襖絵の制作(後編)

襖は小上がりになった和室をおおう二面あり、それぞれ内側と外側の両面に、春夏秋冬の流れになるよう花を配置しました。

和室の中にある吊戸棚の戸にも襖と同じ紙を貼ってもらったので、こちらは上の方に桜の枝を描いて花びらを少し散らし、下の方にすみれやクローバーなどを描き入れて、春の野原のようなイメージにしました。

ちなみに、和室内の花は日本的で少しひかえめなものを、外側(リビング、ダイニング側)の花は園芸植物もたくさん取り入れてカラフルで楽し気に、と考えてあります。

 

いろいろと、あれもこれもと計画してきたものの、下地作りには思いがけず時間がかかったので、着彩は急がねばなりません。三日目ともなると気持ちに焦りが出てきましたが、絵には出さないように気を配りました。見学のお客様も意外にたくさんいらしたので、人の声や気配に気を取られないようにするのも一苦労です。

一度は走り回っていた子供が向こうから襖に手をついたので、襖が内側に倒れてきて、あわやということもありました。私は少し離れて別の襖を描いていたのですが、筆を持ったまま駆け寄り、無理な姿勢のまま倒れてきた襖を必死に支えました。バレーボールですべりこんで無茶なレシーブをしたような状態になり、心臓にも悪かったですが、何とか襖は守れたので胸をなで下ろしました。駆け回っていた子供の方は怒られたらしく泣いてしまい、ちょっとかわいそうでしたが、ううん、仕方ないかな?

 

朝から夜までせっせと描き、一番描いた日は休憩を除いても11時間描きました。(大学の頃、批評会直前になってもまだ絵が終わらず、守衛さんがアトリエを閉めにくるまでみんなでものすごいペースで絵を描いていたのを思い出します。あの頃はそれなりに真剣でしたが、今思えば勢い任せでなんとかしてたような??)

長時間描いていると、脳が疲れて思考がスポンジのようにスカスカになってきます。ちょっとしたトランス状態なのに神経は鋭くなっていて、気分はこのままいつまででも描けそうなほどなのですが、脳の処理が追い付かなくなってきてしまうのです。こうなったらもう「いい仕事」はできません。もっと描きたくても引き揚げて、温泉にでも浸かるのが正解でしょう。

温泉はぬるめなせいもあって、うっかり寝そうになることもありましたが、何日も入っていたら肌がなめらかな石のようになり、感動しました。(温泉から離れると数日で元に戻ってしまうのは非常に遺憾)

 

一応は四日間で仕上げて、最終日は近くを観光する予定でいたのですが、残念ながらその余裕はなくなり、五日目もせっせと描くことに。たまに見学の方が絵にご興味があって質問などなさったりするので、その対応などはさせてもらいましたが、その時以外の私は絵のことしか考えておらず、きっと目を据わらせ鬼気迫る様子であったろうなと思います。

でも襖が立てかけてある奥なので、誰のことも怖がらせてはいない……はず。

 

時間がなくてもやっつけ仕事にはしたくなかったので粘りに粘り、最終日も「もし終わらなかったら、今日はここに泊まって夜中まで描いて、明日の朝帰ろうか」とまで思いつめたのですが、なんとか夕方遅くに完成!

友人はとても喜んでくれたので、なんだかいろんなものが一気に報われるような気持ちになりました。それからあわただしく荷物をまとめ、新幹線で帰宅しました。

 

今回は制作に追われて余裕がありませんでしたが、いつか、がらんとした展示場でなく、あたたかな「住まい」となった友人の家で、あの襖がどんな顔をして溶け込んでいるかを見にいきたいなと思っています。

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コメント: 2
  • #1

    凹太 (月曜日, 04 6月 2018 23:21)

    いかにも若い家族のおしゃれな家という感じで、依頼者も喜んでくれたことでしょう。北国では春が待ち遠しいのですが、この家では先取りできそうです。締め切り=プレッシャーはつらいものですが、一番いい仕事は適度のプレッシャーの下でできるようです。ご苦労様でした。

  • #2

    Nana (水曜日, 13 6月 2018 18:25)

    花に囲まれた和室はかわいらしい雰囲気になりました。とはいえ、もちろん、甘くはなりすぎないように気を配ったつもりですが。
    たしかに冬でも春の気分を先取りできそうですし、お子さんにも花の名前などを教えてあげるつもりだそうなので、教育にも役に立つ(?)ようです。