漱石 「こころ」百年

集団的自衛権をめぐる政治の混乱のせいで、日に日に読むのが憂鬱になる新聞です。しかし、そんな中で最近の私の楽しみなのが連載小説欄!

活版印刷のなごりをとどめた見出しでひときわ異彩を放っている、夏目漱石の『こころ』です。この小説が朝日新聞に連載されて100年ということで、当時のままの姿で、再び連載されているのです。

 

『こころ』はほとんどの高校国語の教科書に採用されているらしく、きっと教科書で出会った方も多いかと思います。本の虫だったくせになぜか漱石全集には手を付けていなかったので、私も初めて『こころ』を読んだのは高校の教科書でした。

教科書には全文が載り切らないため、これまでのあらすじが先に書いてあり、途中から始まります。一部なのですぐ読み終わってしまうのですが、それでも内容の濃さと深刻さに驚き、一部しか載っていないことに腹を立てながら、あわてて全文が載っている本を探したのでした。最初は肩透かしを食らったような気がするくらい、出来事らしい出来事がない日々が描かれ、焦らされているのかと思いましたが、途中からはむさぼり読んだ記憶があります。

 

教科書と言っても、実は高校生だった兄のものを勝手に拝借し、ぱらぱらと拾い読みしていた時のことだったので、私は中学生だったはずです。

かなり背伸びした内容だったかもしれませんが、人間の業の怖さと、人と人が分かり合えないまま生きて死んでいくという宿命について、淡々とした筆致ながら切なく美しく綴られていて、理解しきれない部分もひっくるめて、がぶ飲みするように夢中で読みました。

 

怖いのに綺麗で、どろどろしていて醜いのに目を逸らせず、しかも読むほどになにか身内に焦燥感が湧いてくる。決して、「楽しい」「面白い」というような快い読書ではないのに、鮮やかな印象を持って胸に迫るものがあって、本を放せない。そんな読書でした。

 

また最近読んだ尾崎紅葉の『金色夜叉』も、新聞連載という形で発表されていたことをあとがきを読んで知ったのですが、これもまた骨太の小説でした。展開は読めず、心理は複雑、時に耽美なほどの美意識が細部にまで及ぶ…こんな小説が新聞の連載とは!

現代では小説全体が軽く、エンターテイメント性が強いものが好まれる傾向になってきていると感じますが、やはり古典とされる小説の重みと内容の濃さには、つい頭を下げずにはいられない何かがあります。

 

それにしてもこんな小説が細切れになって、毎朝ちょっとずつ連載されていたら、今の展開に一喜一憂したり悩んだり、そして話の続きが気になるのは必定。

当時の勤め人たちは毎朝こんなのを読み、読んだゆえに仕事が手につかなくなったりと、大変だっただろうと同情してみたりもします。

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コメント: 2
  • #1

    ボッコちゃん (火曜日, 08 7月 2014 00:39)

    100年前の連載をその当時のまま掲載しようって考えた朝日新聞のどなたかに私からお座布団を差し上げたいと存じます。高校生の時「こころ」を読みました。今
    読んだらどう感じるのかな。昔、連載小説の挿絵が気にいっていたけど1冊の本になったら挿絵が無くてがっかりしたのを覚えているんだけど誰の小説だったのかが
    思い出せません。いろんな事を忘れてしまうのはしょうがないけど、楽しい事や素敵だと思った事は忘れないうちに奈々さんにお伝えせねばと思います。

  • #2

    nana (金曜日, 11 7月 2014 13:58)

    ボッコちゃん:
    いいですね、お座布団を進呈とは……!私からも、ぜひ一枚差し上げたいところです。
    最近、図書館に行く暇がなくて、家にある本を再読しているのですが、やはり高校生のころ読んだ時とは違った印象を受けますし、抱く感想もまた違います。絵を描く人間になったことで得た視点もあるんだな、と気づきました。
    そういう自分の側の変化も面白いし、知識が増え人生も深まるにつれて、作品もより深く読めるようになるはず。そういう意味でも再読はおすすめです。

    色々と伝えて下さっているのに、私は私ですぐいろんなことを忘れてしまっているような……??興味のあるところしか拾えない、籠目の粗いザルのような私ですが、懲りずに教えていただけたらありがたいです。(いつも、ありがとう!)