています。

うきうきと見上げている私の後ろを、インスタ映えしそうな撮影スポット探しにしか興味がない若い女性の一団が通り過ぎていきます。どこに行っても、インスタ映えという価値観以外でものを見られないとは、つまらない。人生の評価を他人に求めて、今この時の自分がおろそかになっているなんて、ひどく勿体ないことしてるなぁと呆れつつ見送りました。

 

でも、私は私。多少はホームズに親しむ者として、他の仕掛けもぜひ楽しみたい。

他には『赤毛同盟』で赤毛の男が通った建物のドアがあったり、天井近くの小窓には『黄色い顔の男』の顔がぼんやりと浮かびあがっていたりなどの仕掛けを見つけました。

もっと見たかったので、「もういっそ、家を丸ごとホームズの世界にしてくれても良かったのに!」とも思いましたが、大掛かりなものは難しくても、わかる人が気づいてくれればと必死に考案してくれただろう仕掛け人たちの熱意が感じられ、館の一部のみにも関わらず、濃い展示でした。

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コメント: 2
  • #1

    ボッコちゃん (月曜日, 04 3月 2019 22:57)

    ホームズは子供の頃沢山読みました。シャーロキアンにはならなかったけど。小説、特に推理小説は結末が気になって途中で止められないのが玉にキズ。こちらに来てからは前のかたが置いていかれたアガサクリスティーが多くあったので読んでいました。日本語なので(笑)。最近の若い人は本なんて持ってこないよね。時代を感じますわ。

  • #2

    凹太 (月曜日, 20 5月 2019)

    自分も子供の頃読みましたよ。そのころは図書館から借りるというより自分で持っていました。確か偕成社だったと思います。雨が降り外に行けない時はもう一度ドキドキしながら読んでいました。でも内容は忘却の彼方です。もう一度読んでみようかな。