惚れたら負け?

時々思い出したように残暑が戻りますが、だいぶ秋らしい日が多くなってきました。

先日、からっと晴れたお出かけ日和なのに、私は重たい気分で銀座へ。……なぜなら、その目的がヴァイオリンの修理だったからです。

ヴァイオリンの中には魂柱という柱が一本立っているのですが、うっかりそれを倒してしまったのでした。ヴァイオリンの内部でカラコロと何かが転がる音がしたときの、「やってしまった!」というショック。しかし後悔しても『あとの祭り』、楽器屋さんへ連れて行かねばなりません。簡単な修理だとは知っていても、壊してしまったことに気持ちが落ち込みます。

 

このヴァイオリンは私にとって2台目です。ヴァイオリンは小さいサイズのものからあり、子供の頃から弾いている人は成長に合わせて何台も替えていきますが、私は高校で弦楽部に入ったところがスタートなので、2台目なのです。

1台目は家にあった古い初心者向けモデルでした。それでも初めて見たときは「なんてきれいな楽器だろう」と魅入ってしまい、弾けないのに何十分も手にしていたのを思い出します。そして弦楽部に入ることを決めたのでした。

 

弦楽部では、自分の使う楽器に名前を付けて、恋人のように大事に扱うという風習がありました。みんな、それぞれに凝った名前を付け、詳しい人物設定まで作る部員も。チェロの男の子など、床に立てた支柱を軸にしてチェロを腕の中でくるくると回し、ダンスを踊ってみせたりしていたものでした。

私も、愛読していた小説の人物から取った名前を付けて大事にしていました。そのおかげか、かなり弾きこんでいた頃にはときどき、楽器と自分が言葉なしで通じ合っているような瞬間もありました。

部活を引退して受験に突入、そして大学生になってもたまに弾くだけでしたが、いつかやり直すつもりでしたし、その時はもう少しいい楽器に替えようと思っていました。そして一昨年、とうとう買いなおしたのです。

 

今度は中~上級者向けのモデルで、ベルギー製。ヴァイオリンと言えば、いかにもイタリアらしい明るい音色のものが大半ですが、私はドイツやフランスで作られる、ちょっと暗めで深みのある音色のものが好きなので、そちらを選びました。

そして、さっそく名前をつけるべく、ギリシャ神話や北欧神話をあたったりしたのですが、どうにもぴったりくるものがなくて、ずっと名無しのままに。

 

最近になって、やっと名前を決めました。イギリスの小説からとったのですが、小説の中の彼は、主人よりよっぽど頭の切れる優秀な使用人で、お人好しの主人が次々と持ち込む困難を軽妙にさばいて、涼しい顔をしています。まさにトリックスター!

トリックスター好きの私がついうっかり惚れ込んだこの人物のことを考えたとき、ふと自分の楽器に似ている気がしたのです。

『主人より優秀』で『超然』としているあたりが特に!

技術も後退したし、前に使っていた楽器より少し大きいだけなのに、まるでビオラを弾いているみたいに感じて戸惑い、前のように弾けない楽器を持て余している私。

主人が至らないせいで本来の実力を引き出されず、退屈しきっているけれど、本当は切れが良くとても深く響くヴァイオリン。

「そうだ、これだ!」と思い、やっと名づけることが出来たのでした。

 

名づけると一段と愛着がわくものです。また、背負ってではありますが、一緒に歩くと(デート?)不思議と親しみが増します。魂柱を立て直し、駒を調整してもらい、万全の状態になったヴァイオリンを背負って、一緒に銀座の街を歩きました。明るく晴れ渡った青空と、休日ムード満点の歩行者天国、そして怪我が治って元気になった我がヴァイオリン。もう暗い気持ちは吹っ飛びました。

たったっと歩きながら、「もう不注意で怪我などさせないようにする」「回復してくれて本当に良かった」などと背中の楽器に心で語りかけます。

 

優秀でいつも超然としている彼は、へたくそな私を置いて、ずっと先にいます。あんまり待たせると、置いて行かれてしまいそう。弾いていても感じることですが、彼はどうやらとても優秀だけどちょっとつれない性格をしているようです。つれないけれど、でもまだ待ってくれてはいるので、きっとまったく情がないわけでもないのでしょう。

練習をさぼっていたことを反省して、待っていてくれるうちに追いつかなくては、と心に決め、帰宅しました。

 

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コメント: 3
  • #1

    凹太 (日曜日, 21 9月 2014 08:10)

    無事に治療が終わり、回復したようでよかったです。ぜひ、彼が待っていてくれるうちに追いついてください。また、その成果をお会いした時に披露していただくというのはどうでしょうか。 サルサが流れてくると体が自然に動くようになってきつつあります。でもほっとしたい時はクラッシックがいいです。雨季にはバッハが意外と合います。

  • #2

    ボッコちゃん (日曜日, 21 9月 2014 11:01)

    私は持ち物に名前を付けた事はありませんが名前を付けるとより愛着がわくのでしょうね。いつまでも仲良く付き合ってくださいね。そういえばマンドリンもお仲間に入りましたね。マンドリンをしげしげと見たのは初めてでしたが思っていた以上に美しい楽器で驚きました。そのうち作品に登場するのでしょうか。楽しみです。

  • #3

    nana (木曜日, 02 10月 2014 14:40)

    凹太さんへ:サルサで体が動くとは、だんだん南米に馴染んできましたね。ほとんどクラシック一筋だったのに!雨季にバッハが合うとは興味深いです。私も梅雨時にはよくバロックを聴きます。
    ボッコちゃんへ:マンドリン、美しいですよね。弾く技術がないのが残念ですが。昔の西洋絵画に「五感」を主題にしたものが流行った時期があって、「聴覚(あるいは音楽)」をマンドリンなどの楽器に象徴させたりしていました。そんなちょっと意味深な静物画を私も描いてみたいなと思っています。