雨の日の愉しみ

もう何日雨が降り続いているかもわからないくらい、雨ばかりの日々です。

明るい自然光の下で彩色するつもりでデッサンまでは済ませた、ダリアの花の植物画があるのですが、いざ色を塗ろうと思ったら光が足りず、塗れませんでした。明るい色の花ならなんとか塗れたかもしれませんが、暗めの赤い花の色はやっぱり明るい自然光の下でじっくり実物の色を観察しながらでないと、納得がいく色ができそうにありません。鉢植えのダリアですし、数日で晴れの日が来るだろうから平気だと高をくくっていたら、この雨です。ごくゆっくりと形が崩れていくダリアを心配しながら、窓から見える空を恨めしく見上げています。季節こそ違いますが、百人一首にも編まれた、小野小町の和歌が頭に浮かびます。

 

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに   小野小町

 

春雨でも秋雨でも、長い雨は人を鬱々とさせますが、そう言っていても仕方がありませんし、家の中に愉しみを求めるのもよいかもしれません。

最近、うってつけのものを発見しました。写真に写っている「ストームグラス」です。

「天気管」「ウェザーグラス」とも呼ばれていて、デザイン系のインテリアショップなどでもたまに見かけます。うちにあるのは黒い木枠がついたものですが、しずく型のガラスがむき出しになっているタイプもあります。もともとは17世紀のヨーロッパで作られ、19世紀には気象予測のために使われていたそうですが、その原理ははっきりしてはおらず、現代ではインテリアとして楽しむための道具となっています。

 

ガラス管の中身はエタノール、樟脳、硝酸カリウム、塩化アンモニウムが主成分で、気温の変化やその速さなどによって、結晶の様子が変わります。このストームグラスがうちに来て数日は好天が続き、もやが沈殿しているだけで変化はなかったのですが、天気が悪くなって結晶が育ち始めると面白くなり、近くを通るたびに眺めていました。

天気予測の道具としては実際的と言い難いけれど、たしかにこんなふうに観察できるというだけでも面白いです。誰がどうやって発明したのかは不明のようですが、錬金術師ではないかと想像します。手当たり次第にいろんな物質を試していた錬金術師のひとりがたまたまこの組み合わせを試し、結晶していくのを熱心に見つめ、生命の木やホムンクルス生成のヒントになる物質を見つけてしまったのではないかと興奮するさまを思い浮かべて、思わずにやりとしてしまいます。

 

シダそっくりの形に結晶したり、ふわふわの羽毛のようになったり、水中に細かいちりが舞ったり、水面に氷のような結晶が浮いたりと、ストームグラスはさまざまな表情を見せてくれます。形の変化はごくごくゆっくりで見ていてもわからないのに、半日ほどで激変していてびっくりさせられることもあります。

 

晴れが続いていると下に沈んだもやのようになって何日もそのままなのですが、天気が悪くなってくるといろいろな形に結晶してきます。説明書を読むと一応、結晶の状態と予測される天気とが書いてあるのですが、原理がはっきりしていないというだけあって、なぜ今この状態なのかわからないというときもあります。でもそれはそれで面白く感じますし、天気が悪い時の方が変化に富んで、見る人を楽しませてくれるという点が大変よろしい、と思っています。

 

霜のようになった結晶を見ていると、ふと子供の頃、雪の結晶を観察したことを思い出します。このあたりは暖かいので、雪が降っても、綺麗に結晶していることはめったにありません。でも稀に綺麗な結晶をした粉雪が降ると、わざと袖に雪を降らせて観察するのが楽しみでした。雪は手にのせるとあっけなく溶けて水になってしまうので袖にのせて、一息でも温かい息がかからないよう息を止めたり反対の袖で口をふさいだりしながら、そおっと顔を近づけて観察したものでした。小さすぎてよく見えないけれど、とても繊細で美しいことだけはわかり、もっとよく見ようと顔を近づけると、それだけでもわずかに熱が伝わってしまうのか、繊細な形が崩れていってしまいます。あんなに繊細で美しかった雪のひとかけらは、もうなんの神秘も明かしてくれない、ただの水滴になってしまいます。

「こんなに寒い中にじっと立っていて体は冷えたし、手も氷のように感じるのに、それでも雪を解かしてしまうのは……どんなに冷え切っていても、私が温かい動物だからなのだ」と思うとなんだか無性に哀しくて、「いっそ私は温かい動物でなければよかったのに」と思ったものでした。

 

でも今は、雪ほど綺麗に整ってはいないけれども、時に美しくシダのようになったり霜のようになったりするこの結晶を、アンデルセンの「雪の女王」やナルニア国物語の「ナルニアの女王」、あるいはムーミンの「氷姫」や「モラン」みたいな、冬の象徴めいた冷たい存在ではなく「温かい動物」のまま、ガラス越しに眺めて楽しんでいることに満足しています。

 

結晶はいろいろな形になりますが、今まで見たところでは、シダのしげみのような結晶と、一部だけが盛り上がってアザミの花のようになった結晶が気に入っています。綺麗だなと思っても、また天気が変わると崩れてしまうので、まさに一期一会ですが、これからも季節の移り変わりや雪・雷などの荒天によって、どんな結晶ができるのかを楽しみに観察していきたいと思います。

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コメント: 3
  • #1

    ボッコちゃん (日曜日, 22 10月 2017 22:38)

    面白い物があるんですね。憂鬱な雨の日もお楽しみが出来て良いなと思いました。

  • #2

    凹太 (土曜日, 28 10月 2017 03:04)

    ストームグラス面白そうですね。天気が変わると気圧が変わり、それにつれて沸点や融点が変化し結晶が変化していくのではないかと思います。水も平地では100度で沸騰しますが標高の高い高山では約90度で沸騰します。エタノール、樟脳、硝酸カリウム、塩化アンモニウムがどのように絡み合って何がどのように結晶していくのでしょうか。成分が判れば個々に試せば原理がわかるかもしれません。来年の自由研究にいいかもしれません。

  • #3

    Nana (日曜日, 17 12月 2017 21:12)

    ボッコちゃん>> なんと手作りすることも出来るらしいとわかったので、今度は自分でも作ってみたいと思っています。

    凹太さん>> 最近のものはもうインテリアとして作っているみたいですが、きっと気象予測に使っていたころはもう少し精度が高かったのではないかと。たしかに、自由研究にしても面白そうですね。